第十二章 竜を滅する者

第202話 妖精姫ティターニア


 王都を取り戻した俺たち『聖竜部隊』は、『第七ドグマ』や合流した王都騎士団の戦力により王国に入り込んでいた帝国の装機兵部隊を掃討した。

 それから『第一ドグマ』を解放し王都の住民たちと再会を果たした。

 王都『アルヴィス』において建物の多くは破壊されてしまったが、無事だった人々の力によって早々に復興作業が開始されている。


 ノルド国王が亡くなったことが発表され、当面の間はシャイーナ王妃が国王代理として国のトップを務めることになった。

 まだ正式には発表されてはいないが、ある程度落ち着いたらクレイン王太子が正式に国王に任命されるらしい。

 王都に帰還を果たした王都騎士団ではロム卿やジェイソン騎士団長が王都を守れなかった責任を取りたいと申し出ていたが、シャイーナ王妃に諭され責任問題は不問、二人にはこれからも国を支えてもらいたいという流れになった。

 それにより王都騎士団は二度と敵の侵入を許すまいと士気が向上している。


 ティリアリアは救出直後こそ衰弱が見られたが、休息を取りご飯もしっかり食べてわずか数日で元の健康体に戻った。

 現在療養している<ニーズヘッグ>の医務室とも今日でおさらばだ。


「一時期はどうなるかと思ったけど、もう大丈夫そうだな」


「ええ、もうばっちりよ。エルマたちが色々とお世話をしてくれたから元気になったわ」


 エルマさんを始めとするグランバッハ家のメイドさん達は、屋敷の近くに『第一ドグマ』への避難通路があったこともあり全員無事だった。

 『第一ドグマ』にいた期間は他の家のメイドたちと一緒に住民の世話をしていたらしい。

 その甲斐あって避難していた人たちは大きなパニックになる事も無く皆で協力をして生活を送っていたそうだ。


 ちなみにシリウスとセシルさんは俺たちが王都に帰還してすぐに合流した。

 ジュダスの手から逃れた二人は『第一ドグマ』への避難が間に合わず、王都内に潜伏していたとのことだった。

 この二人に関しては特に心配はしていなかったが、今回の件で俺の想像以上にたくましいということが分かった。


 王都に戻って来てからのことを色々と思い返しているとティリアリアが俺の顔を覗き込んできた。

 こうして彼女と顔を合わせる度に無事に再会できたことが嬉しくて堪らない。そんな事を思っているとティリアリアが顔を赤く染めていた。


「どうしたんだよ、突然顔を赤くして」


「だって……最近のハルトは私を見るといつもにこにこしてるから……そんな顔されたらこっちだって嬉しく思っちゃうでしょ? だから……ん……」


 ティリアリアが目を瞑って唇を軽く閉じる。

 これはつまりそういうことだ。そう言えば王都を脱出して意識を取り戻してからずっとバタバタしていて、こういうことはしばらくご無沙汰だった。

 久しぶりなので少し緊張するが、俺は少しずつ顔を彼女に近づける。


「――そういうことは自分の部屋でやってくださいね。ここは治療する場所であって愛を育む所ではないので」


 医務室勤務の看護師さんに怒られ久方ぶりのキスは未遂に終わった。

 各ベッドはカーテンで仕切られており、こんなムードになったもんだからすっかり個室気分になっていた。


「すんません」


「ごめんなさい」


「まったくもう! それだけ元気ならもう大丈夫ですね。予定通り午前中で退院になります。――はあ、私も彼氏ほしいな~」


 時と場所をわきまえなかった俺たち二人は謝罪しティリアリアは無事に退院した。   

 その時にはフレイアやエルマさんたちが迎えに来て『第一ドグマ』にあるティリアリアの部屋へと帰宅した。

 荷物を整理しているとフレイアが俺とティリアリアにとある話を持ち出す。


「ティリアリア様、今からマドック錬金技師長が<オーベロン>が安置されていた例の地下施設に向かうそうです。それでティリアリア様にも是非同行して欲しいとのことなのですが如何しますか? 身体がお辛いようでしたら無理をしない方がいいと思いますが……ちなみにハルトは強制参加だ」

 

「行くわ! あそこにはまた行かなければいけないと思っていたから」


 間髪入れずにティリアリアが施設に向かう意思を見せるとエルマさんが怒っていた。


「お嬢様、何を仰っているんですか! ついさっき退院したばかりだというのに。……私は絶対に行かせませんからね。今日はしっかり療養していただきます。そこに行くのでしたらもっと体調が良くなってからでもよいではありませんか」


「ごめんさない、エルマ。でも、その施設にはお爺さまが関わっている可能性が高いのよ。だから一刻も早く私は知りたいの、お爺さまの事を。そしてグランバッハ家の血の宿命を……だから行かせて……お願い!」


