第279話 黒竜と赤狼②
『雲海の中に沈んだか。だが、あの程度で落ちはしない。必ず反撃してくる』
戦いが一旦静まり雲海は再び優雅に空を流れ始める。その壮大な雲の海を見つめ波の一つ一つに注視する。
そしてその中――アインの真下で揺らぎが生じた。
『――来た!』
言うと同時に雲海の中から<ベオウルフ>がエーテルファルシオンを突き出しながら姿を現す。
エーテルアロンダイトの刀身で受け流しつつ蹴りを入れると赤い機体は雲海の上を転がるようにして飛行し停止した。
『くそっ、どうしてあいつに攻撃が当たらない!?』
『そんなの当たり前だろう。今お前がやったのはついさっき俺がやった戦法だぞ。冷静なお前だったらこんな間抜けな戦い方はしない。弱虫な上にバカとは救いようがない愚か者だなお前は!』
『うるさいっ!! 僕を馬鹿にする奴は燃やしてやる!! 骨まで残らず燃やして灰を空にばら撒いてやる!!』
アグニは機体の左腕を再生させると爪先から炎を噴射し再び雲海を火の海にする。その際の彼の表情は何処か満たされたような安心したものだった。
コックピットモニター越しにその様子を目の当たりにしたアインは、強化処理を施された施設での出来事を思い出していた。
厳しい訓練、激痛を伴う肉体改造、人格をねじ曲げる洗脳操作……思い出すだけでも反吐が出る。
行き場を失った多くの子供が集められモルモットの如く扱われ、その多くが実験中に命を落とした
自分を含め過酷な状況を生き伸びた少数の被験者は戦争の道具として戦場に送られ、戦果を上げたとしてもすぐに次の戦場に投入され人として扱われはしなかった。
それでも心を壊さずにやってこられたのは、ゼクスのように親身になって接してくれる大人が近くにいたからだ。
家族を知らず凍てついた環境の中で人の温かさと優しさを教えてくれたから殺戮人形にならずに済んだ。
だから強化施設出身者で構成されたドラゴンキラー部隊を率いるゼクスへの信頼と結束は固かった。
『アグニ……お前はまだあの暗くて寒い檻の中に心を囚われているのか。全くお前は……本当に……どこまでも軟弱な大間抜けだな!!』
『なんだとっ!?』
『何が何でもお前を説得して元に戻そうと考えていたがもう知らん!! いいか、よく聞けよ。お前が経験した辛い過去なら俺も含めドラゴンキラー部隊の誰もが同じ目に遭っている。本当にクソッタレな過去だが、それでも俺たちはあの地獄を乗り越え今を生きているんだ! お前だけが特別なんじゃない。それなのにお前はいつまで過去に囚われ続ける気だ! そんな負け犬根性だから敵につけ込まれるんだ、この大バカ野郎!!』
『僕が……負け犬だって? ふざ……けるな!!』
『ふざけているのはお前だ!! そんな調子で<サイフィード>に勝つだと? 夢を語るのもいい加減にしろ! 今のお前ではハルトどころか俺の足元にも及ばん。負け犬は負け犬らしく地べたを這いずり回って敵の掌で転がされて落ちるところまで落ちろ! それが嫌なら根性を入れてトラウマを克服してみせろ!!』
怒り口調でアグニを突き放すアイン。しかし口調とは裏腹に心中は奇跡にすがる思いだった。
『これは最後の賭けだ。ここまでやり合って目が覚めないという事は、あいつの精神を支配している要因を取り除くにはアグニ自身の精神力に頼るしかない。だから――』
アインは<ベルゼルファーノクト>のエーテルエネルギーを最大まで高め機体とエーテルアロンダイトに集中させる。術式兵装の発動動作を見せつけアグニを挑発した。
アインの度重なる侮蔑的な言動と行動に憤るアグニもまたエーテルエネルギーを高めて術式兵装の発動準備に移った。
『お前に何が分かる!! 僕の気持ちの何が分かるって言うんだ!!』
