第281話 王の執念②

 間合いに入ると<クラウ・ラー>は<フェンリル>から飛びおり眩い光を放つ光剣エーテルソラスで斬りかかる。

 <ナーガラーゼ>は動きが鈍い左腕を守りながらエーテルロンギヌスで受け止めるも、その予想以上のパワーに押される。


『――っ! いくら操者が絶好調だからって旧式の機体で<ナーガラーゼ>とここまで渡り合えるなんて悪い冗談だわ!』


『バラキエル、君はその機体を完全には乗りこなしていないようだね。新型のようだしせいぜい数日の付き合いと言ったところか』


『それが何なのかしら?』


『装機兵と操者の関係はつがいのようなものと私は考えている。どれだけ相手を理解し接するかによって返ってくる反応は様々だ。私から見れば君と<ナーガラーゼ>はお互いの事をちゃんと理解していない、ぎこちない関係と言えるだろう。それではとても機体性能を引き出せない。だが、私と<クラウ・ラー>は三千年以上行動を共にしている。これだけ一緒にいれば相手への理解度はどこまで深まっていると思う?』


 カーメル三世の問いにバラキエルは息を呑む。眼前には何度も絶望のループを繰り返し、その苦境を乗り越えてきた不屈の王の姿があった。


『<クラウ・ラー>、我が戦友ともよ! 今こそ我らが宿願を叶えるため死力を尽くす時!!』


 気迫の雄叫びを上げると同時にカーメル三世は<ナーガラーゼ>の槍を切り払いさらに間合いを詰めると<クラウ・ラー>の左腕にエーテルエネルギーを集中させる。


『手掌による術式兵装は<サイフィード>の特権ではない事を証明して見せよう。この間合いならば! ――アストラル・サン!!』


 眩い光と共に集中した強大なエーテルエネルギーを掌底と共に<ナーガラーゼ>の腹部に叩き込み、その巨躯を後方に吹き飛ばした。

 アストラル・サンが直撃した装甲は損傷し大きく抉れたが、自己修復によって徐々に破損箇所が元に戻っていく。

 その様子を<クラウ・ラー>は追撃すること無く黙って見つめていた。


『たたみ掛けるチャンスをみすみす見逃すなんて、その余裕は三千年以上の戦闘経験からくる傲慢故かしら?』


『そう言って挑発しても無駄だよ。アストラル・サンが命中した直後から君は高出力のエーテルエネルギーを機体に集中させていた。止めを刺そうと我らが不用意に近づいた所にカウンターを打ち込む算段だったのだろう? どうやら君たちクロスオーバーはラファエルとミカエル以外は大した戦闘経験が無いようだ。戦いの駆け引きが甘いよ』


『ふふ、お見通しか……アタシ達の本職は研究者とか技術者だからねぇ。元来戦闘員じゃないのよ。戦闘シミュレーターとか特殊な戦闘プログラムをインストールしてその道の最高峰の能力を手に入れたのよね。それでもご指摘の通り実戦経験は乏しいから読み合いではほころびが生まれるようね』


 墜落していたロケットパンチを再起動させ回収すると<ナーガラーゼ>は上半身を起こした。損傷した腹部は完全に修復され状況は振り出しに戻ったかに見えた。

 しかしバラキエルは現状自分が不利と考えていた。機体性能では優位であってもカーメル三世が指摘したように機体への習熟が甘い。

 以前はそれでも十分だと考えていた。<ナーガラーゼ>にはそれだけ圧倒的な力があると自負していた。


 その考えが甘かったと思わされたのは先日の戦いだ。

 初めてハルト・シュガーバインと相対しその底知れぬ強さに恐れを抱いた。

 彼が駆る<サイフィードゼファー>はクロスオーバーでも最強格である<シヴァ>と<ブラフマー>の二機を相手取り互角以上の戦いをやってのけた。

 特に<カイゼルサイフィードゼファー>へと合体した後の戦闘力は尋常ではなく、一対一で自分が戦った場合自分の勝ち目は薄いと思わされるほどだった。


 その上、取るに足らない相手と見なしていた<クラウ・ラー>の獅子奮迅の戦いぶりを見て絶句した。


『強敵はハルト・シュガーバインや転生者だけではなかった。これまで監視し続けていた新人類までが今までと比べものにならない強さを身につけている。おまけにカーメル三世に対する評価を見誤っていた。――彼の三千年以上に及ぶ勝利への渇望。未来への希望に対する執念は尋常じゃないわ!』


