第292話 カルキ・ラスト・アヴァターラ

『そろそろ終わりにしようか。<インドゥーラ>の試運転としては丁度良い相手だったぞ、ハルト・シュガーバイン!』


 ガブリエルが吐き捨てるように言うと<インドゥーラ>から凄まじいエーテルエネルギーが放出され始めた。

 頭上に展開された魔法陣が広範囲に広がり黒い雷が発生する。

 この展開は非常に危険だとこれまでの戦闘経験による勘が警鐘を鳴らす。この手のエネルギーの開放パターンは全方位攻撃型の術式兵装――回避は間に合わない!


「全エーテルエネルギーを防御に回す! 防御系スキルも同時使用! 持ってくれ、<サイフィード>!!」


 回避を捨て全てのエネルギーやスキルを防御に振ってその場に留まる。その直後――。


『<インドゥーラ>最大の術式兵装をお見せしよう。――カルキ・ラスト・アヴァターラ!!』


 <インドゥーラ>から黒い雷撃が放出され一瞬で周囲に広がっていった。

 近くにいた俺は瞬く間に黒い雷に呑み込まれ<カイゼルサイフィードゼファー>の全身にダメージが蓄積していく。

 最大出力で展開していたエーテル障壁は薄衣の如く一瞬でかき消され装甲が悲鳴を上げる。

 機体とシンクロしている俺にも痛みが伝わり全身から脂汗が吹き出した。


「がああああああああっ!!」


 全身を突き抜ける鋭い痛みに思わず悲鳴が出る。意識が吹き飛びそうになるのを必死で堪え歯を食いしばる。

 俺はまだいい。コックピットブロックを守る機構のお陰で直接電撃が俺を襲うことはない。

 でも<サイフィード>はこの黒い稲妻の直撃を受けて苦しんでいる。その痛みが俺に伝わってくる。


「ぐっ、あああああああああ!! くそ……こんなんでやられてたまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 体内のマナを爆発的に高めてスキル『灰身けしん滅智めっち』を発動した。俺の各ステータスが向上し感覚が極致に達する。

 最大防御を保った状態で<インドゥーラ>に突撃し斬撃を叩き込むと奴の術式兵装が中断された。


『なん……だと!? あの稲妻を耐えきっただと……!!』


「<サイフィード>、よく耐えてくれた! 出し惜しみをしていたらやられる。――ならさ!!」


 ストレージにアクセスし、そこに収納されているドラゴニックウェポンを呼び出す準備に入る。


「術式構築開始――来い、エーテルエクスカリバー!!」


 黄金のオーラを放つ大剣エーテルエクスカリバーを携え目の前で動きが鈍くなっている<インドゥーラ>を袈裟懸けにする。

 やはりダメージは無い。でもそんなこと知ったことか!


「やられっぱなしで黙っていられるか!! 術式解凍――ツインドラゴニックエーテル永久機関フルドライブ! これでも食らえぇぇぇぇぇぇ!! 八岐ヤマタノ大蛇オロチッッッ!!!」


 剣から伝わる黄金のオーラを全身に纏い高速飛行による強力な八回の斬撃を連続で叩き込んだ。

 <カイゼルサイフィードゼファー>最大の術式兵装『八岐大蛇』――これならばきっと、と言う俺の淡い期待は間もなく粉砕された。

 

