第226話 聖竜と冥竜

 <ベルゼルファーノクト>のエーテルハイロゥが輝くと周囲にいくつもの魔法陣が展開された。


「来るっ!」


『落ちろ、ハルトォォォォォォォォォォォ!!』


 一斉に魔法陣からエーテルの砲弾が発射される。俺は回避していくが、その間も魔法陣が次々と作られ撃ち込んでくる。


「この弾はドラゴンブレスか! くそっ、このままじゃ……」


 ドラゴンブレスの集中砲火を受けた周囲の岩や地面が破壊されていき島の地形が変わっていく。

 このままやられ続けたら、周囲で戦っている仲間たちにも被害が及ぶかもしれない。こうなったら――。


『どうした? このままやられっぱなしで終わるお前ではあるまい。……む?』


 ドラゴンブレスの連射で発生した黒煙に紛れながら機体を飛竜形態に変形させて地面すれすれを飛行していく。

 

「数撃ちゃ当たると思ったら大間違いだ。これでも食らいなっ! 術式解凍、リンドブルムッッッ!!」


 <サイフィードゼファー>の周囲を強力なエーテル障壁が覆い加速する。飛行する敵機の下方に潜り込んで急上昇し突撃コースに乗る。


「これでっ!!」


『甘いっ!』


 <ベルゼルファーノクト>がその場から飛び去り回避行動をとり始めた。俺は機体を急減速させながら機体を人型に戻してヤツを追った。

 急な減速と方向変更による負荷が身体にかかるが、そんなことはお構いなしに俺はアインに向かっていく。

 ぎりぎりのところで機体の左手で敵機の翼を掴み肉薄する。


「肉弾戦ならぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 右手に持ったエーテルカリバーンでエーテルハイロゥを斬り裂き、そのまま<ベルゼルファーノクト>に袈裟懸けを浴びせた。


『ちぃぃぃぃぃぃ!!』


 剣でつけた斬撃の痕が瞬く間に再生されていく。さっきまでとは回復速度が段違いだ。

 ヤツの翼が大きく羽ばたいた衝撃で左手が振り払われてしまう。二機は空中で一旦離れるとすぐに再接近して剣で斬り合い始める。

 機体のパワーアップに伴いエーテルアロンダイトも巨大化し外見も禍々しいものに変化していた。


『そらそらどうした。俺を倒すんじゃなかったのか? そんな貧弱な攻撃で俺を倒せると本当に思っているのか? 俺をもっと楽しませてみろ、ハルトォォォォォォォォォォ!!』


「……くっ、やろう!!」


 こいつはまずい。圧倒的にヤツの方がパワーが上だ。

 ヤツは再生したエーテルハイロゥから大気中のエーテルを吸収してエネルギーを補充しているから、事実上パワー切れを起こすことも無いだろう。

 長期戦は不利だ。けれど短期決戦をしようにも今の<サイフィードゼファー>にはヤツを一気に倒し切る火力はない。

 まだ<カイザードラグーン>が到着するには時間が掛かるし、それまで何とか持ちこたえないと。


『何を呆けている。諦めるにはまだ早いんじゃないのか?』


「――っ!」


 エーテルアロンダイトの攻撃に弾かれ距離を取られる。追撃に備えるがアインはその場に留まり機体の出力を上げ始めた。


『これはまだ見せた事がなかったな。エーテルアロンダイト出力最大』


 エーテルアロンダイトから発生した黒いオーラが<ベルゼルファーノクト>を包み込み、機体周囲に強力なバリアが展開される。

 それを見て既視感を覚えた。リンドブルムを人型形態で繰り出す瞬間に非常に似ていたのだ。


「まずいっ!!」


『これに耐えられるか? ヨルムン……ガンドォォォォォォォ!!』


 剣先を俺に向けたまま黒いオーラを纏った<ベルゼルファーノクト>が弾丸のように突っ込んで来る。

 咄嗟に回避は不可能だと判断し防御系スキルを発動、剣を構え全ての力を防御に回した。

 その直後コックピットに凄まじい衝撃が走りアラートが鳴り響く中、俺は真下に広がる海へと落ちていった。




 <ベルゼルファーノクト>が放った術式兵装ヨルムンガンドの直撃を受けた<サイフィードゼファー>は撃墜を免れたものの、その圧倒的な突貫攻撃により海に落下し沈んでいった。

 

「手応えはあったはずなのに機体は原型を留めたままだったな。あの一瞬で回避から防御へ切り替え全ての力を集中したのか。――ハルト……それだけの戦闘センスを持っていながらどうして分からん。戦いの中でこそ俺たちは最も充実できるんだ」


 アインが独りごちているとコックピットに敵機接近の警報音が鳴る。エーテルレーダーには高速で接近する反応があった。

 

「あれは……何だ?」


 モニターに映ったのは白い飛竜のような機体だった。それは<サイフィードゼファー>を追うように海中に突っ込んで行き反応が消えてしまう。

 謎の乱入者にアインは一瞬驚いたが少しずつ胸がざわつくのを感じていた。


「さっきの機体はハルトを追って海中に潜ったのか? ……まさかっ!?」


 その時、眼下に広がる海原が光り始める。その輝きが増していくと一定範囲内において海が真っ二つに分かれた。

 海のクレバスからは光が溢れ空を照らし、その光の中から人型のシルエットが姿を現す。

 全高二十メートル近くもある人型のそれは光の翼を展開し、両腕を前で組みながら威風堂々とその姿を見せるのであった。

 光の翼を羽ばたかせアインと同じ高度まで上がると、二機は深紅のデュアルアイで睨み合う。


「ハルト……随分と派手な再登場だな」


 アインは目の前にいる機体に言い放つ。するとその白い機体――<カイゼルサイフィードゼファー>の操者の姿がコックピットモニターに映る。

 そこには気合いをみなぎらせるハルトの姿があった。


「待たせたな、アイン。この<カイゼルサイフィードゼファー>でお前を倒す! お前と俺の格の違いってやつを嫌というほど味合わせてやるっ!!」


「いいだろう。この<ベルゼルファーノクト>でその白い竜を斬り刻んでやる! 決着をつけるぞ、ハルトォォォォォォォォ!!」


 <サイフィード>と<ベルゼルファー>――その二体の竜機兵は兄弟機として生み出された。

 しかし運命の悪戯によって引き裂かれた兄弟は別々の道を歩むことになる。

 <サイフィード>は生まれた場所である『アルヴィス王国』の守り手となり、『ドルゼーバ帝国』に奪われた<ベルゼルファー>は敵味方から恐れられる存在となった。

 兄弟竜は『第四ドグマ』にて刃を交え、死闘の末<サイフィード>が勝利を収めた。

 そして新たな力を得た二機は紆余曲折を経て再びこの地で激突する。


 世界救済の祈りと願いを込めて造られた六機の竜機兵。その中でプロトタイプにあたるこの二機はそれぞれ異なる進化を果たした。

 白き竜は本来の願いを成就すべく多くの人々の協力によって聖なる竜へと進化した。

 黒き竜は古より世界を統べる者たちの力を取り込み異形の怪物へと進化した。

 何よりも決定的に違ったのは契約を交わした主の存在であった。

 皆の願いを背負い戦いを終わらせようとする転生者の少年――ハルト・シュガーバイン。

 この世界と自分の運命を呪い戦いの中にのみ己の存在意義を見出そうとする少年――アイン。

 

 対極の存在となった二組の竜と少年の戦いは、ここから終局へと向かっていく。

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