第250話 ガブリエルの奸計①


 『ドルゼーバ帝国』では各地に大規模な装機兵開発工場が設置されている。その中でも最大規模を誇っているのが工業都市『ヘパイスト』である。

 装機兵の素材となるレアメタルが大量に採掘される山岳地帯に建設された『ヘパイスト』の工場では数ヶ月前まで新型量産機の<ドール>が生産ラインを占めていた。

 しかし現在は『クロスオーバー』の<サーヴァント>と<量産型ナーガ>の生産ラインが組まれている。


 今や『ドルゼーバ帝国』は『クロスオーバー』に占拠されその傀儡へと成り果てていた。

 皇帝を始めとする皇族や貴族たちは彼等に操られる形となり、皇帝の命令を受ける軍部もまた『クロスオーバー』の操り人形と化している。


 帝国の装機兵開発の要である『ヘパイスト』には現在三人のオリジン――ナノマシンによって不老不死の肉体となった『クロスオーバー』のメンバーが待機していた。

 その三名はロールアウトしたばかりの熾天セラフィム機兵シリーズ<ナーガラーゼ>の最終調整を行っていた。


「やーっとアタシの熾天機兵が完成したわねぇ。この機体なら巷で噂の『聖竜部隊』を一網打尽に出来るんじゃない?」


 女性口調で話しているのは筋骨隆々の肉体を持つ小麦肌の大男である。その男性に対し冷たい視線を送るのは色白で眉目秀麗の男性ミカエルだ。

 

「<ナーガラーゼ>の性能は<シヴァ>や<ブラフマー>にも匹敵する強力なものだ。だが、それでも『聖竜部隊』を全滅させられるかは怪しいところだな。油断をすれば初陣で戦死という事も十分あり得るぞ、バラキエル」


「あらあら、もしかしてアタシの心配をしてくれているの? もうー、ミカエルちゃんったらやっさしー!」


 感激した大男改めバラキエルは満面の笑みを浮かべながらミカエルの方へとにじり寄って行くが、当の本人はそんな事は無視して機体の調整に集中しせわしなくコンソールを操作していく。

 その真剣な姿を見たバラキエルは「ふぅっ」と息を吐くと微笑みながらミカエルを見つめる。


「何だか最近のミカエルちゃんは少しだけ昔の頃に戻った感じね。とげとげしい雰囲気が和らいだみたい。……何かあった?」


「別に何もない。ただ、今回の流れはこれまでに繰り返してきたたループとは全く違う。――転生者の存在、竜機兵全機の稼働、特異点の件に関しては第二特異点のティリアリア・グランバッハが<オーベロン>に取り込まれながらも初の生還を果たしている。そのどれもが今まで八百四十二回繰り返した世界ではありえなかった事象だ。それが興味深いとは思うがな」


「ふーん、本当にそれだけかしら?」


「何が言いたい?」


 バラキエルは両腕を前で組みながら<ナーガラーゼ>を見上げて続きを話す。


「アタシにはあなたが何か目的を見つけたみたいに思えるわ。……そう、自分の全てをなげうってでも成し遂げたい何か……みたいなモノをね」


「……バラキエル、言いたいことがあるのならはっきり言ったらどうだ。お前がガブリエルの命令で私とラファエルを監視しているのは知っている。これ以上の腹の探り合いは不要だ」


 ミカエルがバラキエルに言い切ると彼等の背後から黒い衣服に身を包んだ黒い短髪の男性――ラファエルが姿を現した。

 その目は獲物を捉えたハンターそのものであり並々ならぬ殺気をバラキエルに送っている。

 それを感じ取ってなおバラキエルはおどけた様子を崩しはしなかった。ただし、おどけながらも真剣さも混じった声色で二人に語り掛ける。


「二人共怖い目で見ないでよ。アタシ達はこの世界を再生させる為に気の遠くなる年月を一緒に過ごしてきた仲間でしょ? ……とは言っても、あなた達にはそうとも言えない事情があるわよね。――ウリエルの件に関しては未だに納得していないんでしょうから」


「納得できる訳ねーだろうが! 『クロスオーバー』を去ったとはいえ、ウリエルは俺たちの仲間だった。それを事故に見せかけて抹殺したのはガブリエルだろうが!!」


「落ち着け、ラファエル!」


 額に青筋を立てて憤るラファエルをミカエルは手で制する。バラキエルは溜息を吐くと怒りを見せる二人を静かに見つめる。


「ウリエルには事前に何度も忠告をしたはずよ。それにも関わらず新人類の技術発展に大きく貢献した彼は我々からすれば危険人物でしかなかった。だから苦渋の決断を下すしかなかったのよ。新人類はまだまだ精神的に未熟な存在よ。それにも関わらず急激な技術の発展……しかも装機兵なんていう戦闘用兵器を開発し続ければかつて旧人類がしでかした事の二の舞になりかねない。再び星を焼き尽くす戦争を引き起こす可能性があったのよ」


「だから殺したのか。ウリエルも新人類も意にそぐわないから抹殺して……殺し続けてきたってのかよ。クソッタレが……」


「随分と物騒な物言いじゃない? 一体何のことを言ってるのかしら、ラファエルちゃん」


「――それは、これまでの八百四十二回に及ぶ世界崩壊の原因は私にあると考えているからだよ。そういう事だな、ミカエル、ラファエル」


 その声には艶があり丁寧で優しくそれでいて恐怖を掻き立てる多面性を持っていた。格納庫に姿を現した声の主は緋色の髪と不思議な色気を有する男性だ。

 整った顔立ちという点ではミカエルと同じだが彼以上の艶やかさとミステリアスな雰囲気を持っている。

 そのミステリアスな男性の姿を目の当たりにし、ラファエルは動揺を隠せない。ミカエルも一瞬だけ表情をこわばらせる。


「……ガブリエル、いつ地上に降りて来たんだ? 予定ではまだオービタルリングで新型機の開発中だったはずだが」


「その<インドゥーラ>と<ラクシャサ>の開発が思ったよりも早く終わったのでね。マルティエルと一緒にさっき降りて来たのだよ。私としては実に数千年ぶりの地上だ。この地の寒さすら愛おしいよ」


 緋色の髪の男性ガブリエルのすぐ後ろにはスキンヘッドの男性マルティエルが護衛として付き従っている。

 更にその後方にはメタトロンとサンダルフォンの姿があった。

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