第271話 時の流れは赦す準備
『ふふふ、これが欲しかったのでしょう!?』
<アクアヴェイル>は最後の敵機を鞭の連打で破壊した。
こうして乗りに乗ったクリスティーナの活躍で海岸沿いにいた敵集団は全滅した。エーテルレーダーの他モニターで確認しても敵の増援は無い。
「――取りあえずこの場にいた敵は全滅したみたいだな」
『そのようだね。クロスオーバーの幹部クラスが一人も出てこなかった事を考えると、やはり戦力を分散せず全戦力を持って我々を迎え撃つ気とみて間違いなさそうだ』
『であれば最終目的地の帝都『イクシオン』周辺が主戦場になるかもしれませんな』
『そうだね。『イクシオン』は我らの飛空艇で二時間程度の距離だ。その近辺にはドルゼーバ最大の装機兵工場がある『ヘパイスト工場区』がある。私はむしろそこが戦いの場になると考えている。何せ戦力となる装機兵をその場で補充可能なのだからね』
「それじゃあ、すぐに飛空艇に戻って補給しよう。――クリス、<ニーズヘッグ>に戻るぞ」
『分かりましたわ。……ふぅ、とても充実した一時でしたわね。それではお先に戻らせていただきます。ごきげんよう』
クリスティーナは恍惚とした表情で一足先に<ニーズヘッグ>に向かって飛んでいった。岸壁に残った俺たちはその満足そうな後ろ姿を黙って見送る。
「……何かうちのクリスがすみませんでした。士気に関わる初戦で変な戦いになっちゃって……」
『ま、まあ、別に構わないんじゃ無いのか? 実際クリスティーナ姫の奮闘で特に被害は無かったのだし』
『今さら姫が女王様になった所で別に気にしないけどな。むしろゲームの大人しい雰囲気よりもあのはっちゃけた姫の方が生き生きしていて好感が持てるぞ』
ジンとヒシマさんは当たり障りのない大人な意見で返してくれた。
二人とも戦闘では熱血漢だが普段は常識人なので、奇人変人が多い中こういう人物がいると安心する。
『ふむ……姫の趣味はよく分かったよ。後ほど我が『シャムシール王国』特性のアロマキャンドルを贈呈させて頂こう。溶けた
『サディスティックな姫様かぁ。何だかんだ言ったけど……嫌いじゃない!』
カーメル三世とヤマダさんに関しては問題発言が返ってきたので色々と考えさせられた。
そのキャンドル絶対いかがわしいプレイ用だろと思ったりヤマダさんはフレイアと同類だと発覚したり、知人の新たな一面を知ってなんとも言えない気持ちになる。
「……俺の周辺こんなんばっか!」
無事にドルゼーバ本土に上陸し帝都『イクシオン』を目指す。
補給のため<ニーズヘッグ>に戻り、通路の窓から外の様子を見てみるとこの北方の大地は雪に覆われ鉛色の空が広がっていた。
話には聞いていたが実際に見ると何とも寂しい感じのする大陸だ。
「この北の大地はずっと雪に覆われているんだったな。確かにこの土地じゃ作物を育てるのは難しそうだ。『ドルゼーバ帝国』が工業に力を入れざるを得なかったのも分かる気がする」
「だからと言って他国に侵攻する理由にはならないだろ。――いや、戦争をする正当な理由なんてこの世に存在しないぜ」
「フレイか。機体の補給は終わったのか?」
「さっきの戦いじゃ<ドラパンツァー>の出番はほとんど無かったからすぐに終わったよ。――遂にここまで来たな」
フレイは窓から見える外の風景を見て複雑そうな顔をした。
「敵の本拠地と思って勇んで乗り込んでみたら、目に飛び込んできたのはこの殺風景な風景だ。ここの痩せ細った大地と『アルヴィス王国』の肥沃な大地を比較すると自分たちが恵まれた環境で育ったんだと思わされるぜ。ったく、何とも言えない気分だな」
「そうだよな。……なあ、フレイ。もしも教官が生きてこの光景を見たら何て言ったかな? ドルゼーバの苦しい状況を考えてこれまでの事は
「それは……俺にも分からねえよ。ただ、教官は罪を憎んで人を憎まずを地で行く人だったからそう言ったと思うぜ」
『ドルゼーバ帝国』に対してはクロスオーバーに占領されてしまった事に同情する気持ちはある。
でも、これまで他の国への侵略行為を思い出すと自業自得、因果応報だと考えてしまう自分がいる。
