第251話 ガブリエルの奸計②

「<インドゥーラ>……確か設計段階では<ヴィシュヌⅡ>という名称だったはずだが」


「<ヴィシュヌ>の設計データを基に開発された<インドゥーラ>はオリジナルを超える性能を持つに至った。我々『クロスオーバー』の新たなる象徴に<ヴィシュヌ>の名はもはや不要だよ」


 ガブリエルはマルティエル、メタトロン、サンダルフォンの三名を従えてミカエル達の方へとゆっくり歩いてくる。

 全員が合流すると完成を目前に控えた熾天セラフィム機兵シリーズ<ナーガラーゼ>を見上げてガブリエルは微笑んだ。


「素晴らしい機体だ。<ナーガ>の正統後継機……まさに蛇の王といった佇まいだな」


「そんな事よりもさっきの話の続きをして欲しいもんだな、ガブリエル。お前がこれまで何百回も世界を崩壊させた元凶だと言っていたな」


 ラファエルが怒りの形相で問い詰めるとガブリエルは微笑みを絶やさずに彼を見る。それが却ってラファエルの怒りを煽っていく。


「ラファエル……話をすり替えてもらっては困る。私は君とミカエルがそう思っていると述べただけだ。――まあ、実際それが真実なわけだが」


「なん……だと!? てめぇ、よくもぬけぬけと!! そのお陰で三千年以上もの間『テラガイア』は同じ時間を繰り返してきたんだぞ。それも毎回最悪の結末を辿ってな!! 何の思惑があってそんな事をしやがった。答えな、ガブリエル!!」


 ラファエルがガブリエルに掴みかかろうとすると、マルティエルが間に入ってラファエルの腕を掴み制止する。

 ラファエルとマルティエルはお互い怒りをほとばしらせ睨み合った。


「ガブリエル様に危害を加える者は同じオリジンであったとしても俺が許さん!」


「ガブリエル〝様〟……ねぇ。俺たちオリジンは全員平等な立ち位置だったはずだぜ。ガブリエルをいつの間のかリーダーに仕立て上げたのはお前等だ。その勝手なルールを俺たちに押し付けんじゃねーよ。――いい加減離しな、マルティエル。もう、掴みかかったりしねーよ」


 ラファエルは強引に拘束された腕を振りほどくと数歩後ろに下がる。すると今度はミカエルが前に出てガブリエルと対峙した。


「これまでの事がお前が仕組んだ事ならば、その理由を教えてもらおうか。興が乗ったから等とつまらん理由でそんな事をするお前ではあるまい、ガブリエル」


「そうだな。実は今日ここを訪れたのはその話をする為でもあったのだよ。マルティエル、メタトロン、サンダルフォンの三名には既に話をしたが、君たち三名はずっと地上任務だったからね。伝えるタイミングが無かったのは許してほしい」


 ガブリエルは、バラキエル、ミカエル、ラファエルと視線を交わした後に再び<ナーガラーゼ>を見上げて話を続けた。

 クラウスがハルト達に残した動画で語っていたようにガブリエルは世界を崩壊させたプログラムについてまずは説明を行い、そしてラファエル達が息を呑む中ついにその動機を口にした。


「私が『テラガイア』を何度も崩壊に導いた理由……それは文明レベルを停滞させる為だ」


「……そんな事の為に何故?」


「システムTGのプログラムの中には『テラガイア』の人口と文明レベルが一定値を超えた際、かつてこの惑星を去った旧人類の船団にデータを送り、それに基づき彼等がこの地に舞い戻り『テラガイア』を支配する。――そういうシナリオが組まれていたのだよ」


「なん……だと!?」


 ガブリエルの思いがけない返答にラファエル達は困惑し動揺を隠せなかった。

 『クロスオーバー』にとって死滅同然の惑星再生を一方的に押し付け、新たな居住惑星開拓に旅立った旧人類の船団はいつしか忌むべき対象へと変わり果てていた。


 船団に対する反骨精神を糧に『クロスオーバー』は、システムTGと共に悠久とも言える時間をかけて惑星を再生させ、自然環境と生命エネルギーが溢れる『テラガイア』をつくり上げたのである。

 それ故『テラガイア』という存在そのものが『クロスオーバー』にとっての誇りであり、それを汚したり奪おうとしたりする者は駆逐すべき悪となっていた。


 そんな『クロスオーバー』にとっての共通認識からすれば『テラガイア』を支配しようと画策する旧人類もまた悪であり、ガブリエルはその脅威から惑星を守る為だと切々と語った。


「――確かに私が行ってきた事は罪人のそれだろう。しかしそれは『テラガイア』の未来を想っての事だと理解してもらいたい」


「ガブリエル、お前の言いたい事は分かった。それで具体的にこれからどうするつもりだ。システムTGが転生者を召喚した際にオービタルリングのエネルギーは大量に使用され時間を戻すことは不可能になった。この状況で世界崩壊のプログラムを起動する事は出来ないはずだ」


「その通りだ、ミカエル。私はいずれこのような事態になると考え、システムTGの支配から逃れる為の力として新世代の熾天機兵の開発に踏み切ったのだよ。そしてようやく<インドゥーラ>を始めとする機体が完成した。これならばシステムTGと行動を共にしている<ヴィシュヌ>と互角以上に戦える」


「なっ……システムTGと戦うつもりなのか? ってか、オービタルリング内から消えたシステムが何処に行ったのか目星はついてんのかよ?」


 ラファエルが問いただすとガブリエルは微笑みながら軽く頷いた。


「それは面白い質問だ。システムTGなら転生者の一人と融合して以前君とミカエルに接触したはずだが……」


「……てめぇ、俺たちを監視していやがったのか!!」


「すまないとは思っているよ。しかし、君たち――特にラファエル、君は我々に対し裏切り行為を働いたウリエルやその家族と懇意にしていた過去があった。それ故の処置と考えてもらいたいのだがね」


「ちっ、それでご自慢の<インドゥーラ>で<ヴィシュヌ>を破壊するつもりか」


「そんな事をすればシステムTGと繋がっているオービタルリングや軌道エレベーターの自己崩壊プログラムが作動してしまう。あくまで戦闘不能に追い込み再びメインシステムとして組み直すだけだ。土は土に灰は灰に、そしてシステムはシステムに、という訳だよ」


 ずっと微笑みを絶やさなかったガブリエルの目が一瞬だけ冷酷な光を灯すのをミカエルとラファエルは見逃さなかった。

 そして二人の中で今後の自分たちの身の振り方と決意が固まった。


「それならばガブリエル、私とラファエルはシステムTGと融合しているシリウス・ルートヴィッヒ確保の為に動かせてもらう」


「ほう、一体どうする気かな?」


「奴は今『聖竜部隊』の一員として<ニーズヘッグ>に搭乗している。ならば、現在連中が活動している『ワシュウ』方面に攻撃をしかけておびき出す」


「なるほど、向こうから来るように仕向けるという訳だな。――それなら完成したばかりではあるが試運転を兼ねて<ナーガラーゼ>と<量産型ナーガ>を十数機連れて行きたまえ」


「了解した。ラファエル、バラキエル……行くぞ」


 こうしてミカエル、ラファエル、バラキエルの三名はそれぞれの熾天機兵に搭乗し<量産型ナーガ>部隊を引き連れて『ヘパイスト』を後にするのであった。

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