第264話 お茶会②

「それじゃ、私たちも頂きましょうか!」


 待ちきれなかったと言わんばかりに食いしん坊のティリアリアとクリスティーナがクッキーを頬張り、フレイアとシェリンドンが続く。

 皆一様に美味しいと言って食べ進め紅茶も好評だった。


「はぅ、このクッキーと紅茶でしたらいつまでも食べていられそうですわぁ」


「クッキーの種類も沢山あって味も食感も変わるから食べ飽きないわねぇ。王宮のパーティーに出しても恥ずかしくない出来映えだわ。これはプロの仕事よ!」


 パーティー慣れしているクリスティーナとティリアリアの二人から称賛されセシルさんの表情が緩んでいく。これは中々見られない貴重なシーンだ。


「甘さは控えめなのに味がしっかりしているのも素晴らしいわね」


「そうですね。私は騎士という職業柄、普段甘いものはなるべく控えているのですが、セシルさんのクッキーはカロリーも考慮されていて食べていて罪悪感を感じないのも嬉しいところです」


 シェリンドンとフレイアはカロリー面からも高評価をしている。こういう話を聞いていると会社員時代に聞いた女性社員の井戸端会議を思い出す。

 世界は違っても女性はカロリーを気にしているのだ。


 和やかな雰囲気でお茶会は進んでいき、この環境に呑まれてか俺とシリウスは前世の感覚に戻っていた。


「……そういや、こうしてゆっくり茶を飲むのも久しぶりだなぁ」


「そうだね、あの頃は会社が終わった後によくご飯を食べに行ってたよね」


「そうそう、俺もお前も下戸だから酒はあんまり飲めなくて結局ファミレスのドリンクバーで延々だべってたな」


「確かにそうだった。あれからそんなに時間は経っていないはずなのに、もうずっと昔のような感覚だよ。――本当に懐かしいな」


 昔の話をしていると何だかしんみりとしてしまう。あの頃は社会人生活が大変だったはずなのに思い返してみるとこいつとの良い思い出しかない。

 人生の中で無二の親友に出会えて楽しかったんだ。以外と趣味も似ていて休日も何だかんだで一緒にいることも多かったし。


「……転生してから前の世界に未練は無かったつもりだったけど。少しだけ……少しだけあの頃に戻ってみたいって今思ったよ」


「この世界観が大好きな白河の言葉とは思えない台詞だね。どうしてそう思ったんだい?」


「お前だけには教えたげない!」


「酷いなー。僕のガラス細工の如き繊細なハートはズタズタだよ」


「よく言うよ。銃弾食らっても傷一つ付かない強化ガラスだろ、お前のは」


 紅茶を飲みながらあの頃のように他愛のない冗談を言って笑うこの時間が愛しくて仕方が無い。

 明日上手くいけばこの戦いが終わる。そうすれば今のように皆で楽しく語り合う時が来るはずだ。

 だから――。


「必ず勝つぞ、黒山! そうしたら、また皆でパーティーを開いて飲み食いしよう」


「……うん、勝とう! 僕は戦力としては力になれないけど自分に出来ることは何だってやるつもりだ。白河たちを全力でバックアップするよ」


 互いの拳をコツンと当てると何処からか視線を感じる。辺りを見回すとティリアリア達がジト目でこっちを見つめていた。


「さっきから二人がイチャついてるわ。何だか浮気された気分ね……」


「んな訳あるか! 男同士だぞ!!」


「それはどうかな? 話を聞いていると以前は四六時中一緒にいたみたいじゃないか」


「そうねぇ、それに同性同士でも愛情が芽生えることは珍しいことじゃないのよ。実際『ドグマ』の研究室でも――」


「色々と妄想がはかどりますわね。続きをどうぞ」


 うちの奥さん達が口々に勝手なことを言ってくる。これは簡単には収拾がつかなくなるパターンのやつだ。

 どう収めようか考えていると黒山は笑っていた。


「あはは、僕と白河はプラトニックな関係だったからね。皆が思っているような蜜月な事は何もなかったよ。でも、よかったら以前の白河の話をしようか?」