『――何かしたかね?』


「……くそったれ!!」


 本来であれば八回の斬撃終了時に敵の内部に蓄積したエーテルエネルギーが爆発反応を起こすのだが、全ての効果がキャンセルされた。

 今の八岐大蛇は灰身滅智の発動に加えて全能力強化のスキルを投入した最大火力の必殺技だった。けれど<インドゥーラ>は全くの無傷だ。

 この事実はかなり精神的にキツかった。これまで立ちはだかってきた強敵を倒してきた必殺技がダメージゼロ……ショックで目の前が真っ暗になる。


『そろそろ消えて欲しいのだがね!』


 <インドゥーラ>は雷の弓矢を構え間髪入れずに放ってきた。エーテルフェザーの出力を最大にして飛翔回避すると、今度は雷の矢が連続して襲ってくる。

 先程たった一撃で<量産型ナーガ>を仕留めた矢が、だ。さすがに背筋が凍る。


「ちいっ! 連発可能なんてこんなのありかよ!」


 雷の速度で向かってくる弓矢を何とか回避する。灰身滅智の効果で反応速度が上昇しているお陰で見切ることが出来た。


『驚いたな。人間離れした反応速度だ。しかしこれは躱せまい。目標捕捉……完了――ラーマーヤナ!!』


 同時に無数の雷撃の矢が発射されジグザグな動きをしながら俺に向かってくる。一度回避してもそれらはしつこく追ってきた。


「何処までも追ってくる。……逃げ切れないのならこれでどうだ! エーテルフェザー最大パワー!!」


 エーテルフェザーを最大出力で放出しエーテルの羽を追尾してくる矢の進路上に散布すると次々に衝突し消滅していく。

 エーテルフェザーのバリア機能によって何とか無力化できた。


 その後もガブリエルはラーマーヤナを連発して俺を射貫こうとしてくる。その度にエーテルフェザー散布と回避でやり過ごしていく。


「逃げ回れば落とされないが、このままじゃ埒が明かない。それに灰身滅智の連続使用はマナを消耗する。アムリタの突破方法を見つけないとガス欠になっちまう」


 マナを消耗し戦闘で神経をすり減らし息が上がってきた。それなのにガブリエルはずっと余裕を崩さず笑っている。

 ――ん? ちょっと待てよ。あいつはさっきから強力な術式兵装を連発している。

 いくら<インドゥーラ>が高スペックの機体だとしても術式兵装を連続使用すれば操者はマナを消耗するハズだ。

 寧ろ高スペックの機体であれば操者への負担は増える傾向にある。それなのに平静を保っているガブリエルの様子は不自然過ぎる。

 もしかしたら、この違和感の正体を突き止めればアムリタの突破方法に繋がるかもしれない。


『いつまでもちょこまかと……! 今度こそカルキ・ラスト・アヴァターラで仕留めてあげよう。そのダメージでは二度目は耐えられまい』


 痺れを切らしたガブリエルが再び<インドゥーラ>黒雷の術式兵装を放とうとしている。

 さっきは最大防御をしたにも関わらず大ダメージを負った。あれをもう一発食らったら確実にやられる。それにさっきとは違って今度は戦闘中の仲間に近づきすぎた。

 あの広範囲攻撃可能な術式兵装が放たれれば皆が巻き込まれる。その前にここから奴を引き剥がさないと。


 仲間から離れた場所に移動を開始しても<インドゥーラ>はその位置から動こうとせずにエーテルエネルギーをチャージしている。


「――!! この場所で放つ気なのか!?」


『何故私がここから動く必要がある?』


「正気か、あんたは!? その位置で術式兵装を使えばあんたの仲間も巻き添えを食うんだぞ!!」


『彼らは私に忠誠を誓っている。故に私の選択に対して異論を唱えることはない。——例え死んだとしてもな』


 こいつは狂っている。自分のやる事全てが正しいと思っている。その結果、他人が傷つこうが死のうが気にも留めない感性を持っているんだ。

 ——こいつは生かしておいてはいけない人間だ。


 ガブリエルは攻撃を中断しないと判断し術式兵装を止めるために全速力で奴に接近する。

 しかし、<インドゥーラ>は既にカルキ・ラスト・アヴァターラの発射態勢に入っていた。


「やらせるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」


『くくく、もう遅い。そこで仲間共々消え去るがいい!! カルキ・ラスト・アヴァ——』


 <インドゥーラ>の頭上に巨大な魔法陣が展開され黒い雷が放たれようとした瞬間、奴に大出力の炎と黒色の閃光が直撃した。

 魔法陣は消失しカルキ・ラスト・アヴァターラの発射は未遂に終わった。直撃を受けた<インドゥーラ>は炎に包まれ地上に落ちていった。


 予想していなかった攻撃に驚き攻撃が飛んできた方に目を向けると、そこには赤と黒の二機の巨大な装機兵がいた。

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