第260話 ラファエルの想い

「ちっ、この……! いい加減認めたらどうだ!! あんたはティアが<オーベロン>に取り込まれた時に救出方法を俺に教えてくれた。あの情報がなければ俺たちはティアを救えなかった。――本当はあんたもティアを救いたかったんじゃないのか!? あんたを慕ってくれていた少女をあんたは守りたかったんじゃないのか? でも立場上それは出来なかったから、その役目を俺たちに託してくれたんだろう!?」


 エーテルフェザーの出力を上げて<ブラフマー>に肉薄し互いの武器をぶつけ合う。

 接触によって発生した火花の向こうには無機質な熾天セラフィム機兵シリーズの顔があり、モニター越しに俺を睨んでいる。

 そこからは操者の感情は読み取れない。けれど互いの機体がぶつかり合う度にエーテルの流れによってラファエルの感情が俺に伝わっていた。

 

「この感情は……後悔……苦しみ……悲しみ……? ラファエル、あんたは……」


『……鬱陶しいぞ、小僧!!』


 ラファエルは無造作に死神ザグナルサイズを振るってくる。感情に振り回された斬撃をエーテルカリバーンでいなすと蹴りを入れて距離を取る。


「鬱陶しかろうがウザかろうがどうでもいい! それであんたやミカエルとこれ以上戦わなくて済むのなら……クラウスさんが心を許していたあんた達と……ティアをずっと見守ってくれていたあんたと戦わなくて済むのなら、俺は剣じゃなく言葉を重ねたい!!」


『何を世迷い言を……! いいか、よく聞けよ小僧。俺はあの聖女の嬢ちゃんが何度も<オーベロン>に取り込まれて絶望の果てに死ぬ様を何度も見て見ぬふりをしてきたんだ。それこそ百回以上もな!! 助けようと思えば助ける事も出来たかもしれない。だが、俺は一度も手を差し伸べようとしなかった。そんな俺が嬢ちゃんを見守ってきただと!? ウリエルに託された、たった一つの願いすら叶えてやれなかった俺がそんな大層な人間な訳ないだろうが!!』


 今度は<ブラフマー>の両肩に取り付けてある頭部パーツからもハウリングボイスが発射される。

 本来の頭部と合わせて三つの箇所から次々に衝撃波が発射されると、それは大地を抉ったり雲を吹き飛ばしたりした。


「それがあんたの本当の想いか!! だったら尚更俺たちは戦うべきじゃないはずだ。ティアは過去を克服して<オーベロン>を受け入れた。あの機体にはクラウスさんやティアの両親の想いが託されている。今のあいつは家族の想いと一緒に戦っているんだ! 彼等と交流のあったラファエル――あんたになら、ティアの気持ちが分かるだろ!!」


 ハウリングボイスの攻撃範囲ギリギリを飛翔して間合いを詰め、<ブラフマー>の左肩に一太刀入れて頭部パーツを黙らせる。

 自己修復が終わる僅かの間だが、これで多少は<ブラフマー>の火力が落ちる。


『それで俺にどうしろと!? ウリエルの『家族を守って欲しい』という希望を俺は叶えようとしなかった。セレスティアもカーティスも……ティリアリアも見殺しにしてきた。俺は友情よりも組織を選んだ男なんだぞ!!』


 ラファエルが悲痛な声で口にしたのはティリアリアの両親の名前だった。こいつはティリアリアだけじゃなく彼等を助けられなかった事についても苦しんでいた。

 ――そう、彼等が亡くなって三千年以上が経過しているのにラファエルは今も後悔し続けていた。


『ウリエルの家族は皆優しかったんだ。長い時を生き続け家庭なんてものを忘れていた俺にとって、グランバッハの家は温かくて何よりも大切な場所だった。それでも俺は『クロスオーバー』の一員である事を選んだんだ! そんな俺があの子の前に、今さらどの面下げて出て行けと言うんだ!? 馬鹿馬鹿しいだろう!!』


 ラファエルは使用可能なハウリングボイスを連射して周囲を吹き飛ばしていく。そこにはもう戦いに勝利するという当初の目的はなかった。

 その姿は俺には家族とはぐれて泣きじゃくる子供のように見えた。

 悲しくて不安でどうしようもなくて、ただ泣いていることしか出来ない。

 殺傷力の凄まじいハウリングボイスの音がそんな子供の泣き声のように聞こえて仕方がなかった。


「くそ……! やっぱり説得は無理なのか? ――やるしかないのかよ!?」


 <ブラフマー>は暴走状態だ。このまま暴れられたら周囲への被害が広がっていく。説得が無理な以上、あれを止める為には倒すしかない。

 エーテルカリバーンにエーテルを集中しながらどうするべきか悩む。そして俺は覚悟を決めて機体のエーテルフェザーを羽ばたかせると<ブラフマー>に向かって行った。


「こうなったら! ラファエル、これ以上は――」


『待って、ハルト!!!』


 覚悟を決めて<ブラフマー>のコックピットに剣の切っ先を向けて突っ込んでいくとティリアリアが悲痛な声で俺を止めた。

 戦っていた<ナーガラーゼ>と<パーフェクトオーベロン>がいつの間にか近くまでやって来ていた。

 

『お願い、私にもその人と……ラファエルと話をさせて!』


「ティア……こっちの会話が聞こえていたのか?」


 モニターの向こうにいるプラチナブロンドの少女が泣きそうな顔で俺を見ている。

 俺とティリアリアの会話はラファエルにも聞こえていたみたいで、さっきまでの無差別攻撃が突然止まった。

 <ナーガラーゼ>を振り切った<パーフェクトオーベロン>が<ブラフマー>の近くへ下りてくる。


 戦っていた相手が突然離脱したことで<ナーガラーゼ>の操者バラキエルは呆けている様子だった。

 ティリアリアに攻撃を仕掛けるようなら間に入って攻撃しようと思っていたが、<ナーガラーゼ>は意外にも距離を取って<シヴァ>の近くへと下がった。


『はぁ~、何て言うかこの雰囲気の中、攻撃なんてしたらアタシ卑怯者になっちゃうじゃない。しらけちゃったわよ、もう。話をするのならとっととやってくれないかしら。それが終わるまで待つわよ』


 バラキエルはそう言って何かを取り出し爪に塗り始めた。もしかしてコックピットでネイルアートしてるのか? 女子力が高いオカマなのだろうか。


 こうして<パーフェクトオーベロン>と<ブラフマー>は向かい合い、そのコックピットでは操者同士がモニター越しに相手の姿を見つめていた。

 二機の近くにいる俺は会話の状況をモニタリングすることが出来た。しばらく沈黙が続く中、先に口を開いたのはティリアリアだった。


『お久しぶりです、おじ様』


『……っ!』


 直接ティリアリアに話しかけられ、ラファエルは顔を背け返答しなかった。それでもティリアリアは話し続けた。

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