とどのつまりはドルゼーバの現状はなるべくしてなったものだと思ってしまうのだ。
この決戦に赴く動機はあくまでクロスオーバーは叩かなければならないという思いによるものだ。
ぶっちゃけ、今まで敵だったドルゼーバがどうなろうが知ったこっちゃないと心のどこかで思っている。
一緒に戦う仲間にドルゼーバの人間がいるのに俺はこんな無責任な考えを抱いているのだ。
胸の中がモヤモヤしていると話を聞いていたのかパメラがやってきた。
「全くあんた達はまだパパだったらどうしていたとか考えてんの? いい加減自立しなさいよ」
「そうは言うけどな、パメラ。お前のお父さん――ランド教官は俺たちにとってかけがえのない恩師だったんだぞ」
「そうだぜ。俺たちはランド教官の教えを胸に戦ってんだ。だから教官だったらって考えるのは当然だろう?」
「呆れた……あんたらパパを美化しすぎなのよ! 相手を憎むな的な教えを言っていたけどパパ自身相手を憎み続けた案件だってあるのよ」
「「そうなの!?」」
あのランド教官が誰かを憎み続けたなんて信じられない。一体どんな酷い事をされたのだろうか? 俺とフレイが
「パパは焼き魚が好物でね。川辺にキャンプしに行った時に魚を釣って焼いていたんだけど、丁度食べ頃になった時に野良猫に魚をかすめ取られてね。パパはあの猫だけは赦さないってずっと話していたわ……」
「……猫? 嘘だろ……」
「うーん、食べ物の恨みは恐ろしいって言うけど。教官ェ……」
「――とまあ現実はこんなもんよ。パパは聖人君子じゃないし、自分で話した教訓を自分で守れているかと言われればそうじゃないのよ。だからパパの教えを大事にしてくれるのは嬉しいけどそれに振り回されるのは違うって話」
パメラも俺たちと一緒に窓から外の風景を眺める。今の話を整理すると憎しみで戦うことを肯定する形になるけど、父親を戦いで失ったパメラはやはり……。
フレイも俺と同じことを考えているのか難しい顔をしている。俺たちが黙り込んでいるとパメラが呆れた様子で口を開いた。
「あのねぇ、勝手に暗くならないでよ! そりゃ私も色々と思う事はあるけどさ、何も憎しみだけに囚われて生きてる訳じゃない。あんたらだってそうでしょ? ドルゼーバが許せない云々言ってるけどさ、アインや<ナグルファル>の人たちはどうなのさ?」
「それは……ああ、そうか!」
「確かにバカだったな、俺たち。こんな簡単な事でウジウジ悩んでたのか」
これまで一緒に戦ってきたアイン達に憎しみなんてない。
それと同じで『ドルゼーバ帝国』全体に対しても今はともかくいつまでも負の感情を抱いたままにはならないと思う。
「パメラに言われて思ったんだけど、時の流れによって当時の思い出や記憶が曖昧になっていくけどさ。何もそれって悪い事ばかりじゃないんだよな。今は強い憎しみも徐々に和らいでいく。そうする事で人はお互いの罪を赦す準備をしているんじゃないかって思うんだ。そして手を取り合って前へ進んでいく。今の俺たちの状況ってまさにそうだろ」
「それに一緒に行動していれば嫌でも互いの事が分かっていくし、それも赦しあう要因になるよな」
「そう言うことよ。つまりはこれからの私たち次第って事。今は目の前にいる敵をぶっ潰すのが先決……でしょ?」
心に引っかかっていたしこりが無くなってスッキリした。俺一人で考えていたら答えは出ずに今もウジウジ悩んでいただろうな。
こういう時に仲間って本当に頼りになるんだと改めて実感する。
その時、船内に警報と船内放送が鳴り響いた。
『間もなく『ヘパイスト工場区』に到着します。装機兵操者各員は出撃準備をお願いします』
「……行くか!」
「――だな! 今度は地上戦だ。さっきは留守番だった分、今度は大暴れしてやるぜ」
「右に同じ! ようやく<グランディーネ>を思う存分活躍させられるわ」
それぞれ自分の機体に乗り込み起動させる。気持ちの整理がついたお陰か妙に落ち着いた感じがする。
これが最後の戦いになるかもしれない。――後は全力でいくだけだ。
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