第266話 ラストステージ出撃前①


 ――『ドルゼーバ帝国』本土攻略戦の朝が来た。


 『第七ドグマ』内の雰囲気はいつもより緊張感が漂っていて皆ピリピリした様子だ。

 それは俺も同じで戦いに出るという事実はいつもと同じでも、そこがこれまで戦ってきた敵国の本拠地だと思うと身が引き締まる思いだ。


 かつて散々やっていたゲームでも最終面ともなると格が違う。敵の強さも数もそれ以前のステージとは段違いの場合が多い。

 『竜機大戦ヴァンフレア』ではその傾向が顕著で最終面は開始直後から数多くの敵が待ち構えており、初期配置の敵数が減っていくことで何度も敵増援がやってくるという鬼仕様だった。

 しかも増援の出現場所はランダムで運が悪ければ母船のすぐ近くに現れて一瞬でゲームオーバーということも珍しくなかった。

 そのステージだけで何度コントローラーを投げ飛ばそうとしたことか……。

 現実的には増援があったとしても瞬間移動のように目の前に現れるという事は無いだろうが、土地勘がない場所での戦闘になるので用心するに越したことはない。


 『第七ドグマ』の大型格納庫では<ニーズヘッグ>、<ホルス>、<ナグルファル>といった三隻の大型飛空艇が出撃の時を待っている。

 この『テラガイア』という世界でもこれだけの高性能かつ大型の飛空艇が揃っているのはこの場所ぐらいだろう。


 そしてそれぞれの飛空艇の格納庫では所属する装機兵たちが最終調整を終えて佇んでいる。

 俺は自分の愛機である<サイフィードゼファー>を見上げていた。

 これで『ドルゼーバ帝国』と『クロスオーバー』との戦いに終止符を打つ。そして皆で帰るんだ。

 

「戦いの前からそんなに意気込んでると疲れちゃうわよ?」


 声の方に振り向くとティリアリアを始めとする竜機兵チームの皆がいた。緊張感はありつつも気圧されてはいない闘志に満ちた顔をしている。

 さすがはこれまで一緒に幾つもの死線をくぐり抜けてきた猛者だけのことはある。


「これが最後の戦いになるかもしれないんだ、多少意気込みもするよ」


「確かにな。まさか戦争の最終局面で俺が『聖竜部隊』の側にいるとは、お前と初めて戦った時には夢にも思わなかったな」


 アインがしみじみと言う。俺自身、『第四ドグマ』で死闘を繰り広げた黒い竜機兵が味方になるなんて夢にも思わなかった。

 漫画やアニメでライバルキャラが味方になるという流れはお約束だけど、あんなクレイジー戦闘マニアが仲間になるとは予想できなかった。


 すると今度は竜機兵チーム最古参のクリスティーナ、パメラ、シオンが遠い目をして話している。


「最初は三人しかいなかった竜機兵チームも今は八人の大所帯になりましたし向かうところ敵なしですわ。それに転生者の方々やドラゴンキラー部隊の皆様もいますし、どのような敵が来ても負ける気がしませんわね」


「そういや最初はそうだったね。私とクリスとシオン……女三人の心細い部隊がいまや『テラガイア』最強になるなんて、昔の私が知ったら驚くだろうなー」


「ふふ……そうですわね」


「……おい、自然な流れで変な事を言うな。僕は男だぞ」


「なーに言ってんのよ。あんた『男の娘』なんだから女みたいなもんでしょ!」


「……どうやら『ドルゼーバ』本国の前にパメラ、お前との決着を付ける必要がありそうだな」


 パメラの冗談を真に受けてシオンがブチ切れる。このやり取りも随分見慣れたもので誰も気にしない。小動物がじゃれ合ってるようなものだ。


 そんな小動物二名が外野で喧嘩を始めたのを尻目にフレイ、フレイア兄妹がそれぞれの愛機<ドラパンツァー>、<ヴァンフレア>を見上げてながら口を開く。


「ハルト、お前には本当に感謝してるよ」


「私も兄さんと同じ思いだ。ありがとうハルト」


「突然どうしたんだ、お前たち。っていうかこういうタイミングで感謝とか言うな。それ死亡フラグだから!」


 戦いの前に前向きな台詞とか「あれ、こいつこんな良い奴だったっけ?」と思わせる台詞を言う奴は次の戦いで悲惨な目に遭うのはお約束だ。

 ラストバトルともなればその傾向は顕著になる。今まで一緒に戦ってきた仲間がジンクス通りに命を落としたら目も当てられない。


「それでも言いたいんだよ。あの時お前が俺を竜機兵チームに誘ってくれたから今の俺がいる。そうでなかったら俺はずっと自分に自信を持てないまま今も中途半端だったと思う」


「そんな事ないよ。あの時お前は身を挺して仲間とフレイアを守ったんだ。俺がどうこう言うまでも無く自信を持てていたはずだ。そんなお前だからその勇気と力を頼りたいと思ったし、実際それ以上の頑張りを見せてくれた。お前がいてくれるから安心して背中を任せて敵陣に突っ込むことが出来るんだ。今回も頼んだよ」


「ああ、任せとけ。お前と皆の背中は俺が守り切ってやるさ!」


 今のフレイはゲームと同じように自信に溢れている。異なるのは機体との相性による確かな実力と仲間からも信頼される人格者であるという部分だ。

 これはもう別人と言って良いレベル。今の彼であったならゲーム主人公として最高だっただろうと心底思える。


 ――さて、兄フレイといい話を終えてその隣にいる妹フレイアに視線を向けると明らかに何かを期待している感じだ。顔が上気している。

 こういう時のこいつは頭の中が完全にあっち方向に行っている状態だ。


「……で、お前は俺に何を感謝しているんだフレイア。――いや、言わなくていい。何となく予想が付くからな」


「いや、言わせてくれ。お前は真の私を引き出してくれた。――だから、ありがとう」


 とても満足した顔でそんな事を言うフレイア。これあれだろ。『真の私』ってつまり『ドMド変態の私』だろ。

 さっきまでフレイと良いやり取りをしていたのにこいつのせいで一気に変な空気になってしまった。

 外野で騒いでいたシオンとパメラも空気の変化に気が付いてドン引きしている。


「……いやさ、俺に感謝しないでくれる? お前のそのド……特殊な嗜好を引き出したのはクリスだからね、俺はそれを少しばかり弄っただけだからね。お礼を言うのならクリスに言いなさいよ」


 「ドMないしはド変態」と言いかけて途中で言葉を選んだ。さすがに彼女の実の兄が隣にいるのに嗜虐的な言葉は使えない。

 それなのに当の本人は物足りなかったのか少し眉をひそめた。こいつはもうダメだ……。


「クリスティーナ様とティリアリア様には既に感謝の意を述べた」


 まさか、「ドMだと気づかせてくれてありがとう」と既にお礼を言っていたとは思わなかった。何気にティリアリアにまで感謝してるとか……。こんな怪物を覚醒させたグランバッハ血統の罪は重い。


「……とにかくフレイアは切り込み役を頼むぞ」


「了解だ!」


 何はともあれフレイアは装機兵操者として超優秀なので普通に戦って貰えば問題ないだろう。何やかんやで根は真面目だしな。

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