第263話 お茶会①

 この三ヶ月の間、停滞していた戦況が一気に動き出した。作戦会議が終わると装機兵操者たちは機体調整のため格納庫に向かった。

 俺はカーメルとシリウスが話をしていたのでそこに混ざることにした。会議中二人の意見が対立する形になったので険悪なムードになっていないか心配だ。

 

 ――と思っていたのだが、二人は和やかな雰囲気だ。思っていたのと真逆の様子だったので拍子抜けしてしまう。

 どうやら俺は呆然としていたらしく二人は心配そうな顔をしながらこっちにやってきた。


「大丈夫、ハルト? そんなところで突っ立ってどうかしたの?」


「何やら様子がおかしいね……ああ、そうか。先程の会議で私とシリウスが意見をぶつけ合っていたから心配してやってきたということか。そうしたら思いのほか仲良く話していたので面食らった……というところかな?」


「……そうやって俺の心を読むの止めてもらえます? まあ、その通りなんだけど……」


 認めると二人は笑っていた。何これ、仲良しじゃないか。


「実はカーメル三世も僕や君と同じく襲撃に賛成していたんだよ」


「……えっ、じゃあ何で反対意見を……?」


「ああ、それなんだが……」


 カーメルがどう答えようか迷っているとシリウスが代わりに回答した。


「それは僕に配慮してくれたからだよ。最初にあのまま僕の意見が通っていたら作戦が上手くいかなかった時に僕に責任が集中するかもしれない。そうならないために反対意見を出して皆を巻き込む形にしてくれたんだよ」


「……そうなの?」-


「そうなる可能性もあったからね。少々争う形になったとしても納得がいくまで話し合った方がいいと思ったんだよ」


 あの話し合いの中、二人の間ではそんな配慮がされていたのか。全然気が付かなかった。


「俺は二人がいつ殴り合いを始めるんじゃないかとヒヤヒヤだったんだよ。そんな事を考えていた自分が馬鹿でした」


 冗談交じりに言うとシリウスとカーメルはクスクス笑う。今はこんなに和やかなのに明日が決戦だなんて信じられない。

 出来ることならずっとこのまま皆で笑っていられる世界だったらいいのにと思ってしまう。

 いや、そういう世界にするために俺たちが頑張らないといけないんだ。

 ――そして、勝つ。


「それじゃ、私は<クラウ・ラー>の調整をして早めに休むとするよ。君たちも夜更かしせずに早めに寝るんだよ」


 カーメルは手を軽く振りながら会議室を出て行った。最初にあった頃は厳かな雰囲気のある王様という感じであったが、今では気の良い兄貴分である。

 俺たちの中で一番長く生きて色々な経験をしている人なので非常に頼りにしている。


「それじゃあ、俺も<サイフィード>の調整して寝るかなぁ」


「……ちょっとお待ちください、ハルト様」


 呼び止められて振り向くと、そこにはシリウスのメイドさんであるセシルさんがいた。いつからここにいたんだ? 全然気が付かなかったぞ。

 彼女は王都陥落時シリウスと一緒に王都に残って生き延びた実績を持つ。

 シリウスこと黒山は喧嘩はからっきしなので二人が無事でいられたのは間違いなく彼女の力によるものだろう。

 そう言えば武術の達人のフレイアがセシルの佇まいを見て真剣に戦ったら自分でも勝てるか分からないと言っていたことがある。

 もはやセシルさんはメイドと言うよりは強力なボディガードと言える存在なのかも知れない。

 そんな生身最強説がある彼女が何やら思い詰めた表情で俺とシリウスを交互に見つめていた。

 

 それから一時間後、<ニーズヘッグ>内にあるサロン室で俺、シリウス、ティリアリア、クリスティーナ、フレイア、シェリンドンが集まりセシルさんのおもてなしを受けていた。

 彼女はかねてからタンザナイト家の執事セバスチャンからお茶の淹れかたやお菓子の作り方を教わっていたらしく、決戦前にその成果を見て欲しいと言ってきた。

 シリウスは怪訝な顔をしていたのだが、お菓子に釣られたティリアリアが素早く動いてサロン室を貸し切りささやかなお茶会になったのである。

 今もシリウスの表情が硬い。冷や汗も出ているしどうしたのだろう?


