第305話 心の在処②

 ティリアリアの暴虐に対し泣きながら反論すると彼女は訴えを無視して隣に座った。先程とは打って変わって真剣な眼差しを俺に向けている。

 

「それで、一日中部屋に閉じこもって色々考えて結論は出たの?」


「いや……」


「そっか……。それじゃ今から話すのは私の独り言……黙って聴いてくれればいいから……」


 一呼吸おくとティリアリアはベッドに横たわる俺の背中をさすりながら話し始めた。


「シリウスの件だけど、私は彼が言っていた事が本心だとは思えないのよ。あなたと一緒にいた時の彼はいつも楽しそうだった。そんな人がこの世界も私たちも全て消し去ろうなんて到底思えない。あれはまるで……そう、まるで自分自身に言い聞かせている様な感じがしたわ」


「……システムTGには黒山の記憶がある。それを利用して俺を……俺たちを騙していたんだ。俺はそれがどうしても許せない」


「そうね、彼にはあなたの親友……黒山さんの記憶があるわ。でもねハルト、私はこう思うの。人を人たらしめるのは記憶なんじゃないかって。経験の積み重ねがその人物を作り、その経験は記憶として残る。記憶がその人物を形成していると思うの。システムTGに黒山さんの記憶があるのなら、彼もまた黒山さんと言えるんじゃないかしら」


 ティリアリアの言っている事はよく分かった。だってそれは俺にも当てはまる事だから。

 前世である白河光樹という人間の記憶がハルト・シュガーバインという青年の中で覚醒して今の俺になった。

 これは今のシステムTGの状態にも似ている。それなら、もし黒山の人格がシステムTGの中で芽生えているとしたら……。


「――っ!!」


 俺はハッとして身体を起こした。ティリアリアに指摘されて気が付いた。システムTGの中には記憶と共に黒山の人格が形作られているのかも知れない。

 だから今まで一緒にいても違和感がなかった。だってシステムTGはシリウス・ルートヴィッヒと同様に黒山の記憶が覚醒した存在だと言えるのだから。


「どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったんだ、俺は……」


「結論は出た?」


 ティリアリアが微笑みを向けてくれている。こんな大事な事に気が付かせてくれた彼女には感謝しかない。


「ああ! ありがとう、ティア」


「それなら良かった……んむぅ!」


 喜びで感情が昂ぶりティリアリアにキスをしてベッドに押し倒す。完全にスイッチが入った。今やらずにいつやるのか。我ながら単純だと思うが、悲しいかなそれが男という生き物だ。

 唇を離すとティリアリアが少しふくれっ面になっている。あ、これは強引すぎたかも知れない。


「もう、びっくりしたじゃない! でも元気が出たみたいで良かったわ。……元気がありすぎるのも何だけど」


「ティア……その……いいでしょうか?」


「……我慢出来なさそう?」


「うん……」


「もう……しょうがないわねぇ……いいよ」


 ティリアリアからお許しが出た。同意が得られたのなら俺はやる。据え膳食わぬは男の恥……ハルト・シュガーバイン、イきま――。

 ふと、ベッドの頭側に気配を感じたので顔を上げる。そこには冷たい眼差しで俺を見下ろすクリスティーナが立っていた。


「来るのが遅いと思って迎えに来てみたら……随分と楽しそうですわね」


「はわわ……あ、いやこれはその……ハルトが元気になったから……その……」


「そ、そうなんだよ。ティアのお陰で……元気に……だから……快気祝い的な?」


「呆れましたわ。部屋の外ではフレイアが独り悶えて倒れていたので何事かと思ったら、ドアが開いたままの状態でおっぱじめようとするなんて……来たのがわたくしだったから良かったものの、このままだったら何も知らずに通った人が驚くところでしたわ! そこのところちゃんと分かっておりますの!?」


