第十五章 蒼穹の果てには

第304話 心の在処①

 『ドルゼーバ帝国』を舞台にしたクロスオーバーとの戦いが終わり、丸一日が経過していた。

 『アルヴィス王国』、『ワシュウ』、『シャムシール王国』から続々と救援部隊が到着しドルゼーバ国民の救助が行われている。これで事実上、新人類同士の戦争は終結した。

 だが、まだ戦いは終わっていない。寧ろクロスオーバーとシステムTGとの間で世界存続を賭けた最後の戦いが行われようとしている。

 そんな重要な局面に差し掛かる中、俺は<ニーズヘッグ>内の自室に引きこもっていた。


「……黒山……ごめん、ごめんな……お前が必死に独りで戦っていた時に一緒にいてられなくて……大変だったよな……苦しかったよな……無念だったよな……ごめん……」


 俺は黒山の死に対する後悔の念に押しつぶされそうだった。あいつが死んだのは今から三年以上前……俺が前世の記憶に目覚めるよりもずっと前だった。

 当時の俺にはどうしようも無かったというのは分かる。でも、あいつの立場になってみると胸が締め付けられる。

 おまけに死んだ後はシステムTGに身体を乗っ取られて奴の道具にされてしまった。

 

 ずっと自問自答を繰り返し心の整理がつかないままあっという間に一日が過ぎた。すると部屋のドアを『コン、コン』とノックする音が聞こえた。


「ハルト、聞こえる? ずっと部屋の中にいて食事を摂っていないでしょう? おにぎりを持ってきたから一緒に食べましょう」


「ティリアリア様のお手製のおにぎりだ。私も作ってきた。鮭、おかか、ツナマヨ、他にも色々な具材が入っている。腹が減っては戦はできぬと言うだろう。これを食べて元気を出せ」


 ティリアリアとフレイアが来てくれたみたいだが、正直今はそっとしておいて欲しい。まだ心の整理が出来ていない。

 

 あいつは去り際に俺との戦いを希望してきた。でも、俺はその覚悟が出来ていない。

 中身がシステムTGだとしても、あいつはずっと親友だと思っていた人間なんだ。そう簡単に割り切れるもんじゃない。


『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!』


「ちょっとハルト聞いてるの!? 聞いてるんだったら返事ぐらいしなさいよ!」


「もしかして眠っているんですかね? でしたら今は寝かせておいてあげましょうか」


 ドアの外で言い合う二人の声が聞こえる。今は誰とも話したくない。頼むからそっとしておいてくれ。

 俺はまだあいつと戦う気持ちには――。


『ドンドンドンドンドン!! バン、バン、ガン、ガン、ドガン!!』


 ちょっと待って、ちょっと待って。何かドアを殴る蹴る凄い音が聞こえてくるんですけど。金属製のドアから歪な音が聞こえてくるんですけど!


「寝ていたとしてもこれならさすがに聞こえるでしょ! ほら、おにぎり持ってきたから食べろって言ってんのよ!! いい? これが最後通告よ。早く出てきなさいよ。そもそもその部屋はあなただけの部屋じゃないのよ。私たちの部屋でもあるわけ。何一人でベッド占拠してるのよ。ぶっ飛ばすわよ!!」


「ティリアリア様、そんな脅すような事を言ったら余計に出てこないのでは? 例えば甘いセクシーな感じで攻めれば、あのエロ男はホイホイ顔を出すのではないでしょうか? まずは私がやってみます。――ハルトさまぁーん、早くお部屋から出てきてこの卑しいメスにキツいオシオキをくらひゃい! お・ね・が・い・し・ま・す。……ちゅっ!」


「……」


「くふっ! 無視……そうか、そう来るかぁ……。こういう放置プレイもなかなかクるものがあるな……はふ」


「ちょ、ハルトォォォォォォ、あなた何やってくれてんのよ!! 今のでフレイアが昇天しちゃったじゃないのよ! もういいわ、交渉決裂ね。手荒なマネはしたくはなかったけれど仕方ないわね……すぅ……はああああああああああああっ!!」


『ズドン!! ズン、ガン、ドガン!! バキン、ガン、ガン! ゴン、ゴン、ゴン!!』

 

 ドアから更にもの凄い音が聞こえてくる。え、これ大丈夫だよね? だってこれ金属製のドアだよ。普通、人間にこんなの壊せないハズ……壊せないよね……?


『ゴゴン! バキャ、バキン、ズゴゴ! ……ズゴォォォォォォォォォォン!!』


 信じられない現象が起きた。金属製のドアがボコボコに殴られ歪みまくった挙げ句に殴り飛ばされ吹っ飛んだ。

 破壊されたドアは俺の目の間に飛んできて痛々しい姿を晒している。もしかして、今から俺はこのドアと同じ運命を辿るの? 普通に死ぬんじゃね、これ……。


 恐る恐る入り口の方に視線を向けると胸の前で腕を組み仁王立ちしているティリアリアの雄々しい姿があった。

 <パーフェクトオーベロン>が人の姿となって顕現したかのような錯覚に陥る。

 

「……やっぱり起きていたわね。大人しく返事なり出てくるなりすれば良いものを……ふっ!」


 ティリアリアの姿が視界から消え去り気が付いたら懐に入り込まれていた。それは人類に出せるスピードではなかった。

 ティリアリアは俺の顔面を掴むとそのまま持ち上げる――アイアンクローだ。何て握力と腕力だ、振り払えない。それに掴まれた頭がすんごく痛い。


「あいたたたたたたたた!! 割れる、割れる、頭が割れる!! ギブ、ギブ、ギブ……!」


「ギブ……ですって? ああ、そうもっと欲しいのね? うふふ、この欲しがり屋さん」


 ティリアリアの握力が更に増す。嘘だろ、まだ上があるのかこいつ……。

 前々から聖女じゃないだろ破壊神だろと思っていたけど、マジもんだ。このままじゃ殺される。


「ギブミーじゃねえよ! ギブアップ……ギブアップだってば!! ちょ、あ、本当に頭が割れ……あーーーーーーーーーーーー!!」


「もう、情けないわねぇ。こんなか弱い乙女の力程度で大げさなんだから」


 ティリアリアが呆れた様子で俺を見る。

 プラチナブロンドの美しい髪をツインテールにした可愛い少女が片手で成人男性を瀕死に追い込んでいる。

 こんなバイオレンスな状況はそうそうないだろう。それにしても全然力が緩む気配がない。一体何を食えばこんな馬鹿力に育つんだよ。


「か、か弱い女性は片手で男性の顔面つかんで持ち上げられないだろ……あ、ごめんなさい……」


 反論したらティリアリアがムスッとしたので謝る。俺の命など彼女の前ではちっぽけな存在に過ぎないのだ。

 ティリアリアはため息を吐くと手を離し俺は力なくベッドに倒れた。


「うう……う……ぐす……」


「シリウスの事……辛いわよね。私も彼とは聖竜部隊代表として一緒に会議に出席していたし……本当に驚いたわ」


「違うわっ! 今しがたアイアンクローで殺されかけたから恐ろしくて泣いてるんだよ!!」

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