「シリウス、どうした腹でも痛いのか?」


「……ハルトは知らないかもしれないけど、セシルはあまり料理が上手ではないんだ。昔彼女が作ったお菓子を食べたことがあるんだけど、そのあと半日ほど僕は気絶した」


「……へ? いや、そんな事無いだろ。以前セシルさんが用意したお菓子やお茶を食べた時は普通に美味しかったよ」


「それはお菓子は購入したものでお茶はティーバッグタイプのお湯を注いで完成するやつだったからだよ。よほどでもない限り誰も失敗しないよ」


「なん……だって? インスタントだったの? 俺、美味い美味いって言って飲み食いしてたんですけど……」


 お菓子はともかくお茶に関しては昔テレビで観たようなカップをお湯で温めたり温度確認しながら丁寧に淹れてくれたものだと思い込んでいた。

 自分の味覚が適当だったと知り恥ずかしくなる。顔が熱くなってきた気がする。


 そうこうしているとセシルさんがティートロリーに紅茶セットとお菓子を載せてやって来た。

 シリウスが恐る恐るそれらについて確認をする。


「あの、セシル……一応訊くけど、そのワゴンの上に載っているお菓子は君の手作りなのかい?」


「はい、そうです。このお茶会でお出しするものは全て私の手作りです。これから用意する紅茶もセバス様直伝の淹れ方で提供させていただきます」


 説明するセシルさんは自信満々だ。あのパーフェクト執事のセバスチャンから直接手ほどきを受けていたという事で安心する。

 だが、彼女と付き合いの長いシリウスだけは未だに疑心暗鬼だ。よほど以前のことがトラウマとして刻まれているらしい。


 怯えるシリウスを尻目にテーブルの上にはバタークッキーやチョコチップクッキー、それに真ん中にジャムが乗せてあるクッキーなど様々な種類のものが並べられていった。

 そのどれもが見事な出来映えで見るからに美味しそうだ。

 皆で感嘆していると良い意味で予想を裏切られたのかシリウスが目をぱちくりさせている。


「紅茶をどうぞ」


 今度は丁寧な所作で淹れられた紅茶が目の前に置かれていく。かくしてお茶会の準備は整った。

 こういった状況に慣れているのか、公爵令嬢のティリアリア、姫のクリスティーナ、武人であり子爵家令嬢のフレイア、高名な錬金技師のシェリンドンは落ち着いた感じで座っている。

 こうして冷静に考えてみると俺の妻たちは皆出自がしっかりしていると気づかされる。


 そんな皆が静かにしているのはシリウスがお茶菓子に口を付けるのを待っているからだ。

 この場はセシルさんの希望で設けられた席なので彼女の主人であるシリウスが最初に食べるのが流儀だ。

 当の本人からしたら毒味役をさせられるのと変わらないのだろうけど頑張って貰うしかない。


「シリウス様、どうぞ」


「……分かった」


 意を決したシリウスはプレーンなバタークッキーを一枚摘まむとゆっくりと口に運ぶ。

 そして半分量をかじると「サクサク」と小気味よい音を立てながら咀嚼していく。こわばっていた表情が徐々に柔らかくなっていき残りのクッキーを食べると紅茶で飲み下した。


「どうだった?」


「……美味しかった。……え、ちょっと待って。これ本当にセシルが作ったのかい?」


「そうですが、何か?」


「凄いじゃないか! 以前とは全然違うよ。見た目も味も完璧だ」


「痛み入ります」


 シリウスがクッキーの出来映えを絶賛するとセシルさんは軽く会釈をする。表情は一見いつものポーカーフェイスの様に見えるのだが少し嬉しそうだった。

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