第294話 仕組まれた残酷

 アムリタの正体が分かっても圧倒的不利な状況は変わらない。突破口が見えず悩んでいると拍手が聞こえてきた。

 その音の出所は<インドゥーラ>のコックピット――ガブリエルだった。


『実に素晴らしい考察だ。正解だよ、シェリンドン・エメラルド女史。さすがは『錬金工房ドグマ』の天才錬金技師なだけはある。アストラル・ディメンション・シフト理論を知っているのには驚かされたよ』


『理論自体は二十年ほど前に錬金学会で発表されていました。その突拍子もない考えは眉唾物として笑い話で終わっていましたけど、当時学生だった私にとってあの日が錬金技師を目指す契機になったので覚えていたんです。その理論の提唱者の名はクラウス・グランバッハ――私が最も尊敬する二人の錬金技師のうちの一人です』


『……そうか、ウリエルめ余計な事を……』


『アムリタを開発したのはクラウス先生ですね? あなたはそれを利用しその機体に組み込んだ。――違いますか?』


 シェリンドンが指摘するとガブリエルは長い金髪をかき分けながら笑みを見せる。そのナルシストな所作に苛つきを覚えた。


『アストラル・ディメンション・シフトは基本理論こそ完成していたが、ウリエルはそれを機動兵器に組み込める形には出来なかった。私は複雑な術式をコンパクト化することに成功し<インドゥーラ>に搭載したのだよ。奴が実現し得なかった偉業を私はやり遂げた。――そして、この究極の熾天セラフィム機兵シリーズが誕生したのだ。この機体のみで新人類を全滅させることも可能なのだよ』


「話をすり替えるなよ。やっぱりクラウスさんの考えを盗んだんじゃないか! 機体と言い理論と言い……あんたがやっているのは全てクラウスさんの二番煎じだって事だよ、ガブリエル!!」


 クラウスさんの名前を出すとガブリエルから笑みが消え憎しみの表情が露わになる。鋭い睨みを利かせて俺を見ている。


『……貴様、調子に乗るなよ! アムリタの正体が分かったところで貴様たちにはどうすることも出来ない。このまま私に一矢報いる事も敵わず死ぬだけだ!』


 悔しいがこいつの言っている事は本当だ。判明したのは、結局アムリタは突破困難な防御システムだと言う事実だけだ。攻略方法は無いに等しい。

 そんな時にシェリンドンから衝撃の事実が報告される。


『アムリタは完璧ではないわ。アストラル・ディメンション・シフトを実現困難としている要因は二つある。一つはさっき話した複雑過ぎる術式、そしてもう一つは術式を発動させるには莫大なエーテルエネルギーが必要だという事実よ』


「莫大なエネルギーだって? 熾天機兵の動力でどうにかなるレベルなのか?」


『いいえ。術式発動のエネルギーは装機兵の永久機関ではとても賄えるレベルではないの。かなり大がかりなエーテルエネルギー発生機構を用意する必要がある。――例えば都市一つとか、それ位の規模でなければ装機兵一機を無敵にするエネルギーは確保できないわ!』


「だとしたらどうやって、あいつは――」


 言いかけて自分がいる場所を思い出した。

 ここは『ドルゼーバ帝国』でも最大規模を誇る工場区だ。装機兵を大量生産する場所であれば莫大なエーテルエネルギーを生み出す事が可能なハズだ。


「アイン、アグニ、この工場区をぶっ壊すぞ! エーテルエネルギーが供給出来なきゃ、あいつはアムリタを使用する事が出来なくなる。無敵でなくなれば俺たち三人でフルボッコに出来る!!」


