第303話 悲しき真実

 この場に残ったのは俺たち聖竜部隊とシリウス達だけ。戦いが一段落した今、俺はあいつに問う事にした。


「シリウス、答えて貰うぞ。お前の正体を……!」


 コックピットモニターにはシリウスの姿が映っている。いつもなら俺の隣で談笑している親友の姿だ。

 それが今は<ヴィシュヌ>なんていうラスボスみたいな機体のコックピットにいる。

 何となく予想はついている。これから奴が語るのは俺にとって良い内容じゃない。そして、この語りが終わった時あいつと俺の関係が変わってしまう。そんな気がする。


『エーテル通信で何度も言ったから理解しているよね。僕はシステムTG――惑星再生計画の要、オービタルリング統括システムの人工知能だ。そして君たち転生者をこの『テラガイア』に呼び寄せた張本人でもある』


「……つまり機械なんだろ? どうしてそいつがシリウス・ルートヴィッヒの肉体で好き勝手に動いている? そもそも黒山は何処にいるんだ!? ――答えろ!!」


『まずは結論を言おう。ハルト・シュガーバイン……いや、白河光樹。君の親友の黒山修は――死んだ』


「――っ!!」


 心のどこかで覚悟はしていた。

 この戦いの中でシリウスが<ヴィシュヌ>に乗り、自らをシステムTGだと名乗り始めた時にもしかしたらと……そして、その予想が外れて欲しいと懇願していた。


『今から三年以上前、僕が異世界転生のプログラムを発動した時に最初に転生し前世の記憶に目覚めたのが彼だった。自らがシリウス・ルートヴィッヒに転生したと理解した彼は戦争を未然に防ぐために行動した。けれど、それが戦争推進派の目に留まり――彼は毒殺された』


 言葉が出なかった。きっと黒山ならそうするだろう。戦争なんて馬鹿げてると言って全力で防ごうとしたろう。そして、その残酷な結末を聞いて涙が溢れてきた。

 あいつは俺が転生者として覚醒するより以前に死んでいたんだ。


「くっ……あああああ……!」


『シリウスに転生した黒山修の生命がついえる直前、僕は<ヴィシュヌ>のセルスレイブの力で肉体を蘇生させた。システムTGの器としてね』


「何で……そんな事……」


『僕にはクロスオーバーや新人類の行動を見極める必要があったからね。それに前世の記憶に目覚め行動を起こすであろう転生者にも注目していた。さすがに<ヴィシュヌ>の状態で動き回るのは目立ちすぎる。だから人間の肉体が必要だったのさ。黒山修の記憶を持ったシリウスの肉体は僕にとても馴染んだ。その後は戦争推進派に鞍替えしてシリウスを暗殺した連中を黙らせ身の安全を確保したんだよ。まあ、彼らは毒殺未遂によって恐怖に駆られたシリウスが意見を変えただけだと思っていたみたいだけどね』


「……それならどうして知っている? 俺と行動を共にしていた時、お前は俺とあいつの過去を知っていた。どうして……」


『この身体には黒山修とシリウス・ルートヴィッヒの記憶が残っている。だから君に話を合わせる事が出来たのさ。気づかなかっただろ?』


「ふざ……けるなっ!! ずっと……ずっと俺を騙してたのか!! あいつの記憶を利用して……あいつの仕草で……! 返せよ……今すぐその身体から出て黒山を返せよ!!!」


 全身が熱い……頭が沸騰しそうだ。目が熱くて溢れ出てきたものが頬を伝って流れ落ちていく。

 今まで親友だと思っていた存在が悪魔に見える。他人の身体を使って人の心を惑わし、ケタケタ笑っている最悪の悪魔だ。

 悪魔は悪びれる様子も無く淡々と俺に言った。


『そいつは無理だ。既に彼と僕は融合しているからね。君はカフェオレをコーヒーとミルクに分ける事が出来るのかい? 出来ないだろう。そう言うことだ。――さて、本題に戻ろう。次に月が満ちる時、我々は行動を起こす。その日が『テラガイア』の運命を決める日だ。生き残りたければ、オービタルリングに至り僕とガブリエルを倒すしかない』


 全員がシステムTGの言葉に全力で耳を傾ける。手に入れられる情報を一滴も逃すまいと集中している。


『オービタルリングの中枢部には『テラガイア』の環境コントロールシステムがある。それにアクセスできるのは僕だけだ。そして、僕が指示を出せば『テラガイア』を天変地異が襲い、程なくして全ての生命は絶滅する。何人たりとも生き残る事は不可能だ。最終的には惑星の核が暴走を起こし大地は引き裂かれ亀裂からマグマが噴き出し海は干上がる。文字通り惑星が死ぬ』


