第205話 クラウス・グランバッハの真実③

 クラウスさんのメッセージ内容は更に核心に迫っていった。


『私が『クロスオーバー』を去って数十年が経過したある日、かつての仲間が私のもとを訪れ警告をしてきました。これ以上、新人類の急激な技術レベル向上を促すのは止めるようにと言ってきたのです。ガブリエルが新人類支配に動き出すまで猶予が無いと考えた私は、錬金技師仲間とかねてから構想を練っていた竜機兵開発計画を実行に移しました。人と装機兵が共に成長する想いと強さを兼ね備えた新しい力。『クロスオーバー』の戦力に対抗しうる希望の力。竜機兵は核となるドラグエナジスタルの成長次第では熾天セラフィム機兵シリーズとも互角以上に渡り合える可能性を秘めています。しかし、その段階に成長する前に彼等が本格的に動き出せば対抗するのも難しい。そこで私は独自にある計画を進めていました。それは熾天機兵の技術を応用した装機兵の開発でした。竜機兵が成長するまでの『アルヴィス王国』の守り手として、私は妖精王<オーベロン>と妖精姫<ティターニア>の二機を完成させました。<オーベロン>は拠点防衛用の殲滅力特化の機体で、<ティターニア>は装機兵の修復機能とエーテルエネルギーを回復させる支援特化の性能を持っています。特に<ティターニア>の支援機能は、いずれ完成する竜機兵との連携で役に立つでしょう』


「知らなかった……<オーベロン>って本来はそういう機体だったのか」


「それに<ティターニア>の能力は竜機兵チームに組み込んだ場合強力な戦力になるよ。味方を修復できる機体は現在<アクアヴェイル>だけだし、もう一機回復能力のある装機兵がいれば戦略に幅ができる」


 シリウスの言うことはもっともだ。チームに回復役が二人いれば片方が傷ついたとしても、もう片方でカバー可能になる。

 そうなればチームの生存力が段違いに高くなるだろう。<ティターニア>が加われば今後の戦いがかなり楽になるはずだ。


『――この二機については時が来るまでの間、第三者による悪用を避けるため、起動には私の遺伝子情報を必要な設定にしました。これにより私か私の血縁者にしか動かすことはできません』


「だから私は<オーベロン>を操縦できたのね。お爺さまの孫だから」


「わたくしは<アクアヴェイル>の操者になっていましたが、状況次第ではわたくしが<オーベロン>に乗っていた可能性もあったのですね」


『これによって私の娘たちや孫たちに多大な迷惑をかけてしまうかもしれません。――それでも彼女たちであればきっと分かってくれると信じています。皆、この世界を愛し人を愛することが出来る立派な人物に成長してくれたと思うから。<オーベロン>と<ティターニア>は愛する者たちを守るための力なのだと分かってくれると信じているから……』


 画面に映るクラウスさんは優しい眼差しを孫たちに向けている。この映像を撮影した時の彼が何処まで考えていたのかは分からない。

 それでも彼の孫であるティリアリアとクリスティーナがこの場に立ち会い、祖父の残したメッセージを受け取ったのは偶然ではないと俺は思う。

 しんみりしているとクラウスさんの映像が再生されているのとは別のモニターで装機兵の設計図のデータが再生され始めた。


『このメッセージが再生されているということは――そこにいるな、マドック』


「――!?」


 突然名前を呼ばれてマドック爺さんが驚く。


『あのパスワードの意味が分かるのは我々四人だけだ。ロムとガガンはこういう機械のことはよく分からないだろうから、扱えるのはお前だけだろう。今、<オーベロン>と<ティターニア>の設計データを再生させた。今後の戦いに活かしてくれ。お前ならきっと良い方向にこの力を使ってくれるはずだ。――それと、大事な話を今まで黙っていてすまなかった。お前たちと一緒に過ごした日々が楽しくて、そんな生活が壊れるんじゃないかと怖くて……どうしても言い出せなかった。……本当にすまない』


 爺さんは皆に背中を向けるとサングラスを取って目元に手を当てていた。そこから時々嗚咽が聞こえて来る。


「クラウス……このバカもんが……そんな大事なことを死んでから伝えるなんて……大バカ者じゃ……お前がどこの誰であろうと、わしらが親友であることは変わらんじゃろうに……ぐ……うう……!」


 シェリンドンは泣きながらマドック爺さんの背中をさすっている。しばらくして爺さんは少しずつ平静を取り戻していった。

 メッセージ映像が再開し、画面の中のクラウスさんの表情が重々しいものに変わる。


『あなた方がここに来た時、私が考え得る中で思わしくない状況に陥っていたとしたら、既に『テラガイア』では未曾有みぞうの混乱が生じていることでしょう。そして、その中でシステムTGが最後の手段を行使していれば、上位世界から転生者を召喚しているかもしれません。彼等が持つイレギュラーな要素が世界崩壊のプログラムを破壊できる可能性を持っているからです。――そのプログラムとは、世界再生時に散布したナノマシンに内蔵されていたものです。世界が再生され新たな人類と文明が栄えた時、彼等が問題行動を起こす事態に備え仕組まれていた悪魔のプログラムです』


 俺たちはゾッとした。恐らくそれがこの世界を幾度となく崩壊に導いてきた事象の正体だからだ。

 そんなものが最初から設定されていたなんて――。


『このプログラムは発動後、『テラガイア』全域において様々な形で自己崩壊を発生させます。例えば天変地異が発生したり、特定の人物に異常なエネルギーが集中し破滅行動を起こさせたり……どのような結果でも世界の崩壊は免れないでしょう。このプログラムの存在を知っているのは『クロスオーバー』内でもごく少数……私とガブリエルの二人だけ。システムTGですら認知していないものなのです。そしてプログラムを発動できるのは惑星周囲に設置されたオービタルリング内にあるメインコンピュータのみ。実行できる者は自ずと限られます』


 クラウスさんは地上で暮らしていたし世界崩壊が繰り返されるようになったのは彼の死後だ。

 つまりその悪魔のプログラムを発動させ、八百回以上もこの世界を崩壊させてきた人物は――。


「――ガブリエル」


 『クロスオーバー』の実質的なリーダー自らがこんな非道なことをやってきた。常軌を逸しているとしか思えない行為だ。


『もしも転生者の方がこの記録を観ているのならお願いしたい。――この世界を救って欲しい。私が愛する友と家族たちが生きるこの世界を守って欲しいのです。別の世界から呼び出されたあなた方にしてみればいい迷惑だとは思います。それを理解した上で頼みたいのです。私がしてきたことはこの世界を守りたいと思う一方で、装機兵という危険な力を成長させる行為でもありました。でも……それでも私はこの世界が愛しいのです。私は間もなくこの世界から去ることになるでしょう。私ができるのはここまでです。この世界を……『テラガイア』の未来を……お願いします』


 クラウスさんは深々と頭を下げてメッセージ映像は終了し、ティリアリアとクリスティーナは両手で顔を覆って泣いていた。

 その傍らでフレイアが二人の肩に手を添えている。

 モニターからクラウスさんの姿が消えると画面一杯に膨大な量のデータが再生されていく。

 マドック爺さんとシェリンドンがそのデータを確認していった。


「クラウス……確かに受け取ったぞ。このデータは決して無駄にはせん……この世界を未来に繋げるために使わせてもらうぞ」


「技師長、このデータを見てください」


 シェリンドンが、とあるデータを爺さんに確認してもらっている。俺もそれを見てみると<オーベロン>と<ティターニア>に関する情報が記載されていた。

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