「そういう誤解を生む言い方止めてくんない!?」


 こいつはたまにこういう悪戯を考えつくからたちが悪い、こんな話が持ち出されたらうちの女性陣はきっと……。


「「「「是非教えてください!」」」」


 妻四人が目をキラキラさせながら黒山の話に食いついた。あいつの術中に嵌まった彼女たちはかつての俺の話に聞き入ってしまう。

 俺自身忘れていた話もあったしオタク全開の事が白日の下に晒されたので恥ずかしくて仕方が無い。

 しばらくは今回判明したネタで弄られることになるだろう。




 お茶会が終わり転生前の俺の日常生活を知ったティリアリア達は満足した様子で自室に帰っていった。

 

「それじゃあ、俺もそろそろ部屋に戻って休むことにするよ。セシルさん、お菓子とお茶とても美味しかったです。戦いが終わった後の祝勝会も期待してますね」


「……かしこまりました」


 セシルさんは一瞬だけ何か言いたげな顔をするとスカートの裾を摘まんでカーテシーで応対し下がっていった。 

 さっきの彼女らしからぬ一瞬の間を不思議に思っていると黒山が席から立ち上がった。


「さてと、僕は今回のお茶会を頑張ってくれた我がメイドを労うことにするよ」


「労うってまさかお前……」


「言っておくけど僕は君みたいにお盛んじゃないからね。プラトニックって言ったじゃないか。それじゃ、おやす――」


「……なあ、黒山。お前俺に何か言いたい事でもあるんじゃないのか?」


「……どうしたんだい? いきなりそんな事を言って……」


 このお茶会の間、黒山のテンションは妙に高かった。普段のこいつはあまり自分や俺に関することを無闇やたらに話したりはしない。

 しかし、今回はその逆を行く感じで話しまくっていた。そこが少し引っかかる。


「お茶会の時、お前の調子がいつもと違う気がしたからさ。そういう時って大体独りで何かしら抱え込んでる事が多かったろ? だから今も何か悩んでるのかなって……」


「……君は変なところで観察力が優れてるよね」


「悪かったな変で! ……で、何を悩んでるんだ? 俺でよければ話してくれよ。可能な限り力になるぞ」


 黒山はしばらく考える仕草をすると俺を真っ直ぐに見た。


「……いや、大丈夫。君の手を煩わせる様なことじゃないさ。――それよりも明日は大事な戦いになるんだから今夜は程々にして休むんだよ」


「分かってるよ。お前こそ変な所に気を回しすぎじゃないか! ――それじゃお休み」


 そう言ってサロン室から出て行こうとした時――。


「白河ッ!」


 黒山らしからぬ焦った声が後ろから俺を引き留めた。振り返るとあいつは呆然とした様子で立っていた。

 まるで自分でもどうして俺を呼び止めたのか分からないとでも言うような感じだ。


「どうした?」


「え、あ、いや……ごめん、何でもないよ。……明日は頑張ろう」


「ああ、頑張ろう。――お前も早めに寝ろよ」


「……ああ、分かってる。お休み……」


 サロン室を後にし、自室に戻るとティリアリア達が就寝の準備を進めていた。俺が戻ったことに気が付くとティリアリアが駆け寄ってくる。


「私たちが帰った後、シリウスとは何か話せたの? 彼、いつもと様子が少し違ったみたいだけど……」


「お前も気が付いてたのか……。いや、何でもないってさ。きっと決戦前でナーバスになってるんだろ。あいつにとって色々な事があった『ドルゼーバ帝国』本土に乗り込むんだし」


 ティリアリアは元々勘が鋭い。それに『聖竜部隊』代表としてシリウスと一緒に会議に出席する事が多かったので、あいつの微妙な変化に気が付いたのだろう。

 心にほんの少しだけ『しこり』を残しながら明日の決戦に向けて早めに休むことにした。

 

 ――後日、俺はこのしこりについて黒山にしつこく問いただせば良かったと死ぬほど後悔することになる。

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