第297話 無敵時間終了のお知らせ
『セシル、ガブリエルの動きを牽制する。ラーマーヤナを使うよ』
『了解しました。サルンガ展開、術式兵装ラーマーヤナ――発射します』
<ヴィシュヌ>は左腕に光の弓を装備すると無数の閃光を発射した。その光の矢一本一本が不規則な軌道を描いて<インドゥーラ>に命中する。
『動きが止まった。ナラシンハで押し込む!』
『エーテル障壁最大出力、エーテルハイロゥ及び各エーテルスラスター出力上昇――ナラシンハ発動。ご主人様舌を噛まないようにお気を付けください』
全身に黒色の閃光を纏うと<ヴィシュヌ>はいきなりトップスピードで飛翔突撃した。
攻撃開始時のタメがない俊敏な動きと圧倒的な攻撃力。無敵でなければ<インドゥーラ>はボロボロになっていたに違いない。
ナラシンハが終了すると<ヴィシュヌ>は華麗に地上に舞い降りる。その所作一つ一つが強者の風格を見せていた。
『やはり<インドゥーラ>にダメージは見られませんね。こちらも向こうの攻撃には当たりませんが非常に面倒です。こんな不毛な時間を送るならティータイム後の食器の片付けをしたいです』
『確かにそっちの方が価値のある時間の使い方だね』
シリウスとセシルさんの談笑が聞こえてくる。マイペースな二人とは対照的にガブリエルはずっと苛立ち余裕の無さが顕著に表れている。
『くそっ! 何故こうも一方的に……<インドゥーラ>の戦闘用AIはマツヤを超えているはずだ!!』
『確かに基本性能はそちらが上でしょうね。ですが、戦ってみたところ戦術に工夫が足りないと感じました。戦闘シミュレーターのデータは豊富に覚えさせたようですが、肝心の実戦データが不足しています』
『なっ……それを言うのなら<ヴィシュヌ>も実戦経験は不測しているはずだ!』
『ガブリエル様……今まで私が何処にいたのかお忘れですか?』
セシルさんの一言でガブリエルは意味を理解し唇を噛んだ。
『私はこの数ヶ月、聖竜部隊に身を置き<ニーズヘッグ>のブリッジから戦闘状況を観察していました。お陰で実に良質かつ豊富な戦闘データを手に入れることが出来たのです。その点では聖竜部隊に強敵を次々と送り込んだあなた方の采配に感謝しなければなりませんね。――ご馳走様でした』
『あはは、確かに経験値を沢山貰ったからね。「ご馳走様」と言う表現は合っていると思うよ。クロスオーバーの介入によって<ヴィシュヌ>の戦術レベルは飛躍的に向上した。その結果が今の状況に結びついている訳さ』
誰の目から見ても一方的な戦いだ。機体性能がほぼ同じであるにも関わらず<ヴィシュヌ>が圧倒している。
戦闘用AIと言う名のパイロットの実力差が明らかだ。
『ふっ、認めよう。確かにお前たちは強い。しかし、こちらにはアムリタによって絶対的な――』
『――今、エーテルエネルギー供給システムの術式コード構築が完了した。これで<ヴィシュヌ>にもエーテルエネルギーが供給されるようになったよ』
『あ、本当ですね。エーテルエネルギーが一瞬で全回復しました。これはかなり楽ですね』
『なん……だと!? この短時間でやったと言うのか? バカな!!』
『ガブリエル、君は僕がどういった存在なのか忘れてしまったのかい? 僕はこの惑星の再生計画の要として開発されたシステム。演算機能はもちろんあらゆるスペックは高水準だと自負している。装機兵におけるエネルギー受信システムの構築なんて大した事じゃないんだよ』
何だかもうメチャクチャな展開だ。これでどっちも常にエネルギーは満タン。互いに絶対防御と超回避能力でダメージなし。永久に決着がつかない構図になった。
ここからシリウスはどうする気だ。時間稼ぎと言っていたけど何を待っているんだ?
