第288話 氷結を溶かせ③

 <サーペント>の上空にはいつの間にか<パーフェクトオーベロン>が陣取っており、今まさに全身にエーテルエネルギーをみなぎらせながら急降下していた。


『いつの間に空へ!?』


『フレイアも言っていたでしょ、怪我じゃ済まないって。これで蹴り潰す! ――シャイニングフェアリアル……キィィィィィィィィィック!!』


 脚部に膨大なエーテルエネルギーを集中させ猛スピードで迫ってくる<パーフェクトオーベロン>。

 エーテルエネルギーが練り上げられた必殺技を阻止すべく、メタトロンはその進行方向に幾重にも分厚い氷の壁を展開した。

 

『そんな物で<オーベロン>を止められると思って? ――甘いのよっ!!』


 ありったけの気合いとエネルギーが込められたキックが炸裂し次々に氷壁を蹴り破っていく。

 そして最後の氷壁を蹴り壊すと<サーペント>の上半身に直撃し、そのまま雪の大地に蹴り込んだ。

 あまりの威力に大地には大きな亀裂が走り巨大なクレーターを形成した。

 <サーペント>の装甲は大きく歪み、メタトロンは憎しみの眼光をティリアリアに向ける。


『このメス豚がぁぁぁぁぁ、よくもやってくれましたね!! ですがこの程度で<サーペント>は落ちませんよ』


『まさかこれで終わるわけないでしょ。どれだけの時間フレイアが一人であなたの相手をしていたと思っているの。その時間私は十分にエーテルエネルギーを練り上げることが出来た。それを今ここで開放する!!』


 <パーフェクトオーベロン>は<サーペント>を空中に蹴り上げると両手にエーテルエネルギーを集中させた。

 その挙動を目の当たりにしたメタトロンは今から何が起きるのか察し恐怖を覚える。


『これはまさか……やめ――!』


『やめる訳ないでしょう! フォトン八卦掌の乱舞……とくと味わいなさい!!』


 滑らかな挙動で円を描くように両腕を動かしながら怒濤の掌底が<サーペント>に叩き込まれ始めた。

 

『顔、肩、胸、腹、腕……まだまだぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 強力なエーテルエネルギーが込められたフォトン八卦掌により<サーペント>は自己修復が間に合わず装甲は砕かれ人型の上半身の形状が歪んでいく。

 これなら勝てるとティリアリアが確信した時、信じられない事が起こった。半壊していた<サーペント>が一瞬で完全修復したのである。


『なっ……!?』


『隙だらけですよ』


 動揺し動きが止まった隙を突いて<サーペント>のエーテルサリッサが<パーフェクトオーベロン>の肩に突き刺さる。

 

『つっ……! こんな一瞬で直るなんてどうなって……!?』


『我々クロスオーバーの技術があなた方のレベルを凌駕しているだけです。このままこの槍でめった刺しにしてあげます。ガブリエル様を侮辱したあなたは念入りに痛めつけた末に殺して差し上げます。覚悟はいいですか?』


『そうはさせん!!』


 メタトロンがエーテルサリッサを引き抜こうとした瞬間、フレイアが二人の間に割って入り、その長槍を剣で真っ二つにした。

 ティリアリアは急いで後方に下がり<パーフェクトオーベロン>の肩に刺さっていた槍の先端を引き抜くとヒールで破損箇所の修復を開始する。

 フレイアはティリアリアの安全確保を確認すると一旦引いて彼女を守るため壁となって立ち塞がった。


『ありがとうフレイア、助かったわ』


『いいえ……済みませんでした、ティリアリア様。私も攻撃に加わって一気にたたみ掛けるべきでした。そうすればこんな事には……!』


『そんな事はないわ。むしろ今の状況で良かったわ。二人同時に攻撃に集中していたら、最悪の場合カウンターで一網打尽にされていた可能性があったもの。――それよりも今考えなければならないのは、一瞬でダメージを完全修復した仕掛けを解明することよ。セルスレイブがらみなのは間違いないでしょうけど、一体どうやって?』


『それでしたら気が付いた事があります。<サーペント>が上半身を完全修復した際に尻尾の長さが減少したんです。――これは私の推論ですが、奴は尾部パーツを上半身の自己修復に回したのだと思います』


『なるほどね。あの長い下半身自体が上半身の破損を修復するためのスペアパーツだったと言う訳ね。それなら全ての辻褄が合うわね』


 完全修復した<サーペント>が二機に向かってにじり寄ってくる。エーテル通信を通してメタトロンの笑い声が聞こえてきた。


『ふふふふふ……あなた方のおつむでも理解出来たようですね。<サーペント>は高い自己修復機能に加えて尾部はメインブロックの緊急修復用パーツになっているんです。それにこの堅牢な機体を一撃で完全破壊する事は不可能。――つまりあなた方は<サーペント>を倒すことは出来ない。おわかり頂けたでしょうか?』


