第210話 ナグルファル発進

 ハルトに対してはアインを当てるという形で意見がまとまろうとしていた時、今まで沈黙を守っていたヒュンフが異論を唱えた。


「僕は反対だね。あいつには……ハルトには僕も煮え湯を飲まされたんだ。部隊を全滅させられ、僕はヤツに敗北しただけじゃなく同情までされたんだぞ。こんな屈辱があってたまるか! ハルトとは僕がやらせてもらうよ」


「――ふざけるなよ、ヒュンフ。俺の方が先だ。それが不服だと言うのなら、ここで俺と戦って勝ってみせればいい」


「上等だよ! どれだけ改造されたか知らないけど、君の<ベルゼルファー>は所詮型落ちの機体。そんなもので僕の<ベオウルフ>に勝てるものかよ」


 いがみ合うアインとヒュンフ。一触即発の二人に対し他のメンバーは止めても無駄だと思いさじを投げている。

 そこに一石を投じたのは<ベルゼルファー>の調整をしていたミカエルだった。


「実にくだらない話だ。二人で同時にかかればいいだろう」


「そんな卑怯な真似ができるか! 一対一で戦わなければ意味がない」


「僕も同意見だ。それで勝ったとしても僕があいつより優れているという証明にはならないじゃないか!」


 ミカエルに対し同時に反論する二人。その息の合った様子を目の当たりにしてミカエルはまともに関わるだけ無駄だと感じるのであった。

 その後しばらく二人は言い合いを続けたが最終的には当初の予定通り、アインがハルトと戦う形で決着した。


 それから数日後、『ドルゼーバ帝国』の前線基地から何隻もの飛空艇が浮上し『アルヴィス王国』目指して飛んでいった。

 その中に一際巨大な飛空艇<ナグルファル>の姿があった。

 ブリッジではドラゴンキラー部隊の隊長兼船長のゼクス・オーガンと副長のアリアナ・ズィーベンが作戦の話をしている。


「連中も馬鹿ではない。既に我々の動きを察知しているだろう。先の戦いで連中は王都やその周辺で多くの被害を受けた。国内での戦闘は避けたいと考えるはず。そうなると、戦場になるのは『ドルゼーバ帝国』と『アルヴィス王国』の間にある海上だろう。あの辺りには装機兵を隠せる無人島がいくつもある。奇襲攻撃には注意せねばならんな」


「オーガン船長、『アルヴィス王国』は王都がほぼ壊滅し騎士団も相当の被害を受けています。此度の我々の戦力であれば簡単に彼等に止めを刺せるはず。――そのように他の部隊は考えているようですが、船長はそのようには考えていないのですか?」


「それで済むのなら、とうの昔に王国は落ちているよ。あの国の本当に恐ろしいところはドグマの技術力などではない。その裏で脈々と受け継がれる意志の強さだ。それは時々奇跡とも呼べる凄まじい力を生み出す。――油断をすれば全滅するのは我々の方だ」


「肝に銘じておきます」


 ゼクスは船長席の背もたれに体重を預けると、鋭い目つきでブリッジの外に広がる鉛色の空を見つめる。

 北国の『ドルゼーバ帝国』は一年を通して寒く、大地には常に雪が積もっているため作物が育ちにくい土地であった。

 そのためかつての帝国は長い間、貧困に苦しんでいた。しかし国内の技術力向上に伴い食糧問題は解決しつつある。


「この国は既に食糧問題の目処がついている。貧困に苦しみスラムで育つ子供も年々減ってきている。それらの問題解決の為に他国に侵略戦争を仕掛ける必要性は事実上消滅したと言っていい。それでも我々がそれを止めないのは、帝国という国が人々が満たされるという感情を失っているからなのだろうな」


「それはつまり、我々がいる限り世界に平和は訪れないということですか?」


「……それは分からんよ。『ドルゼーバ帝国』が目指すのは世界の統一。そして、その先にある世界崩壊からの脱却だ。我々が成すのが革命か破滅かは後の世が証明してくれるだろうな」


 ゼクスの言う『世界崩壊』という言葉を聞いてアリアナとブリッジ内クルーの表情が緊張で強張った。少し間をおいて恐る恐るその物騒なキーワードについて訊ねる。


「あの話は本当なのでしょうか。この世界が既に何百回も滅びリセットされてきたなどと。この部隊のメンバーが集められた際に唐突に説明されたのでにわかに信じがたいのですが」


「……以前からそのような話は上から聞かされていた。我々に協力してくれている『クロスオーバー』からの情報らしい。――この件に関して詮索するのは後にしよう。この世界の真実がどのようなものであろうと、我々が今成すべきことは『アルヴィス王国』との戦に勝利する事だ。まずはそれに集中しなければならん」


「――了解しました、船長」


 雪が舞う空の中を飛んでいく『ドルゼーバ帝国』の飛空艇編隊。

 海上の小さな島々を舞台とした両国の大規模戦闘が始まろうとしていた。そして、竜の部隊と竜を狩る部隊の因縁とも言える死闘が始まる。

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