『了解した!』


『良い案だ。あの鼻につくナルシスト野郎をボロ雑巾のように出来るなら何でもしてやるよ!』


 俺がガブリエルを足止めしている間に二人が工場区を破壊する作戦を立て実行に移そうとするとガブリエルが再び笑っていた。

 まるで「俺たちにはそんな事は不可能だ」とでも言わんばかりに余裕を見せている。


『本当に良いのかな? この施設を破壊して後で後悔しても遅いぞ』


「何が言いたい? 負け惜しみなら往生際が悪いぞ、この野郎!!」


 ガブリエルはニヤニヤしている。人を小馬鹿にした奴の態度には心の底から苛つくが、同時に嫌な予感もする。アインとアグニも同じように感じたのかその場に留まっている。

 しばらく沈黙が続くとモニターに映るシェリンドンが青ざめた顔をしていた。


『……やはりそういう事だったのね。何て酷い事を思いつくの……』


「シェリー、何か分かったのか?」


『おかしいと思っていたのよ。私たちが『ドルゼーバ帝国』領内に入ってからここに来る迄にいくつもの街の上空を通過したけれど、人の姿を全く見かけなかった。――そして莫大なエーテルエネルギーを効率よく生み出すには動力ともう一つ重要なものを必要とするわ』


『何を勿体ぶってるんだよ。そのもう一つって何なんだい?』


 アグニがイライラした様子で噛みつく。俺とアインは嫌な予感が的中しシェリンドンと同じように青ざめた。


『簡単な話よ。つまり装機兵と同じ。機体を動かすには動力となるエーテル永久機関と何が必要?』


『何ってそんなの簡単だろ。操者がいなければ動くわけ……まさか……!』


 アグニも気が付いたのだろう、ハッとした様子を見せると表情がこわばっていく。俺たちが黙り込むのと対照的にガブリエルは口角を上げて満足そうに笑った。


『そもそもこの世界の情勢に疑問を持った事はないのかね? 一度壊れた惑星を再生させ環境システムを立て直した際に全ての土地を豊かにする事も可能だった。しかし、実際は『ドルゼーバ帝国』は雪に閉ざされ土地は痩せ細り貧困に苦しんでいた。何故そうなったと思う?』


 ガブリエルの問いかけに俺たちは沈黙で返す。その様子が面白くて仕方ないという風に奴の笑い声が段々と大きくなっていく。


『それはドルゼーバの他国への敵愾心を煽るためだよ。そこに我々クロスオーバーが技術提供する事により力を得たドルゼーバは侵略行為に出た。こちらの予想通り、いや予想以上の働きだった。貧弱ながらも広大な土地と無駄に多い人口はまさにうってつけでね。ドルゼーバの土地にエーテルエネルギーを伝達するシステムを構築するのは簡単だったよ。我々が国の中枢部を乗っ取った後は国民をシステムに組み込んでアムリタを発動させる養分にした訳だ。――全ては最初から仕組まれていた事だったんだよ。ここまで私のシナリオ通りに事が進むとは正直思っていなかった。実に愚かだよ、お前達は。ククク……アッハハハハハハハハハハ!!』


『な……ドルゼーバがこんな土地なのはお前の仕業だと? それに国民の命を使ってエネルギーの補充をする……? ふざ……けるなぁぁぁぁぁぁ!!』


「アイン、止まれ! 返り討ちに遭うぞ!!」


 真実を知ったアインの怒りが爆発しガブリエルに突っ込んでいく。これは明らかな挑発行為だ。止まるように指示しても今のあいつには聞こえない。

 とにかくアインを止めないと手痛い反撃に遭うのは目に見えている。


『ガブリエル!! 貴様さえいなければ!! 落ちろぉぉぉぉぉ、ヨルムンガンドォォォォォ!!!』


 <ベルゼルファーノクト>がエーテルアロンダイトの切っ先を<インドゥーラ>に向けて必殺の刺突攻撃を敢行した。

 ガブリエルはその場から動く事も防御する事も無く甘んじて闇の突撃を受ける。その結果は予想通りの無傷だ。


『ふははははは! 効かないと証明しただろう。これだから貴様ら新人類は低脳なサルなのだよ!!』


 <インドゥーラ>は<ベルゼルファーノクト>の頭部を鷲掴みにするとパワーに物を言わせて地面に叩きつけ、思い切り踏みつけて動けなくした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る