第228話 ニーズヘッグの最終兵器

 帝国の反撃が始まり早々に撤退を始める<アクアヴェイル>と<ティターニア>を見てゼクスは引っかかるものを感じていた。


「――どうもおかしい、撤退するにしても早すぎる。あの二機の性能ならもう少し粘ることも十分可能なはずだ。せっかくこちらの懐に入ったというのに、中途半端に被害を与えただけとは」


「考え過ぎではないですか船長? こちらの飛空艇の火力の前に恐れをなしたと考えられますが」


 副長のアリアナは<ナグルファル>を始め帝国製飛空艇の性能に自身を持っている。実際に帝国の飛空艇の性能は他国に比べ優秀かつ量産性にも優れている。

 帝国の圧倒的な技術力の高さは所属する軍人たちにとって誇りと言えるものであった。

 アリアナほどではないにしろゼクスもそのように思っている。

 だからと言って『錬金工房ドグマ』という突出した技術力を持つ集団を軽視することもしてはいなかった。

 此度の戦で帝国に何度も泥を塗ってきた竜機兵は、そのドグマで造られたものであったからである。

 その時、<ナグルファル>ブリッジのエーテルレーダーに各飛空艇の布陣状況が表示される。それを見た瞬間ゼクスは敵の意図を理解したのであった。


「まずいっ! 全ての船に散開するように伝えろ。敵の本当の狙いは――」


 


 一方、<アクアヴェイル>と<ティターニア>の撤退ルートの先では母船である<ニーズヘッグ>が前に出ていた。

 ブリッジではポイントAアルファにおけるドラゴンキラー部隊との戦いが終わった竜機兵チームや撤退ルート上の二機の状況が表示されている。

 そして撤退する二機を追う形で後方に待機していた『ドルゼーバ帝国』の飛空艇編隊が前方に出てきていた。

 それは丁度<ニーズヘッグ>の前方直線上に敵飛空艇が集中する形となっている。

 そのような現状をオペレーターのアメリが船長であるシェリンドンに報告をしていた。


「敵飛空艇二十隻、本船前方に集中しています。<アクアヴェイル>、<ティターニア>両機は敵を牽引しつつルート上を撤退中です」


「想定以上に敵がルート上に乗ってくれた。見事な手腕だわ――この一撃で勝負を決めます。船首装甲解放、ドラゴニックバスターキャノン、チャージ開始!」


「了解。全機関出力最大、エネルギーバイパス解放、全エーテルエネルギーを船首に回しますわ」


 シェリンドンの指示を受けてオペレーターのステラが飛空艇船首の装甲を解放し、内部のエーテル照射装置が露出する。

 これまでは<サイフィード>及び<サイフィードゼファー>が黄金の園を使用する際に超高密度のエーテルを照射する装置ではあったが、本来の使用用途は別にある。 

 この装置は船のエンジンから生み出されたエーテルエネルギーをチャージし強力なエレメンタルキャノンとして撃ち出す役割を持っている。

 凄まじい威力を持つ反面、発射直後は船の性能が一時的に低下するというデメリットがあるため今まで使用する機会が無かった。


 今回、帝国が多くの飛空艇を出してくると予想されていたため、本武装の使用が作戦に組み込まれる事となった。

 <アクアヴェイル>と<ティターニア>による奇襲で敵飛空艇編隊に奇襲をかけ打撃を与えた後、二機は撤退を開始する。

 その際、敵の追撃を振り切らない速度で二機は移動し、それを追って前方におびき出された飛空艇の群れを<ニーズヘッグ>の特殊砲で殲滅するという作戦だ。

 それが今、実行に移されようとしていた。


「船首エーテルエネルギーチャージ率、八十パーセントに到達……九十……九十五、九十六、九十七、九十八、九十九……臨界点に到達、発射可能ですわ」


「了解、本船の攻撃範囲付近にいる味方機に離脱するように指示を―――それでは、ドラゴニックバスターキャノン……発射!!」


 シェリンドンの命令により<ニーズヘッグ>の船首から規格外の威力を持つエレメンタルキャノンが発射された。

 極太レーザー砲の如きそれは射線上にいる全ての対象物を薙ぎ払っていく。攻撃範囲に収まっていた帝国の飛空艇約二十隻は、原型を留めないほど破壊され海の藻屑となった。




 いち早く<ニーズヘッグ>の狙いに気が付いたゼクスによって、<ナグルファル>はドラゴニックバスターキャノンの射線上から退避し難を逃れていた。

 功を焦り、独立愚連隊であるドラゴンキラー部隊母船の命令に従わなかった船は一網打尽にされた。


「まさかあのような武装を備えていたとはな。おまけに奇襲を成功させた二機を囮にしてくるとは、あの船の船長は中々に肝が据わっているな。大したタマだよ――こちらの被害はどうなっている?」


 <ニーズヘッグ>の性能と船長の大胆不敵な采配に驚嘆しつつ、ゼクスは自軍の被害報告を求める。その内容に彼は奥歯を噛むのであった。


「本船の被害はありませんが、先程の砲撃で残存戦力の約三割が消滅しました。状況から生存者の可能性は――」


 ゼクスは手を挙げ、「その先は言わなくていい」と伝える。そんな事は火を見るより明らかな事だったからである。

 現在の状況から彼はこれ以上戦線の維持は不可能と考え撤退命令を出した。


「この残存戦力では『アルヴィス王国』に勝てん。――全軍に撤退命令、本船は殿しんがりとして空域に留まり味方の援護を行う。滅竜機兵はどうか?」


「ポイントAにて<ゲオルギス>と<カドモス>を確認。両機とも操者は無事のようです。<シグルズ>は両腕を破損、同ポイントを離脱後奇襲した二機へ向かっています。<ベオウルフ>に関しては応答なし。恐らく撃破されたものかと……」


「――そうか。<シグルズ>にはまっすぐこちらに戻るように伝えろ。とても戦える状態ではないからな。<ゲオルギス>と<カドモス>には回収班を向かわせろ。……<ベオウルフ>は捜索はしなくていい。それが出来る余裕はないからな」


 ゼクスの手は固く握りしめられ、爪が掌に食い込み血が滴っていた。それから最後の一機について確認をする。


「<ベルゼルファー>の状況をモニターに回せ」


 <ナグルファル>ブリッジのメインモニターに白い装機兵と黒い装機兵が空中で激しく斬り合う様子が映し出される。

 それは装機兵の戦術レベルを凌駕するものだった。両者が繰り出す術式兵装は海を割り大地を破壊する。

 それを目の当たりにしてゼクスは呟いていた。


「ドグマの造った竜機兵は……化物か」

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