『そんな事をすればあなたも只では済まないでしょ? 『テラガイア』が滅びればその周囲に存在するオービタルリングだって無事ではいられないハズ』


 ティリアリアがシステムTGの無謀な行動に異を唱える。奴が言っている事が本当なら『テラガイア』を含めた周囲にあるものは全て滅亡する。


『当然、僕も死ぬ事になるだろう。だから最初に言っただろう、全て滅ぶとね。惑星再生計画が失敗した時にはそうするように予めプログラムされていた。だから実行に移す。それだけの話さ』


『シリウス……いいえ、システムTG。そこにあなた自身の意思は存在しないの? 何十万年もかけて再生させた世界を自分の手で破壊する事に躊躇いも未練もないの?』


『ティリアリア、僕はクロスオーバーがウリエルを手にかけた瞬間を覚えてる。何百回も君たちが絶望し死んでいく姿を知っている。もうウンザリなんだよ。人間という生き物の愚かさを見せつけられるのは……本当にもうウンザリなんだ。希望を持った数だけ絶望を突きつけられた。もう僕は人間という種には存続の価値はないと思っている。だから、これがラストチャンスだ。自分たちに生き残る価値があると言うのなら全力で示してみるんだね』


 食い下がっていたティリアリアもシステムTGの気迫に押され、これ以上何も言えなかった。奴が抱いている絶望はガブリエルと同じかそれ以上だ。


『……さて、このままでは君たちが圧倒的に不利だからね。それを補填出来るだけの仕込みは済ませてきた。それを生かすか殺すかは君たちの知恵と努力次第だ。それじゃあ、行こうかミカエル、ラファエル』


 <ヴィシュヌ>、<シヴァ>、<ブラフマー>がエーテルハイロゥを展開し浮上を開始するとティリアリアがラファエルを呼び止めた。


『おじ様! ……おじ様は『テラガイア』を壊したいのですか? だからシステムTGに協力するのですか!?』


『俺がこいつと一緒に行動する理由は……まあ、腐れ縁だな。世界をぶっ壊すとか興味は無いが、俺はオービタルリングでやる事がある。それをやり遂げるにはこいつらと一緒の方が何かとやりやすいのさ』


『だったら私たちと一緒に行きましょう。力を合わせればきっと――』


『それは無理だ。戦場で共闘するぐらいは可能かも知れないが、一緒に行動するとなれば話は別だ。何と言っても俺は王都『アルヴィス』を崩壊させた人間だからな』


『それは……』


『ティリアリア……せっかくここまで生き延びたんだ、その命大切にしろよ。他の連中も同じだ。――ところでハルトよ』


 ティリアリアとの会話を無理矢理切り上げるとラファエルは今度は俺に会話の矛先を向けてきた。その声はどこか穏やかな感じだ。


「ラファエル……」


『まあ、色々とショッキングな事実が発覚して混乱してるだろう。だが、これだけは今のうちに言っておくぜ、また会える保証はないからな。元クロスオーバーの人間として礼を言わせて貰う。――感謝する』


「どうして、あんたにお礼を言われなきゃいけないんだ。俺はそんな事を言われるような事はしてないぞ」


 ラファエルは頭をボリボリ掻きながら心底呆れた感じで俺を見ていた。心当たりのない俺は何が何だか分からない。


『はぁー、自覚無しか。まあ、お前らしいっちゃお前らしいか。それじゃあ、俺からアドバイスをしてやる。――オービタルリングには莫大なエーテルエネルギーが貯蔵されている。つまり<インドゥーラ>はアムリタを使用出来る。しかも、今回のようなエネルギー供給システムの欠陥はない。無策で突っ込めば全滅は必至だ。それともう一つ、どこかの誰かが余計な事を言ったお陰でガブリエル達の目が醒めちまった。今のクロスオーバーは惑星再生計画を始めたばかりの……使命感に燃えていた頃のあいつらに戻ったと言えるだろう。油断をすれば一瞬でやられるぜ』


 ラファエルのアドバイスは両方とも俺たちにとって悪い知らせだった。アムリタの弱点消失に加えてクロスオーバの戦力強化――苦戦は免れないだろう。

 入念な準備をしていかなければ勝機は無いに等しい。


『さて、それじゃあそろそろ僕たちはおいとまさせて貰うよ。ここからは競争だ。オービタルリングで再会できるのを楽しみにしているよ。――特にハルト・シュガーバイン、<ヴィシュヌ>を倒せる可能性があるのは君以外にないと僕は考えている。オービタルリングの中枢部で君を待ってる。……バイバイ』


「システムTG……俺は……!!」

 

 最悪の真実を打ち明けシステムTG達は去って行った。

 黒山が既に無くなっていたこと。その肉体をシステムTGが乗っ取り今まで俺たちと行動を共にしていたこと。――思考も心も整理が追いつかない。

 俺は黙ってその背中を見送ることしか出来なかった。

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