「大旦那さまが……分かりました。フレイア、お嬢様のことをくれぐれもお願いしますよ」


「無論、最初からそのつもりです。任せてください、エルマメイド長」


「あの……俺も行くんですけど……」


「頼みましたよ、フレイア」


「エルマさん!? ちょっと無視しないでくださいよ!」


 こうして俺とティリアリアとフレイアの三名は集合場所である『アルヴィス城』に向かった。

 こうしてここに来るのはティリアリア達を会議に送った時以来だ。あの時に比べると城も王都もすっかり様変わりしてしまった。

 城の入り口から街を眺めると周囲の建物はほぼ全てが壊れていて所々に戦いの爪痕が残っている。

 ただ、そのような中で沢山の人々が再びあの頃の街を蘇らせようと頑張っている姿が見える。

 それを目の当たりにするとこんな状況でも未来への希望というものが湧いてくるのだ。


「あっ、ハルトたちが来ましたよマドックさん」


「おお、そうか。ティリアリア嬢ちゃん、すまんかったの退院した直後だというのに来てもらって」


 城の前には既にマドック爺さんを始め、シリウス、セシルさん、クリスティーナ、シェリンドンの他数名の騎士や錬金技師たちの姿があった。


「いえ、誘っていただいてありがとうございます。メンバーは私たちで最後ですか?」


「うむ。全員揃ったことだし早速現場に向かおうかの」


 大所帯で城の中に入り地下に行くと例の地下施設に通じる隠し通路があり、俺たちはそこを進んでいった。

 話によると、王都奪還後すぐにこの地下施設の捜索は行われていたそうで安全面は問題ないらしい。

 今回はマドック爺さんやシェリンドン、クリスティーナにティリアリアという重要人物がいるため護衛として騎士が同行している。


「そう言えば地下施設の捜索が行われた際、驚きの発見があったんじゃよ」


「それはいったい何だったの?」


「それは到着してからのお楽しみじゃ。わしも報告で知ってはいるが現物を見るのは初めてなんじゃよ」


 安全は確定している為、道中の雰囲気は和やかだ。そして、俺たちは大きな扉の前へと到着した。

 扉の付近にある端末にシェリンドンがパスワードを打ち込むと扉は自動で左右に開いていく。

 ティリアリアは緊張した面持ちをしていた。彼女にとってはジュダスによって<オーベロン>に組み込まれた場所だ。

 そんな苦い思い出があるだけに本当なら近づきたくもない場所だったはず。

 それでも来たのは<オーベロン>を造ったのが彼女の祖父であるクラウス・グランバッハの可能性があるからだ。

 それはつまりクリスティーナにとっての祖父でもあるわけで、その件をティリアリアから聞いていた彼女も複雑な表情をしている。


「では進もうかの」


 扉の奥に進んで行くと、そこは巨大な格納庫になっていた。確かにこの大きさなら一般的な装機兵の倍以上のサイズを誇る<オーベロン>も収容可能だろう。

 しばらく歩き進めると恐らく<オーベロン>がいたであろう巨大なハンガーが設置されていた。

 

「ジュダスはここで<オーベロン>を見つけたんだな」


「彼にとってはこの地下施設は宝箱のような物だったのかもしれないね。でも、結局<オーベロン>には世界を統べる力は無かった。彼はゲームで圧倒的力を持っていたあの機体に妄信的になっていたんだろうね」


 いつの間にか隣にいたシリウスが主を失ったハンガーを見て呟く。

 その目はどこか遠くを見ているようだった。その何処か悲し気な表情は俺が知っているシリウスの――黒山のものではないような、そんな気がする。


「どうしたんだい、人の顔をじっと見て。僕の顔に何か付いてる?」


「いや、別に付いてないけど……なあ、お前黒山……だよな?」


「え……?」


 黒山もといシリウスがきょとんとした顔をする。それを見て俺は我に返った。


「あ……ごめん、俺は何を言ってるんだろうな。お前はシリウスだけど黒山であることに違いはないんだもんな……はは……ホント何言ってんだろ」


 どうしてこんな事を言ったのか自分でも分からない。でもあの一瞬、俺が知らない親友の顔を見て何とも言えない不安を感じたのは確かだ。

 そんな不安感を振り払うように奥に歩いて行くともう一つハンガーがある事に気が付く。

 そこには既にマドック爺さんやシェリンドンがいて何かを見上げているようだった。

 爺さんたちに遅れてそこに到着すると、一機の装機兵が佇んでいることに気が付く。


「爺さん……これは……?」


「こいつがさっき言った驚きの発見の正体じゃよ。この地下施設では<オーベロン>の他にもう一機の装機兵が造られていたんじゃ。それがこの機体――妖精姫ようせいき<ティターニア>じゃ」


「妖精姫……<ティターニア>……」

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