第296話 戦闘用AIマツヤ

 <ヴィシュヌ>は全身をストレージから出して<ニーズヘッグ>の船首甲板に降り立つとシリウス達の前で跪き、胸部のコックピットハッチを開放した。

 セシルさんは素早くコックピット内に入り、続いてシリウスが乗り込もうとすると不意に俺の方に顔を向けた。

 その表情は真剣ではあるものの、どこか悲しそうな決意を固めたような意志を感じる。数秒程そのままでいるとシリウスはコックピットの中に入りハッチが閉じられた。

 <ヴィシュヌ>のデュアルアイが発光し頭上にエーテルハイロゥが展開されるとゆっくりと浮上し始める。


『ご主人様、<ヴィシュヌ>起動しました。戦闘用AI『マツヤ』、機体各システムとリンク開始……完了。シンクロ率九十五パーセント以上を維持、全武装及び全術式兵装使用可能。機体パフォーマンス最大レベルで戦闘可能です』


『分かった。それじゃ行こうか、セシル』


『イエス、マスター』


 <ヴィシュヌ>とエーテル通信が繋がりコックピット内のやり取りが聞こえてくる。エーテルハイロゥが一際巨大化したと思った瞬間、<ヴィシュヌ>がその場から消えた。


「なっ……! 消えた、一体何処に……!?」


『ここだよ』


 シリウスの声が聞こえた方を向くといつの間にか<ヴィシュヌ>は<カイゼルサイフィードゼファー>の隣に立っていた。

 俺の視界から消えて僅か二、三秒ほどの出来事だった。まるで瞬間移動でもしたかのようなスピードだ。驚く俺を見てシリウスは微笑みを見せる。


『驚かせてしまったみたいだね。今のはエーテルハイロゥにエネルギーを集中した高速移動術だよ。他にこれが出来るのはミカエルとラファエルぐらいかな?』


「……お前は……誰だ? どうしてそんな事を知ってるんだよ。お前は本当にシリウス……黒山なのか?」


 思っていた疑問が自然と口から出た。出してしまってから後悔した。この疑問に対する答えが怖くて仕方が無かった。

 もしも俺が思っていた通りの答えだったりしたら、自分はどうすれば良いのか分からなかったから。――そして、それは現実になった。


『……僕はシステムTGだ。色々と質問したい事があるだろうけど今はガブリエルを何とかするのが先決だ。そうだろ?』


 自分はシステムTGだと告白したシリウスに驚いたが、あいつが言った通りに今はガブリエルを倒す事が最優先だ。意識をそちらに集中する。


「……シリウス、さっき地下施設を破壊する必要は無いと言ったな。お前には何か策があるのか?」


『策と言うほどの事じゃない。しかし、もう少しばかり時間稼ぎが必要だね。僕が戦うから君はそこで僕の戦い方をよく見ているといい。――このシステムTGの戦術をね』


 言うと<ヴィシュヌ>は再び瞬間移動したかのように目の前から消え去り次の瞬間には<インドゥーラ>の目の前に立っていた。

 エーテル通信がアクティブになっているお陰で二機のコックピットでのやり取りがこっちにも聞こえてくる。


『私の前に立ちはだかるか、システムTG。しかし、幾ら<ヴィシュヌ>といえどアムリタの突破は不可能。どうする気かな?』


『確かに今のその機体にはあらゆる攻撃が通用しないね。この<ヴィシュヌ>を相手にして不用意に術式兵装を使用するほど君は愚かでもない。――だからと言って君が勝利する決め手にはなり得ないよ』


『減らず口を! ここで貴様を破壊すれば残りは新人類のみ。消えて貰うぞ、システムTG!!』


 ガブリエルは吠えると同時に<インドゥーラ>を突撃させる。その手には大型の斧パラシュラーマを携えている。パワーに物を言わせて一気に潰す気だ。

 大きく振りかぶった一撃は空を切る。<ヴィシュヌ>は紙一重でパラシュラーマを回避して後ろに回り込んだ。


『随分粗雑な攻撃ですね。そのようなものに当たるほど私は甘くありませんよ、ガブリエル様。――攻撃とはこうするのです』


 今度は<ヴィシュヌ>がパラシュラーマを装備した。あの二機は武装、術式兵装とも同様のものを備えている。異なるのは属性の違い程度だ。

 鑑定で確認した限りでは<インドゥーラ>は雷、<ヴィシュヌ>は光――それぞれの属性は強化されていて黒色のエネルギーを纏ってはいるが基本属性はその様になっている。


 <ヴィシュヌ>は高速機動を駆使して変則的な動きで近づくとパラシュラーマで何度も斬りつける。

 ダメージこそ見られないが<インドゥーラ>はまともに反撃もできず攻撃を食らい続け、無理矢理反撃しようものならその隙を突いて<ヴィシュヌ>がクリシュナブレードで深く斬り込んで来る。

