第265話 月下の誓い


 ハルト達が自室に戻った後、シリウスとセシルは<ニーズヘッグ>の展望室にいた。

 暗がりの展望室からは天空で輝く月が一望でき、そこで二人は静かにお茶を嗜んでいた。シリウスは静かにティーカップを置くと目の前にいるセシルに語りかける。


「……本当に美味しいお茶だ。まさか君がこんなに給仕が上手になるなんてね。夢にも思わなかったよ」


「私も本気を出せばこれぐらい造作も無いということです。――と言いたいところですが、本来戦闘用AIに過ぎない私には中々に難しい作業でした。ここまで上達出来たのは師であるセバス様のご指導のお陰です」


「そうか……出来れば何かお礼をしたい所ではあるけれど、如何せん時間がないね……」


 残念そうに言うとシリウスは再び紅茶を楽しむ。その様子を眺めながらセシルもまた自身で淹れた紅茶とお菓子に手を伸ばす。

 しばらく沈黙が続いた後、シリウスは穏やかな口調で彼女に質問をした。


「ところでどうして急にお茶会を開きたいなんて言ったんだい? 今までの君からしたら意外すぎる行動なんだけど……」


 主人からの問いにセシルはティーカップを唇から離し両手で持ちながら答えた。


「正直なところ自分でも何故あのようなことを提案したのか分かりません。ただ、このまま行けばシリウス様とハルト様は明日お別れになってしまう。そう思っていたらいつの間にかお茶会を開きたいと言っていました」


「……そうか。君には色々と気苦労させてしまったようだね。済まない……」


「……シリウス様、いいえシステムTG様。今からでも計画を変更してはいかがですか? ハルト様でしたらあなたの考えに賛同してくれるはずです。計画については完璧な形ではなくともいくらでも妥協案はあるはずです」


 普段はポーカーフェイスのセシルの表情が切ないものになる。月光に照らされるその顔をシリウスは純粋に美しいと感じた。

 

「本当に君は変わったね。悪い意味ではなくて良い意味で。最初の頃は僕が立てた計画完遂以外には興味が無かったのに、今ではそれ以外にも大切なものが見つかったみたいだ。君の主人としてこれほど嬉しい事は無いよ」


「質問をはぐらかさないでください!」


 ひょうひょうとしているシリウスに対してセシルは若干苛立ちを覚える。そんな彼女の感情の変化すら彼は喜んでいた。


「セシル、君の行動が僕やハルト……それに『聖竜部隊』の皆のことを考えての事だと言うことはよく分かったよ。――でも計画に変更はない」


「……それでいいのですか? 私はいいのです。<ヴィシュヌ>の戦闘用AI『マツヤ』であった私にとって、セシル・ハウンゼンとして過ごせた時間はかけがえのないものになりました。既に覚悟は出来ています。――でも、あなたは違うでしょう?」


 シリウスは椅子の背もたれに体重を預けて天空の月を見上げる。淡く優しい月明かりが彼の瞳に映り込む。

 その様子はまるで悲しんでいるようにセシルには見えた。


「セシル、僕も後悔はしていないよ。本来なら僕はこの場にはいなかった人間だ。それがシステムTGと運命を共にする形でここまで来れた。そのお陰で見ることの出来なかった景色を見ることが出来たんだ。君の人としての成長も含めてね。だから僕も悔いは無い。僕はシステムTGとしてこの世界の平和を守る義務が……使命がある。その責任を果たさなければならない。その為に君の命を僕に預けてくれ」


 シリウスは席から立ち上がるとセシルに深々と頭を下げた。セシルはそんな主人の前にひざまづいて答える。


「この世界に誕生した時から私の命はあなた様のものです。このマツヤの力……熾天セラフィム機兵シリーズ<ヴィシュヌ>の力を思う存分お使いください、マイロード」


「ありがとう、セシル」


 月下のもとで一組の覚悟が強固なものになった。

 この世界『テラガイア』の未来を決める決心、そしてこれまで共に戦った友たちとの決別の決意を固めた二人は運命の日である明日に思いをはせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る