第295話 ヴィシュヌ降臨

「アグニ、挟撃する! 合わせろっ!!」


『言われるまでもない! そっちこそ遅れるなよ!!』


 <インドゥーラ>の左右に回り込んで二機で同時に接近する。急がないとアインが踏み潰されちまう。


『ふっ、また同時攻撃か。ワンパターンな行動しか出来ない無能なサル共め。――身の程を思い知れっ!!』


 アグニの攻撃はクリシュナブレードで防がれ、俺の攻撃は腕部のヴァラーハで受け止められた。その場から<インドゥーラ>は一歩も動かずに<ベルゼルファーノクト>を踏みつけたままだ。

 こっちは二機で攻撃しているのに奴はびくともしない。そんなにパワー差があるのか?


『二人がかりなのにどうして押し負けるんだ!?』


『理由は簡単だ。お前たちは戦闘で心身共に消耗しているが、私は常にエーテルエネルギーが供給されている為ベストな状態を保つことが出来ている。――飢えたサルが束になってかかって来たところで神に勝てる訳がないだろう!!』


 <インドゥーラ>はクリシュナブレード、ヴァラーハ、ヴァーマナによって俺たち三人を同時に斬り、殴り、蹴り飛ばした。

 それぞれ三方向に吹き飛ばされた俺たちの機体は雪原に横たわり、どうしようも無い絶望感が身体にのし掛かる。


「くそ……! この工場区には何人が捕らわれているんだ。その人たちを救い出せば何とか……」


『知りたいかね? ――約十億人だ』


「……は?」


 理解が追いつかなかった。十億人なんて大人数がこの工場区にいるわけが無い。こいつは何を言っているんだ?

 そんな俺たちの疑問をガブリエルは最低最悪な答えで解き明かした。


『ここ『ドルゼーバ帝国』の人口は約十億人。そのほぼ全てをエーテルエネルギー供給機構に組み込んだ。それら全ては連動しており、その一部が破壊ないし外部から強制的に開放されようとすれば直ちに生命維持システムが停止するように設定されている。――私一人を倒す為に十億人を道連れにする覚悟があるのならやってみるがいいさ』


「な……こいつ、ドルゼーバの民をエネルギー源にした挙げ句に人質にしたのか!? どこまで卑劣なんだ……!!」


 俺の前世と今世を合わせても今までこんな下衆には会ったことがない。こんな奴に手も足も出ないなんて悔しくて仕方が無い。


『さあ、どうする? 私を殺したいのだろう? だったらこの地下にあるエネルギー供給施設を破壊すればいい。お前にとっては敵国の人間だ。何人死のうと関係ないだろう?』


 ガブリエルは俺を挑発してきた。十億の人間を殺すなんて大罪を犯せないと分かって言ってくる。

 卑劣なこのド畜生をぶん殴ってやりたい。だからと言ってこいつを攻撃してもダメージは与えられない。――くそったれ!


『――やはり、出来ないか。それが貴様の限界だ。罪を犯す覚悟もなく出しゃばるからこうなるのだよ。敗者はそこで這いつくばっているがいい! ふははははははははは!!』


 罪……覚悟……そうだ、俺は今まで何度もその二文字と向き合ってきた。戦いの中で人を殺める度に命の重さを背負ってきたんじゃないか。 

 だからこそ……戦争を終わらせなければならない。覚悟を決めろ……!


「……まだやれるよな、<サイフィード>」


 <カイゼルサイフィードゼファー>をゆっくり立たせて機体各部のチェックをする。

 大丈夫だ、致命傷は受けていないしこっちにも自己修復機能はある。徐々にダメージは回復しているし、いざとなればスキルで一気に修復可能だ。


『今さら立ち上がってどうする気かね? ここまでやって尻尾を巻いて逃げるのかね? まあ、それも一興だろう。最も撤退したところで死に至るのが少し遅れるだけだろうがね』


「……決めたよ、ガブリエル。十億人の命……償えるとは思っていない。でもな、俺はここに来るまでに多くの人間を殺めてきた。既に血で汚れた身だ。一国の民全てを殺める大罪……背負ってやるさ。その代わり、お前は確実に殺す。そしてクロスオーバーを壊滅させる。その後で罪に相応しい裁きを受ける。――それが俺の覚悟だ」


 一歩また一歩と前に出て<インドゥーラ>に近づいていく。俺の予想外の行動にガブリエルの表情が引きつるのが見える。


『ふっ……冗談はよせ。貴様のような転生者の甘ちゃんにそのような業が背負えるものか! 十億だぞ……十億人の命を私一人を殺めるために犠牲にする気か!?』


「ああ、そうさ。どの道、お前が生き残れば彼らの命はアムリタのエネルギー源にされるんだろ? 生き地獄が待っているのならせめて俺の手で開放する。例えそれが死という形だったとしても……!」