 クスクス笑いながら魔法陣を展開し無数のアイスニードルによる飽和攻撃を仕掛けるメタトロン。

 それらを回避するティリアリアとフレイアはアイコンタクトした後に頷き合った。


『確かにあなたの言う通り一撃で破壊するのは無理みたいね。でも絶対に倒せない訳じゃない。それがよく分かったわ』


『……ふふ、負け惜しみですか? 往生際が悪いですね』


『そうでもないさ。セルスレイブの自己修復速度を超えるスピードで破壊していけば、そのうちスペアパーツを使い果たす。そこを討ち取ればいいだけの話だ』


『何か策でもあるのかと思えば子供でも思いつきそうな力任せの内容ですね。そんな無茶が通用すると本気で思っているのですか? 先にあなた方が力を使い果たすのは明白ですよ』


『そうかしら? <パーフェクトオーベロン>と<ヴァンフレア>の火力ならやれない事はないわ。何度も言うけど、あまり私たちを甘く見ていると痛い目を見るわよ!』


 アイスニードルの弾幕がばら撒かれる中、<ヴァンフレア>が全身に炎を纏って突撃を始める。その炎は一層勢いを増すと巨大な竜の形となった。

 炎の竜はアイスニードルを瞬時に溶かし炎の翼を羽ばたかせると一気に加速して<サーペント>に肉薄する。


『アイスニードルが効かない! これは――!?』


『とっておきを見せてやる! ドラゴニックエーテル永久機関最大――これが人機一体となった私と<ヴァンフレア>最大の奥義ドライグ・ハートだ!!』


 炎の竜の中心にいる<ヴァンフレア>がエーテルカンショウとエーテルバクヤを振るうと巨大な炎の刃が形成され<サーペント>の尾部を焼き尽くしていく。

 炎をまき散らしながら問答無用で襲ってくる<ヴァンフレア>の動きを止めるためにあらゆる氷結系の術式兵装が放たれる。

 だが、炎の竜の動きは鈍らず連続で放たれる炎の斬撃は<サーペント>のスペアパーツを確実に減らしていった。


『まだまだぁぁぁぁぁぁ!! 後もう少しだけ耐えてくれ、<ヴァンフレア>!!』


 ドライグ・ハートの発動によって圧倒的な攻撃力を発揮する<ヴァンフレア>であったが、その引き換えに操者のマナと機体のエーテルエネルギーを一気に消耗していく。

 これまでの戦闘における術式兵装の連発によって精神力を削っていたフレイアのマナは限界寸前、本人はそれを承知で後の攻撃のためにギリギリまで粘っていた。


『フレイア、もう十分よ。後は私に任せて!』


『ティリアリア様! ――了解しました』


 ティリアリアの呼びかけに応じてフレイアはドライグ・ハートを停止すると<サーペント>から緊急離脱する。

 それと入れ替わるようにして<パーフェクトオーベロン>が間合いに入った。

 両腕を円を描くように滑らかに動かし、その流れの中で練り上げられたエーテルエネルギーが右手掌に集中する。


『フレイアが作ってくれた好機逃しはしないわ! フォトン八卦掌の奥義見せてあげる。エーテル集中――フォトン八卦円月掌!!』


『このエーテルエネルギーは……!? まずいっ!!』


 危機感を感じたメタトロンが尻尾で防御を固めたところにフォトン八卦円月掌が打ち込まれる。

 セルスレイブで構成された強固な装甲は内部から破壊されていき、連鎖的な内部爆発が発生した。

 メタトロンは本体に目がけて近づいていくる崩壊から逃れるため尾部を切り離すと、次の瞬間にはそれらは爆発崩壊した。

 その結果、残ったのは核となる人型の上半身だけだった。予想を遙かに上回る二機の攻撃力を目の当たりにしてメタトロンは唇を噛む。


『危なかった。……咄嗟に下半身を切り離さなければダメージが本体まで届いていた。そうなれば<サーペント>は……私は今頃……くっ!』


 己の認識不足を悔いるメタトロン。彼女が睨む視線の先では確かな手応えに笑みを浮かべるティリアリアとフレイアがいた。

 <サーペント>の異常回復力を削るこれまでの戦闘に加えて起死回生の為に放った術式兵装の使用によって二人の精神力は限界に達していた。

 メタトロン自身も短時間で行われた大規模自己修復の連続にマナを大きく消耗し呼吸が荒い。

 

『……どうやらあなた方を甘く見過ぎていたようですね。確かにあなた方は強い! 今までのループとは明らかにレベルが違う。……だからこそ、あなた方はガブリエル様の理想実現の為には邪魔なのです。ここで確実に始末します!』


『意外だな。他者を見下すお前のような奴は、何が起ころうともそのスタンスは崩さないと思っていたんだがな』


『ふふふ……長く生きすぎたせいか自分でも知らない間に傲慢が過ぎる性格になっていたようですね。ここから先は私に油断はありませんよ』


 これまでとは違うメタトロンの佇まいを見てティリアリアは頬の汗を拭うと球体型の操縦桿に掌を戻し深呼吸した。


『すぅー……はぁー……、ここからが正念場ね。私たちも向こうも体力、精神力ともに限界寸前。そうなると勝負の鍵は――』


『――勇気と根性……ハルトの得意分野ですね。それはつまり今まであいつと一緒に戦ってきた私たちの得意分野でもあります!』


『その通りよ! 幾つもの修羅場をくぐってきた私たちの底力を見せてやるわ!!』


 死力を尽くすキャットファイトは持久戦に突入した。

 その上空では合体を妨害する<ラクシャサ>と<サイフィードゼファー>の死闘が繰り広げられていた。

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