 やべっ、ドアが壊れて部屋の中が丸見えだったの忘れてた。

 クリスティーナはサディスティックな変態ではあるものの、さすが王族と言うべきか割とこういう場面では常識人だった。

 ただ、最後に「どうせならわたくしも交ぜるべきですわ」と付け加えたので、やっぱり変態だったと再認識できた。


 何やかんやで俺の中の獣は怒られたショックで大人しくなり、丸一日何も食べていなかったのもあって急激な空腹に襲われ大人のお遊戯タイムはお預けとなった。

 放置プレイの余韻から醒めたフレイアも加わり、俺はバスケットに入っていたおにぎりにかぶりつく。

 フードファイターばりの勢いで食べきりお茶を飲み終えると、ずっと気になっていた件について訊ねた。


「ご馳走様でした! おにぎり美味しかったよ、ありがとう。 ――ところで話は変わるんだけど、どうして皆は学制服を着てるのかな?」


 三人はいつもの装いとは異なりブレザーとプリーツスカートに身を包んでいた。その姿はまさに女子高生そのものだ。


「ああ、これ? ノイシュが用意してくれたの。資料用……だったかしら? それでちょっと事情があって着てみたんだけど、どう似合ってる?」


 ティリアリア、フレイア、クリスティーナがくるっと一回りして制服姿を披露してくれる。

 短めなプリーツスカートの裾がふわりと浮き上がる。その優雅な所作はさすが姫様、さすがは貴族令嬢と呼べるものだった。

 素晴らしい。これを眼福と言わずして何と言うのか! 無意識に手を合わせて拝んでしまう。


「ありがてえ……ありがてえ……!!」


「急に拝み始めましたわね……」


「ノイシュと全く同じ反応だな」


 後でノイシュには黄金色のお菓子でも渡しておこう。今後の彼女の同人活動の資金にして素晴らしい作品を生み出して貰い『テラガイア』に普及させる。これは名案だ。

 悦に浸っていると時間をチェックしていたフレイアが二人に何か囁いている。何やら『台本』がどうとか聞こえたが……。

 三人は話が終わると俺の方を見た。ティリアリアが俺の目の前で仁王立ちし何やら怒り出す。


「全くいつまで寝てるのよ。幼馴染みの私が毎朝お越しに来るってのに……。ちょ、ちょっとぉ、勘違いしないでよね! 別にあんたなんて好きでもなんでもないんだから!」


「ツンデレ幼馴染み!?」


 ――え? 何これ、何が始まったのこれ? いきなりギャルゲーの導入みたいな展開が始まったぞ。

 呆気にとられていると次はフレイアだ。不自然に準備運動を始めるとスカートの中が露わになる。――スパッツを履いていた。それに太腿とか頬には絆創膏が貼られている。


「さっきから何処を見ているんだ? 次はインターハイ出場がかかった大事な試合なんだから、もっとしっかりして貰わないと、マネージャー!」


「インターハイ? スポーツ少女か、お前!?」


 最後はクリスティーナだ。椅子に座ると足を組み、さげすむような目で俺を見る。これはまさか――。


「さあ、早く仰向けになってお腹を見せなさい。社長令嬢のわたくしの犬になれば一生養って差し上げますわよ。おーほっほっほ……!」


「普通の高校に何故かいる金持ちのご令嬢!? やはりこのラインナップは――!」


 間違いない。ティリアリアは髪型ツインテールのツンデレ幼馴染み、毎朝起こしに来て一緒に登校のオプション付き。

 フレイアは運動部の部活に打ち込むスポーツ万能少女でマネージャーの俺を頼りにしている友達以上恋人未満の関係。

 クリスティーナは表向きは淑女を装い、本性はドSの社長令嬢……俺を下僕にしようとしている。


 ギャルゲーですり切れるほど使われてきた設定満載じゃあないか。

 彼女たちがギャルゲーなんて知っているハズもないし、これは誰かの入れ知恵だな。まあ、見当はついているが。


「……ノイシュの指示か」


「「「――ギクッッッ!!」」」


 分かり易く動揺する三人。その意図も何となく想像はつく。


「ありがとう。俺を慰めるためにやってくれたんだろ? お陰で元気が出たよ」


「まあね。でも、予想以上に効果があったみたいね。ノリノリで反応していたし。ハルトはこう言うのが好きなのね。ふふっ、覚えたわ」


「徹頭徹尾、鼻の下を伸ばしていたから下心全開なのがよく分かった。これは後々利用できるな。……はぁ、はぁ……」


「わたくしとしては別にいつもやっているのと何も変わらなかったのですが、ハルトさんは、この衣装が余程お気に入りみたいですわね。似た物を沢山作らせておきましょう」


 いやー、まさかこのファンタジーな世界で姫様や貴族令嬢の学制服姿が見れるとは――異世界女子高生は最高だぜ。

 それに悩みも吹っ飛んだし、引きこもっていた分を取り返さないと。

 意気揚々と立ち上がると手に衣装が手渡された。


「これは?」


「ハルトの分の制服よ。急いでこれに着替えて作戦室に行くわよ」


「作戦室? そこで何が始まるんだ?」


 状況が分からず質問するとティリアリアは腰に手を当て、ふふんと鼻を鳴らして答える。


「何って授業に決まってるでしょ」

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