第261話 黒のおじ様

『ハルトとあなたの会話……私にも聞こえていました。本当に驚きました。まさか、小さい頃に遊んでくれていた黒のおじ様が『クロスオーバー』の一員だったなんて』


『そう……だろうな。俺はお前の家族を死に至らしめた組織の一員だ。そして、繰り返される時の中で何度もお前を見殺しにした。――憎いだろう。俺はお前とお前の家族の仇なのだからな』


 自虐的に発せられたラファエルの言葉を聞いてティリアリアは首を横に振った。それを見てラファエルが動揺する。


『何故だ!? 俺は――』


『おじ様にとって仲間である『クロスオーバー』はそれだけ大切な仲間だったのでしょ? だってこの星が壊れた後、気が遠くなるほどの年月をかけて一緒に再生させた仲間なのですから。ほんの数年一緒に過ごした人間と天秤にかけた時、どちらが大事かなんて説明するまでもないじゃないですか』


『それは……』


『むしろ私はお礼を言いたかったんです』


『お礼……だと?』


 ティリアリアは曇りのない瞳で真っ直ぐにラファエルを見て笑顔を見せた。


『お爺さまとお父さま、それにお母さまをずっと想っていてくれて……そして<オーベロン>に取り込まれた私を救ってくれてありがとうございます』


『救った……? 俺が? 一体何を言って――』


『ハルト達から聞きました。あなたが救出方法を教えてくれなかったら私の心は<オーベロン>と一緒に滅んでいたと。だから、いつかあなたに会った時にお礼を言いたかったんです。でも、それが黒のおじ様だと知って凄く驚いて――ううん、凄く嬉しいと思っています』


『違う。俺はそんな礼を言われていい人間じゃない! 俺は結局、何の行動も起こさなかった臆病で醜悪などうしようもない人間なんだ!!』


 ラファエルの声は悲痛なものだった。クラウスさん達が亡くなってから三千年以上、内に秘めていた後悔が一気に吹き出しているような感じだった。

 もしも俺が彼の立場だったなら、そんな途方もなく長い間後悔し続ける人生はきっと――地獄だ。

 生きながらに味わう地獄の日々をラファエルはずっと過ごしてきたんだ。

 そんな彼にとってティリアリアは唯一の希望の光だったのかもしれない。今回は駄目でも次の世界線ならもしかしたら――。

 そんな希望と絶望のループを独りでずっと歩いてきたのだろう。


『それでも……それでもずっと私を見守ってくれていたでしょう? 本当におじ様が悪い人だったのなら、私のことなんて無視していたはずです。でもそうしなかった。――だからあなたは今でも幼い頃の私とたくさん遊んでくれた黒のおじ様なんです』


 ティリアリアが自分の気持ちを素直に伝えるとラファエルは俯き顔を手で覆って声を押し殺すようにして泣いていた。

 

 二人の会話が終わるとエーテルレーダーに接近する反応が表示される。それは<ニーズヘッグ>のものだった。

 味方がもう少しで到着する。それに気が付いたバラキエルはネイルアートをしていた爪に息を吹きかけて出来映えを確認すると<ナーガラーゼ>を浮上させ始めた。


「逃げる気か!!」


『そんなのあったり前でしょ。さすがの熾天セラフィム機兵シリーズでも三機で『聖竜部隊』を相手しようとは思わないわよ。それじゃ、二人とも帰還しましょう』


 バラキエルがミカエルとラファエルに声を掛けると二人は黙ったままだった。不審に思ったバラキエルが再び声を掛けようとすると二人は意外な返答をする。


『……バラキエル、ガブリエルに伝えろ。私は『クロスオーバー』から抜けるとな』


『俺も同じだ。正直奴にはもう付いていけん。この世界を混乱に陥れた元凶とは一緒に行くつもりはない。そろそろ潮時ってことさ』


『ちょ、あんたら……。つまりこれからは新人類側の味方になるってわけ?』


『それは違う』


 ミカエルははっきり俺たちの味方になるわけではないと言いきった。それはつまり俺たちとも『クロスオーバー』でもない、第三勢力になるという訳か。

 けど、いくら<シヴァ>と<ブラフマー>が強力な機体であったとしてもたった二機では戦力としては物足りない気がする。

 そんな事はミカエルとラファエルなら十分理解しているはずだ。だとしたら何か他に戦力になる奴がいるのか?


『今まで色々と考えてはいたがようやく踏ん切りがついたぜ。俺とミカエルはシステムTG側につく』


 その衝撃の一言にバラキエルが動揺する。それは俺も同じだった。


『なん……ですって!? でもそれって結局は新人類の味方をするってことじゃないの?』


 そう言ってからバラキエルがハッとした様子で自分の口を押さえるのが見えた。

 それってどういうことだ? 俺たちをこの世界に転生させた行方知れずのシステムが俺たちの味方だとでも言っているかのような口ぶりだ。

 しかし、それはミカエルによって否定される。


『それは違うな。システムTGの真意はそうではない。そして、私とラファエルは彼の考えに乗ることにした。――聞こえているか、ハルト・シュガーバイン』


「えっ、俺?」


『そうだ。現在『ドルゼーバ帝国』には『クロスオーバー』を統率しているガブリエルが滞在している。しばらくはそこから動くことはないだろう。戦いに終止符を打ちたいのなら『ドルゼーバ帝国』に赴き彼を倒すことを勧める』


「……それはつまりお前とラファエル、それにシステムTGにとっての障害を俺たちに始末させたいって事か? そっちの思惑通りに俺たちが動くとでも?」


『動かざるを得ないはずだ。何せガブリエルが地上に降りているのは非常に珍しいからな。この千載一遇のチャンスをみすみす逃す理由はないだろう』


「それは――」


 悔しいけどミカエルの言っている事はもっともだ。今まで聞いた話によればガブリエルは主に『テラガイア』の周囲を巡るオービタルリングにいる。

 奴を討とうとすればオービタルリングに上がる必要がある。正直言って現実的じゃない。でも、同じ地上にいるのなら討つチャンスは十分にある。

 考えあぐねていると今度はラファエルが興味深い話を振ってきた。


『それとな、そろそろシステムTG自らが表舞台に出てくる頃だ。お前等がガブリエルとの決戦を臨むのなら間違いなくその戦場に奴は姿を現す。――お前をこの世界に呼んだ張本人とのご対面だ。興味あるだろう?』


「システムTGが出てくるっていうのか!? でも、そいつはコンピュータみたいなものなんだろ? お前らの口ぶりだとまるで実体があるみたいな……」


『それはその時までのお楽しみっていう訳さ。小僧、ティリアリア……『ドルゼーバ帝国』で待ってるぜ。――そういう訳だ、バラキエル。お前は帰ってガブリエルに首を洗って待ってろと伝えろ。新人類ども、もしくは俺とミカエルがてめーをぶっ殺すとな』


 ラファエルはバラキエルに宣戦布告を伝えた。これで戦いは俺たち新人類、『クロスオーバー』、システムTGという三つ巴の形になった。

 <ニーズヘッグ>が到着する前に熾天機兵三機はこの場から離脱していった。


 この出来事を皮切りに戦いが終局に向かって動き出したのを俺は感じていた。

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