『本当に人の話を聞かない奴だな。さっきから何度も言ってるだろう。俺にはお前の気持ちがよく分かると。――俺たちはこの冷たい土地で家族の温もりを知らず戦争の道具として育てられてきた。だが、それでも、そんな俺たちにも味方がいる。ゼクス隊長や強化兵の仲間たちがいる。今では聖竜部隊の仲間たちがいる。――だからそんな所にいないでとっとと俺たちの所に戻ってこい、アグニ!! ここにはお前が欲しがっていた光があるんだ!!』
『光……光が……? いや、嘘だ! 聖竜部隊は敵だ。竜は全て敵だ!! ――だからお前も敵だ!! 竜は……敵は……殺す!!』
<ベオウルフ>はエーテルファルシオンの刀身を炎の刃と化すと炎の翼を大きく羽ばたかせて加速、<ベルゼルファーノクト>に突撃を始めた。
アインは覚悟を決め<ベオウルフ>に向かっていく。
『この……大バカ野郎が!! エーテルアロンダイト最大出力――ヨルムンガンドォォォ!!!』
『全部、全部……燃えちゃえーーーーーーー!! バーンソードォォォォォォォォ!!!』
闇のエーテルエネルギーを纏った黒竜と禍々しい炎を発する赤狼が雲海の上で激突した。
互いに極限まで高めた術式兵装による一撃は必殺の破壊力を誇りセルスレイブの修復能力を超えるダメージを与えた。
<ベルゼルファーノクト>は炎上、<ベオウルフ>は損傷した箇所から闇のエーテルを噴き出しながら雲海へと落ちていった。
小さな機械――ナノマシンの集合体である雲海の中は本物の海さながらに静寂に包まれ、その中をゆっくり沈んでいきながらアインは次の手を考えていた。
『機体の破損率四十パーセント、セルスレイブによる完全修復完了まで十分といったところか。これ程の修復となるとマナをかなり消耗する事になるな。アグニの方もかなりダメージを負っているからすぐには動けないはずだ。雲海の底から出たら第二ラウンドの開始になる。――本当に手を焼かせる』
必死に思索を巡らせるながらもつい笑ってしまうアイン。かつてドラゴンキラー部隊でのアグニと喧嘩をしていた日々を思い出していた。
コックピット内でアラートが鳴り気が付くと半壊状態の<ベオウルフ>が目の前にいた。
即座に離れようとすると接触回線が開き、すすり泣く声が聞こえてきた。
『う……ぐっ……ああ……ごめん……ごめん……アイン。僕は……僕は……!』
コックピットのモニターに映ったのは涙を流し俯くアグニの姿だった。その様子を見てアインはほっと胸をなで下ろす。
『正気に戻ったんだな。良かった……』
『……聞こえていたんだ。君の声が……。でも、憎しみを抑えられなくて……自分の周りにあるもの全てを……壊さずにはいられなかった。僕は……君に……皆に……取り返しの付かない事をしてしまった……』
泣き崩れるアグニの姿に安心したアインは機体を動かすとアグニ機を寄せて頭部をぶつけ合い笑った。
『そんな事でめそめそしているのか。少し会わないうちに随分と殊勝な性格になったじゃないか。俺が知っているアグニ・スルードは元々人の話を聞かない奴だった。それに振り回されるのはいつもの事だ。――ただ、今回はそれが少しばかり強めだっただけのこと。特に気にしていない。それでも……それでも納得がいかないと言うのなら、この国やお前をいいように操ってくれたバカ共を倒すのを手伝え』
『アイン……分かった! 奴等をクロスオーバーを倒そう』
黒竜と赤狼の装機兵は傷ついた身体を癒やしつつ雲海の底を目指して沈んでいく。目標はその先にいる戦争の元凶クロスオーバー。
奇しくも敵がもたらしたセルスレイブによって進化を果たした二機の装機兵はその根源を討つ為に再びタッグを組むのであった。
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