第206話 ティリアリア操者になる

「ふむ……どうやらグランバッハの血筋以外の者でも<ティターニア>に乗れるようにするプログラムのようじゃな。クラウスは、このデータがわしらに渡れば機体を悪用されることは無いと考えたのじゃろうな」


「そっか……クラウスさんはそこまで考えていたんだね。転生者のことまで予想していたし、驚きだよ」


「あいつはそういうヤツじゃ。誰よりも先を見通す目を持っていたんじゃよ……本当にあいつらしいわい」


 さっきまでクラウスさんが映っていたモニターを見ながら、そう呟くマドック爺さんの声はとても穏やかなものだった。


「<ティターニア>はメンテナンスをすればすぐにでも使用可能よ。後は操者を誰かにするかだけど、術式兵装の使用をメインとした機体だからマナが高い人物でないと性能を発揮できないでしょうね」


「それに関しては後々考えるか」


 シェリンドンと<ティターニア>の今後の運用を話し合っているとティリアリアが真剣な面持ちでやって来た。

 彼女の後ろにはクリスティーナとフレイアが続いている。


「あの……私を<ティターニア>の操者にさせてください!」


「「――はい!?」」


 ティリアリアの突然の操者になる発言に対しシェリンドンとハモって反応する。俺はシェリンドンと顔を見合わせるとティリアリアの真意を問うことにした。


「ティアもよく知っていると思うけど、装機兵に乗って戦うのは危険なことなんだよ。お前がわざわざそんな事をする必要なんてないんじゃないか?」


「それは違うわよ、ハルト。私だからやらないといけないのよ。私はずっと<オーベロン>の影に怯えて過ごしてきたわ。でもお爺さまのメッセージを聞いて、真実を知って思ったの。私が本当に怖かったのは自分の弱さ。そんな私が引き起こしたこれまでの世界での悲劇。<オーベロン>は私のせいで本来の使命を全うできなかったのよ。でも今の私はこれまでとは違う。真実を知って自分がするべきことが見えた気がするの。――それを成し遂げるためには力がないといけない。だから、そのためにお爺さまが残してくれた<ティターニア>の操者にしてほしいのよ」


 ティリアリアの目は真っすぐに俺を捉えていた。その目はあの日と同じものだった。

 俺がこの世界で初めてティリアリアと出逢った日。彼女からドラグエナジスタルを託され、初めて<サイフィード>を動かした日。

 ――俺にとって全てが始まった日。

 

「――本当にいいんだな?」


「ええ、絶対に後悔しない。皆の足手まといにならないように頑張るわ」


 俺の根負けだ。この真剣な目をした時のティリアリアはこっちが何を言ってもてこでも動かないだろう。

 それに理由が単なる頑固なわけではなく、考え抜いた上での確固たる意志によるものなのだから無下に否定できるわけもない。

 

「分かったよ、<ティターニア>はティアに任せる。そうと決まれば、まずはしっかり休んで体調を万全にすること。そうしなけりゃ、俺がエルマさんにどやされる」


 グランバッハ家のメイド長の雷が落ちる様を想像し俺は震えた。それにティリアリアが装機兵に乗って戦うことを認めたと知られたら、最悪命を取られかねないだろう。

 俺が震えているのを見てティリアリアたちが苦笑しており、彼女たちが救いの手を差し伸べてくれた。


「心配するな。エルマメイド長には私から何とか言ってみるさ」

 

「そもそも私が言い出したことなんだし私からエルマに話すわ。ハルトもフレイアも心配しなくて大丈夫よ」


 こうしてこの場は解散となった。

 <ティターニア>は『第一ドグマ』に運ばれメンテナンスを受けることとなり、俺たちはエルマさんのもとへ戻った。

 そして――。


「まったく何を考えておられるんですか!? いくら大旦那様が残された遺産だとは言え、それにティリアリア様が乗って戦うなどと……。それにハルト様とフレイアが付いていながらどうして止めなかったのですか! いいですか、ティリアリア様。グランバッハ家のご令嬢として――」


 結局皆して滅茶苦茶怒られた。ティリアリアとエルマさんは一晩中口喧嘩を続け、俺とフレイア、それにその他のメイドさんたちは二人の怒号を聞き続けるはめになったのだ。

 そして、この戦いを制したのはティリアリアだった。あのエルマメイド長を黙らせた我が嫁を見て俺は思うのだ。


「今後絶対逆らわないでおこう。絶対勝てん」




 それから数日が経過しメンテナンスを受けた<ティターニア>の試運転が、『第一ドグマ』の地上テスト場で始まろうとしていた。

 勿論搭乗しているのはティリアリアだ。

 その相手として<グランディーネ>が選ばれ、二機は互いに向き合うようにして立っている。

 テスト場は巨大なドーム状になっており、外から内部の状況が分からないようにしている。要は機密保持の為だ。

 俺は万が一の場合に備え<サイフィードゼファー>に搭乗して試運転を見守っていた。

 テスト場に設置されている管制室ではシェリンドンを始めとした錬金技師たちがテスト中の指示と情報収集を行っている。

 ついでに竜機兵チームメンバーとシリウスとセシルさんも集まり観戦していた。皆の声がコックピットに聞こえて来る。


『そう言えば、<ティターニア>って支援特化の機体なんだろ? こんな実戦形式のテストなんてあまり意味ないんじゃないのか。やるんなら歩行や飛行とかの機動訓練とか破損した機体を用意して修復するとか、そういう内容が実際の運用に適してるだろ?』


 訓練校で様々な訓練をしてきたフレイの言うことはまともだった。事情を知らない人間からすればそう思うのが当然だ。

 あの機体を設計開発したクラウスさんもそのように思うだろう。

 だが、ティリアリア・グランバッハという操者を得て<ティターニア>は大きく生まれ変わった。

 この試験はそれを確認するためのものなのだ。

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