『この無限エネルギーならアレがやれるね』
『アレですか? 相手が無敵なのでダメージは入りませんがやってみます?』
<ヴィシュヌ>の出力が上昇しエーテルハイロゥが巨大化していく。この光景はさっき<インドゥーラ>と戦っていた時に見た。
「カルキ・ラスト・アヴァターラを使う気か!?」
『その通り。でも今から使うのはエネルギー消費が大きすぎて本来は使用不可能なもの。恐らく二度と見られないからよく見ておくといいよ、ハルト』
『<ヴィシュヌ>、エーテルエネルギーチャージレベル臨界に到達。座標位置シミュレート完了――跳べます』
『ガブリエル、今から見せるのが<ヴィシュヌ>の本当の力――絶対的な暴力の形だ』
<ヴィシュヌ>が消えた。また高速移動かと思い周囲を見回すと<インドゥーラ>の付近に姿を現した。だが、その異様な光景に息を呑む。
出現した<ヴィシュヌ>は一体だけではなかった。ざっと見ただけでも十機以上の青い
「分身……? いや、全部実体を持っている。こいつは一体……」
驚愕していると<ヴィシュヌ>全機がサルンガを構えて<インドゥーラ>目がけて一斉射を開始した。
包囲網から逃れる術がないガブリエルは直撃を受け続け、着弾点に蓄積したエーテルエネルギーは爆発崩壊し巨大な火柱を発生させる。
それでもサルンガによる射撃が継続されると数機がエネルギーを開放しながら火柱の中にいる<インドゥーラ>に接近する。
『エーテルエネルギーによって実体を持つ分身体を複数創り出し飽和攻撃を仕掛ける。――これが本当のカルキ・ラスト・アヴァターラだ!』
接近した<ヴィシュヌ>全機が至近距離でカルキ・ラスト・アヴァターラを使用した。黒い極光が<インドゥーラ>を呑み込み天に向かって放たれていく。
遙か彼方にある雲海に大穴が開き徐々に塞がっていく様子が見えた。
「なんて威力だ。これが<ヴィシュヌ>の力……」
黒光の柱が消滅するとその場には一機に戻った<ヴィシュヌ>と軽微だが損傷している<インドゥーラ>がいた。
『くっ……<インドゥーラ>が損傷するほどの威力とは……』
『
アムリタを正攻法で突破するには単発超火力の一撃が有効らしい。
――とは言ってもさっきの<ヴィシュヌ>の術式兵装でも与えられたダメージは低く致命傷にはほど遠い。
『驚かせくれたが、見ての通り<インドゥーラ>にはほとんどダメージは無い。先程の攻撃を何回やろうとも無駄なのだよ!!』
『確かに無駄ですね。ですが、これでようやくガブリエル様のボーナスタイムは終了ですね』
『そのようだ。施設からのエネルギー供給が止まった。これでアムリタは使えなくなったけど、どうするつもりだいガブリエル?』
『どういう事だ? システムダウンしたとでも言うのか? いや、綿密に計画しドルゼーバ全土に張り巡らせたエーテルネットワークが自然に停止するなどあり得ない!!』
――え? マジで? 本当にエーテル供給止まったの?
半信半疑でシェリンドンを見ると彼女も訳が分からないという風ではあるものの首を縦に振っていた。どうやら本当らしい。
突然の呆気ないアムリタ無敵状態の終了に拍子抜けしてしまう。どうなってんの?
シリウスとセシルさん以外は訳が分からず立ちすくんでいると、地面が突然割れて下から二機の機体が姿を現した。
「あれは<シヴァ>、それに<ブラフマー>……まさか!」
『そう、そのまさかよ。ったく、ドルゼーバ全土の供給施設に停止コードを入れて回っていたから時間が掛かったぜ。――まあ、その甲斐はあったみたいだがな』
ラファエルの軽快な声が聞こえ、あのミカエルですら笑っている。かなりご機嫌な様子だ。
その一方で、無敵状態が終了したガブリエルは如何にも腸が煮えくり返りそうな感じで顔の至るところがピクピク引きつっていた。
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