 <クラウ・ラー>は再び<フェンリル>にまたがり六本のエーテルバンデージを伸ばして攻撃を開始する。

 その後方からは<アクアヴェイル>がエーテルアローとエーテルフラガラッハによる援護攻撃を絶え間なく仕掛けていた。


『済まないね、ロキ。君にこんな役回りをさせて……』


『いいえ、全く問題ありません。寧ろもっと無茶苦茶に扱って貰っても差し支えありません。……はぁ……はぁ……』


 モニター越しに見えるロキは頬が紅潮し息が荒い。不調な様子の彼女を心配するカーメル三世だったがクリスティーナは不適な笑みを浮かべていた。


『さすがはロキですわ。フレイアと比べても遜色の無い仕上がり具合ですわぁ』


『……やれやれ、このような状況とても妻たちには見せられないな。後で何と言われるか恐怖しかない』


 ロキのドMっぷりに歓喜するクリスティーナと戸惑うカーメル三世。戦闘中らしからぬ行動と言動を繰り出す三名を目の当たりにしてバラキエルは苛つきを見せる。


『こっちは真面目にやっているのに随分と余裕ね。それは目の前にいる相手に対して失礼でしょうが!!』


 <ナーガラーゼ>の周囲に無数の魔法陣が展開され紫色に輝き始める。バラキエルは怒りにまかせて大技の使用に踏み切った。


『三機中二機が攻撃範囲内に収まっているわね。ふざけて戦っているからこうなるのよ! ――ナーガローカ発動! これで吹き飛ばしてあげるわ!!』


 魔法陣から眩い光と共に膨大なエーテルエネルギーが放出され<ナーガラーゼ>の周囲を巻き込み吹き飛ばしていく。

 大地は大きく抉れ大気が震え、範囲内に存在した者は全て無に帰す……ハズだった。


 ナーガローカの光が止むとコックピット内に警報が鳴りバラキエルは目を見開く。聴覚が危険を知らせる前に視覚がその元凶を知らせていた。

 眼差しの先にはエーテルバンテージを全身に巻き付け原型を留めている<クラウ・ラー>と<フェンリル>がいた。

 エーテル帯の僅かな隙間からは翡翠色の光が見え、自身は健在である事を主張すると六つの帯は収納されエーテルマントへと形を変える。


 <クラウ・ラー>は装甲に多少ダメージがある程度で<フェンリル>はほぼ無傷の状態。ナーガローカの攻撃範囲外にいた<アクアヴェイル>は衝撃波の影響を受けていたもののダメージは皆無。

 バラキエルがマナを大きく消耗して放った大技は誰一人として討ち取ることは敵わなかった。


『冗談でしょ。ナーガローカに耐えきったですって!?』


『確かにその術式兵装の威力は絶大だ。君の機体の前身にあたる<ナーガ>にも同じ術式兵装があって苦しめられたからよく分かる。だが、それは十分なエーテルエネルギーが練り込まれた場合の話だ。焦っていた君はチャージが不十分な状態でナーガローカを放ってしまった』


『それにしたって威力は相当なハズ……』


『以前同じ攻撃を受けたと言ったろう。一度驚異と判断した攻撃に対して何の対策も講じていないと思ったのか? <クラウ・ラー>の装甲は物理攻撃やエーテル攻撃に対して耐性のあるゴールドアストラルコーティング処理が施されていて、ナーガローカのエーテルパターンも当然記憶させてある。我が戦友は一度受けた攻撃ではそう簡単に沈まんよ! 伊達や酔狂で黄金の装甲を纏っている訳ではない!! 次は我々の番だ!!』


 <クラウ・ラー>が上空に飛び上がると<フェンリル>は人型に変形した。エーテルグングニルを構えると練り上げたエーテルエネルギーを穂先に集中させた。


『<クラウ・ラー>を乗せている間ずっとエネルギーをチャージし続けていました。これならばその強固な装甲を容易く貫通出来ると思います。――バラキエル、あなたに本当の必殺技を教えてあげます』

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