『ば、バカな……正気か貴様!?』


「正気だよ。お前の方こそ覚悟は出来ているんだろうな、ガブリエル。これだけの事をやって無事に済むと思うなよ。お前は俺が必ず地獄の底に叩き落とす!! アムリタが使えなくなった瞬間を楽しみに待ってろ!!!」


 殺意をほとばしらせながら<インドゥーラ>の付近まで来ると俺は機体を止まらせた。この位置の真下に<インドゥーラ>にエネルギーを供給する施設がある。

 エーテルエクスカリバーにエーテルエネルギーを込め刀身から黄金の光があふれ出る。この刃を大地に突き立てエネルギーを放出すれば地下の岩盤が崩落して施設は壊滅するだろう。


 コックピットに戦闘中の仲間の声が聞こえてくる。皆、俺に止めるように言っている。でも、このままじゃ全滅するのは目に見えている。今までやってきた事が全部水の泡になる。

 これまでに沢山の大事な人たちを失った。皆、沢山傷ついて沢山悲しんで沢山泣いてきた。それでも歯を食いしばってここまでやってきたんだ。

 それを、ここでこんなクズ野郎に台無しにされて堪るか。――覚悟は出来ている。


『や、止めろーーーーー!!』


 ガブリエルの上ずった声が聞こえる。操縦桿を握る手が震える中、その声を無視してエーテルエクスカリバーを掲げた時だった。


『――そんな事をする必要は無いよ、ハルト』


「えっ!?」


 エーテル通信で聞こえてきたのは俺がよく知っている声だった。

 ただ、いつもは明るく優しい声色が今は冷たい感じになっていた。だから暫くその声の主がシリウスだと気が付かなかった。


『ハルト君、大変よ! さっきまでブリッジにいたシリウス君とセシルさんが突然目の前から消えてしまったの! そしたら一瞬で<ニーズヘッグ>の船首に移動していて――』


 シェリンドンの慌てた声が聞こえてきた。その他のブリッジクルーの驚きの声も聞こえてくる。

 <ニーズヘッグ>の船首甲板上を拡大して見てみると確かにシリウスとセシルさんの二人が立っていた。


「シリウス、セシルさん、危ないから早く船内に戻れ! 流れ弾が当たったら……いや、それ以前に風に吹き飛ばされたら怪我じゃ済まないんだぞ」


『大丈夫、問題ないよ。僕とセシルの周囲にはエーテル障壁を展開しているからね。並の装機兵が術式兵装を打ち込んできたとしても僕たちは無傷さ』


「エーテル障壁って……お前何言ってるんだよ! 生身の人間がそんな事出来るわけないだろ。それにブリッジの外にいるのにどうやって通信してるんだ!?」


『あら、以外と冷静ですね、ハルト様。私やご主人様は端末など使わなくてもエーテル通信が可能なのです』


 今度はセシルさんか。いきなりの意外な乱入者とその破天荒な行動に訳が分からなくなる。ただ、ガブリエルの様子が怒りに満ちたものに変化したので何故なのか不思議だった。


『……とうとう表舞台に出てきたか。それでこの期に及んで何をする気だ? 新人類共と手を組んで我々クロスオーバーを壊滅させる気か?』


 ガブリエルがエーテル通信を介してシリウスに質問する。その口ぶりはまるで昔からの知り合いの様な感じだ。一体何がどうなっているんだ?

 ガブリエルの問いに対しシリウスは静かな口調で返答した。


『そんな分かりきった事を訊くなんて君らしくないね。当然、『テラガイア』を永きにわたって混乱に陥れたクロスオーバーは壊滅対象だ。この世界を再生させた偉業をかんがみてもさすがにやり過ぎたからね。まあ、それ以外にも僕がやるべき事は色々とあるんだけど、とにかく今はこの状況をどうにかするのが先かな。――セシル』


『イエス、マスター。起動準備は既に整っています。いつでも出撃可能です』


『それはちょうじょう――来い、<ヴィシュヌ>!』


 シリウスが叫ぶと彼らの上空の空間に亀裂が入りガラスの如く『パリン』と音を立てて割れた。

 すると割れた空間の向こうから巨大な両腕が出現し手をかける。


「あの空間はストレージか! それにあの手は装機兵のもの……一体何が出てくる?」


 突如出現したストレージの奥から出てきたのは青色を基調とした大型の機体だった。姿形は<インドゥーラ>とそっくりだ。

 慌てて鑑定スキルで確認すると予想した通りの結果がコックピットに表示される。


「<ヴィシュヌ>……クラウスさんが造った熾天セラフィム機兵シリーズ試作プロトタイプ。あれはシステムTG用の機体だったハズだ。それがどうして……?」


 様々な疑問を抱きつつもスペックを確認していくと武装関連は<インドゥーラ>とほぼ同じ。違うのはアムリタが搭載されていないぐらいだ。

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