第286話 氷結を溶かせ①

 『ドルゼーバ帝国』の雪の大地にて巨大ロボットによるキャットファイトが繰り広げられていた。

 対戦カードは聖女ティリアリア駆る<パーフェクトオーベロン>とその侍女フレイア操る<ヴァンフレア>対メタトロンの<サーペント>だ。

 通常の装機兵の規格を大きく超える<サーペント>の尻尾打撃を大型機体の<パーフェクトオーベロン>が回避する。

 その巨大な体躯からは想像出来ない機敏さで空中を飛行し<サーペント>に反撃していく。


 超巨大ロボット二機の殴り合いに交じってティリアリアの援護をしているのは<ヴァンフレア>だ。

 機体サイズに差があるにも関わらず強力な火力で<サーペント>にダメージを与えていく。しかし、散発的な損傷は瞬く間に修復され戦況は膠着状態に陥っていた。


『くそっ、また修復されたか。やはりこいつを倒すには修復が追いつかないスピードで連続で攻撃を叩き込むか強力な一撃で破壊するしかない』


『だとしたら前者は現実的じゃないわね。あの蛇女の攻撃を避けながらだと攻撃のチャンスが限られる。――強力な一撃でギャフンと言わせるしかないわ!』


『ギャフンて……ティリアリア様、それ死語ですよ……っと危ない!』


 作戦を相談する二人に大量のアイスニードルが撃ち込まれギリギリで回避する。 

 攻撃の出所に注目すると<サーペント>周辺に幾つもの魔法陣が展開され、そこからアイスニードルの第二陣が発射されるのが見える。

 今度は余裕を持って躱すティリアリアとフレイア。その眼差しの先には全高二百メートルを超える巨大な敵機がいた。


『ふふふ、お二人で仲良く相談ですか。ですが、たった二機でこの<サーペント>を落とすのは至難の業ですよ。この機体は氷属性の加護があるので属性の相性的に<ヴァンフレア>は不利。それに<オーベロン>の術式兵装は光学兵器の様なものなので先程と同じように氷壁で反射可能です。――こちらとしては相性が良くて助かりました』


 二人を見て馬鹿にしたようにクスクス笑うメタトロン。一方のティリアリアとフレイアは苛ついていた。


『あの余裕っぷり……本当にムカつくわねぇ』


『ティリアリア様、戦闘中なので仕方ないとは思いますが言葉遣いがどんどん荒々しくなっていますよ。どのような時でも淑女の心を忘れてはいけません』


 フレイアに己の粗暴さを指摘されてばつが悪そうな顔をするティリアリア。

 だが、この会話で自分が冷静さを欠いている事に気が付き気持ちを落ち着かせる為に深呼吸を数回繰り返す。


『ふぅ……ありがとうフレイア、淑女の心云々はともかく少しばかり頭に血が上っていたわ』


『恐縮です。落ち着いて頂いたところでご相談なのですが、私が囮になりますのでティリアリア様は隙を突いてメタトロンに強力な一撃を見舞ってください』


『何を言ってるのよ! それなら私が――』


『いいえ、この場合は私の方が……正確には<ヴァンフレア>の方が適任です。ティリアリア様の先見の力でメタトロンの攻撃を見切ることは可能ですが、連続使用は負担が大きすぎます。それに<パーフェクトオーベロン>の巨躯は囮役には適さないですから』


『確かにあなたの言う通りね。分かった、囮役はあなたに任せるわ』


 互いの役割が決まるとフレイアは<ヴァンフレア>を敵機に向けて歩かせ始めた。その足取りに迷いは少しも無く力強さが感じられる。


『頼むわね、フレイア』


『了解しました。――それと今考えたのですが……』


『なあに?』


『ただ逃げ回るだけなのも芸がないので、可能な限りボコボコにして隙を作ろうと思います。構わないでしょう?』


『……ふふ、あなたも貴族令嬢にしては言葉遣いが粗野になっているわよ』


 今度はティリアリアに指摘されてフレイアは笑い、それにつられて言った本人も笑ってしまう。

 まるでお茶会での談笑の如く淑やかに笑う二人の声を聞いてメタトロンは眉根を寄せる。


『ここは戦場ですよ。談笑したいのならあの世で好きなだけやりなさい!』


 <サーペント>周囲の雪原が凄まじいスピードで凍りついていき、その影響は近くにいた二機の場所にも及んだ。

 ――が、<ヴァンフレア>に氷の大地が触れた瞬間、一瞬で氷は蒸発し大量の蒸気が深紅の竜機兵を包み込む。

 

 数秒ほど敵味方間で攻防戦が停止し、蒸気が風に流され消えていくと中から現れたのは増加装甲を纏った<ヴァンフレア>の姿であった。


『……ドラグーンモード完了。それではここから本気で行かせて貰うぞ、メタトロン。ドラゴニックウェポン――エーテルカンショウ、エーテルバクヤ!』


 ドラグーンモードを起動した<ヴァンフレア>は刀身が燃えさかる二振りの白銀の剣を装備した。

 二刀の剣を構えて走り出す深紅の竜機兵を見てメタトロンは小さく悪態をつく。


『ドラグーンモードにドラゴニックウェポン……ですか。竜機兵の最強形態と言う訳ですね。――いいでしょう。その強化形態を完膚なきまでに叩き潰して、あなたの自信も尊厳も粉々に粉砕して差し上げます』


『私のプライド……か。そんなものとっくの昔に粉々になっているし今となってはどうでもいい! 私は自分の心の思うまま素直に生きるだけだ。――フレイア・ベルジュ、座右の銘は『くっころ』……行くぞ!!』


 只ならぬ気迫を見せ加速する<ヴァンフレア>。一方で<サーペント>はおびただしい数のアイスニードルを発射し迎撃する。


『くっころ……ですって? ……言語検索しても該当する項目無し……一体あなたは何を言っているのですか!?』


『他者を虐げることに悦びを感じるお前には到底理解出来ない事さ。だが、私にとって自分の生き様を象徴するに相応しい言葉だ!』


 フレイアはその言葉の意味をハルトに教えて貰って以降、自らのバイブルにしていた。意気揚々と突撃するフレイアを横目に見るティリアリアもまたその意味を知っているので苦笑いする。


『その言葉にどんな意味があるか知りませんが、私に刃向かうのなら完膚なきまでに叩き潰すまでです!』


『よく言った!! それでこそやりがいがあると言うものだ!!』


 アイスニードルの弾幕を突破し<ヴァンフレア>は<サーペント>の至近距離にまで迫る。メタトロンは舌打ちすると魔法陣を展開し機体周辺の環境を氷結させた。

 接近していた<ヴァンフレア>が徐々に凍り付いていき動きが鈍る。


『機体が凍っていく!?』


『アイスコフィン……氷のひつぎに閉ざされ永遠の眠りにつきなさい。ふふふ……』


 <ヴァンフレア>を討ち取ったと確信したメタトロンが余裕の笑みを浮かべ、残った<ティターニア>に迫ろうとした時、突然大量の蒸気が発生した。

 その中心にいたのは機体表面を赤熱化させアイスコフィンを溶かしていく深紅の竜機兵であった。

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