 ――相手に休む間も与えない苛烈なラッシュ攻撃だ。その分攻撃側も相応のスタミナ消耗が予想されるが<ヴィシュヌ>の猛攻はずっと続いている。


「あの攻撃パターンには見覚えがある。フレイアと手合わせをした時にセシルさんが見せた猛攻だ」


 手合わせの後、フレイアはセシルさんの技量の高さに驚いていた。

 そして、その強さは要人警護レベルを凌駕すると評価していた。彼女の異常な強さの理由が今分かった気がする。

 

『ちいっ! 何故だ、何故こちらがこうも一方的にやられる!? <インドゥーラ>には<ヴィシュヌ>の戦闘用AIの改良型が搭載されているんだぞ』


『やはりそうでしたか。ナノマシン工学の科学者であるあなたが機動兵器で戦えるのはおかしいと思っていたのです。やはりご主人様と同様に機体の戦闘用AIに頼っていたのですね』


『ちょ、セシル! そういうネタばらしは止めてくれないかな?』


 シリウスが焦った声でセシルさんを咎める。やはり、あの<ヴィシュヌ>の驚異的な動きはセシルさんの操縦によるものらしい。――つまりシリウスは乗ってるだけって事か?

 さっき「システムTGの戦術を見せる」とか自信満々に言っていたけど、あれは単なる格好つけだったのか……。


『まあ、<ヴィシュヌ>を起動させるにはシステムTGの搭乗が必須ですからね。こうしてコックピットを複座型にしていますけど、後ろの座席で得意げにされるとちょっと苛つきますのでお静かにお願いします』


『……はい、すみません』


 セシルさんに注意されてシリウスは消え入りそうな声で謝った。どうやら予想通りにコックピットではあいつの仕事は無いに等しいらしい。


『接近戦では向こうに分があるか。ならば……サルンガ!』


 ガブリエルは距離を取ると雷撃の弓矢による連射を開始した。雷の速度で放たれる矢をセシルさんは全て見切り最小限の動きで躱している。

 その回避方法を見ていて俺は違和感を覚えた。彼女の回避行動は敵が攻撃する瞬間に既に始まっている。それはまるで攻撃が何処に来るのか予測が付いているかのようだった。

 その早すぎる回避行動は常に行われていて、<インドゥーラ>に接近して斬撃を食らわせる時にも適用されている。

 そう言えば戦闘開始から<ヴィシュヌ>は一発もまともに攻撃を受けていない。異常とも言える回避技術だが、その動きからある推測がつく。


「まさかセシルさんにはガブリエルが次にどう攻撃してくるのか分かるのか? 未来予知能力……ティアと同じなのか?」


『さすがハルト様ですね。鋭い洞察力です』


 ポツリと呟いた独り言に返答されたので意表を突かれる。セシルさんは戦いながら疑問に答えてくれた。


『薄々気が付かれているとは思いますが、私は人間ではありません。私の正式名称は戦闘用AI『マツヤ』――<ヴィシュヌ>の頭脳とも言える存在なのです。竜機兵のドラグエナジストに宿る意思と似た存在と言えば分かり易いかも知れませんね』


「戦闘用AI……でも君は人間そのものじゃないか」


『この身体は潜入行動用にシステムTG様が作製してくれたものです。さすがに普段から熾天セラフィム機兵シリーズの姿で活動するのは色々と無理ですから。そして今の状態こそ、私本来の姿なのです。主の命により<ヴィシュヌ>を駆り敵を討つ。――それと先程の推測に対する回答ですが、戦闘状況を分析する事で相手の次の行動を予測し先手を打つ……それが私の得意技と言ったところでしょうか。……ですので未来が見えると言うよりは確率の問題ですね』


 つまりとんでもない演算機能を備えたスーパーコンピュータみたいなものだ。取り入れた情報から敵の次の動きを推測し対応する。

 実際にその状況を見ていたから、その恐ろしさがよく分かった。百発百中の精度で先を読んでいる。

 あれはアムリタ級にとんでもない能力だ。何せ攻撃が全て躱されるのだから。

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