第200話 新たなる聖剣

 飛空要塞は徐々に傾いていき、所々に散乱していた建造物の破片が振動しながら地面を移動していく。


「何が起きたんだ。<フリングホルニ>が傾いている?」


 ハルトたちが状況の変化に戸惑っているとアメリが血相を変えて現状報告をする。その内容は絶望的なものであった。


「大変です! <フリングホルニ>の動力部が破壊されて全てのエーテル供給がストップしました。既に落下を開始しています。皆さん、早く<ニーズヘッグ>に戻ってください。本船は竜機兵チーム回収後、この空域を離脱します」


「待ってくれ、この下には王都がある。このまま落下すれば王都が壊滅するぞ」


「確か飛空要塞一隻分の落下エネルギーなら地下にある『第一ドグマ』には影響はないんだよね。それなら――」


「確かに地下にいる民は無事ですわ。でも飛空要塞が落下すれば地表にある王都は完全に壊滅し、人が住める環境ではなくなるでしょう」


「そんな……なんとかならないの!?」


 飛空要塞に残っている竜機兵チームのメンバーは王都が潰される状況を想像し奥歯を噛む。

 <ニーズヘッグ>では状況整理を行いつつハルトたちに帰船の命令を出し続け、ブリッジではクルーたちが悔しさと悲しみが入り混じった表情をしていた。

 一方、飛空要塞の動力を破壊したジュダスは不穏な笑い声を出していた。


「ふふふ……、あはは……! 消えろ……消えろ……全部消えて無くなってしまえ……僕を否定するものは全部……消えればいいんだ」


 それを聞いたパメラが涙を流しながら怒りの形相で<グランディーネ>を<オーベロン>に向かわせようとする。

 

「この……あんたはどれだけ他人を陥れれば気が済むのよ。あんたのせいで王都が……!」


「やめておけ、パメラ。それよりも皆は早く<ニーズヘッグ>に戻ってくれ」


 ハルトはパメラを制し母船に戻るように諭す。その眼には絶望の色は無く気迫がみなぎっていた。シオンは彼が諦めていないことに気が付き真意を問う。


「ハルト……何か策があるのか?」


「――黄金の園を使う」


「なっ! 危険すぎますわ。あの術式兵装は機体への負担が大きすぎて封印されていたはずです」


「そうだよ。それに成功したとしても、こんな大きな要塞を破壊するなんて無理だよ!」


 以前『オシリス』で使用した禁断の術式兵装を再び使うというハルトの言葉に全員が驚き止めに入る。

 しかし彼の意志は固く、その決意は揺るがなかった。


「大丈夫、問題ないよ。<サイフィード>の時は機体が黄金の園を扱える仕様じゃなかったからお蔵入りになったけど、<カイゼルサイフィードゼファー>は黄金の園の使用を前提とした調整がされている。あとは<フリングホルニ>を破壊できるパワーがあるかだけど――」


 ハルトはモニターの向こうにいるシェリンドンに視線を送ると、彼女はハッとして船長席に備えてあるコンソールで計算を始めた。

 その計算が終わるのを全員が息を呑んで待ち、数秒後にその時がやって来た。

 計算結果を見たシェリンドンの表情に希望の色が窺える。


「…………いけるわ。<カイゼルサイフィードゼファー>の出力は当初の想定値を大きく上回っている。それを加味して黄金の園の破壊力を計算し直したら、<フリングホルニ>を破壊できる数値が出たわ」


 その時マドックの姿が各機のモニターに映る。その奥には装置から助け出されたティリアリアと彼女を支えるフレイアの姿もあった。


「わしの計算でも飛空要塞を破壊可能という結果が出た。しかし、機体出力が上がった分操者への負担は大きくなるはずじゃ。――ハルト、やれるか?」


「勿論! 最初からそのつもりだよ。俺と<サイフィード>なら気合いと根性で何とかしてみせるさ。――よし、それじゃ早速やりますか。もう時間もあまりないし、ぐずぐずしていたらこの要塞が王都に落ちる。俺はすぐに準備に入るから、<ニーズヘッグ>もエーテルエネルギー照射の準備をよろしく!」


「分かったわ。ハルト君、あなたに任せます。<ニーズヘッグ>は飛空要塞より離脱開始、竜機兵各機は直ちに帰船を。<カイゼルサイフィードゼファー>は指定ポイントに移動しエーテルエネルギーの受信準備に入って」


「合点承知! 皆は巻き込まれないように<ニーズヘッグ>に急いで戻ってくれ」


「分かりましたわ。ハルトさん後はよろしくお願いします」


「頼んだよ」


「思い切りやってしまえ」


「ああ、全力でぶちかましてやるさ!」


 ハルトは<ニーズヘッグ>から指定された場所へと空を飛んで移動を開始する。途中まで行動を共にしていた竜機兵三機は彼に全てを託し帰船した。

 こうして<カイゼルサイフィードゼファー>は飛空要塞の端まで移動すると空中から要塞を見下ろす位置で待機する。

 ハルトが眼下の飛空要塞を見つめ機体のエーテルを高めているとモニターにティリアリアの姿が映る。

 彼女の顔には疲労が見えふらついていたが、その隣ではフレイアが彼女を支えていた。


「無事に装置の中から出られたみたいで良かったよ」


『ええ、皆のおかげよ。――ハルト、頑張って』


 モニターの中でティリアリアが激励を述べながら拳を向けて来る。ハルトもまた彼女が映るモニターに拳を向ける。

 モニター越しに二人の拳がこつんと軽く合わさった。


「任せておけ。この要塞は絶対に王都に落とさせやしないよ」


『うん、信じてる。あなたが無事に戻って来るのをここで待ってるわね』


 ティリアリアとのエーテル通信が終了すると、ハルトは更に気合いを入れて愛機のエーテルエネルギーを高めていった。

 通信を終えたティリアリアは、その直後に倒れそうになるがフレイアがしっかりと支え格納庫の休憩室へと連れていく。


「ティリアリア様、医務室に行きましょう。数日間も機械に繋がれていたんです。無理をしてはいけません」


「ありがとうフレイア――でも、もう少しだけ我儘を言わせて。私は<オーベロン>の最期をこの目でちゃんと見ておきたいのよ。だからこの戦いを最後まで見届けさせて」


 身体は弱っていてもティリアリアの目に強い意志が宿っているのをフレイアは感じ取っていた。

 付き合いの長い二人だからこそ、こういう時のティリアリアはてこでも動かない事をフレイアは知っている。


「……分かりました。ですが身体が限界だと判断したら無理にでも医務室に連れて行きますからね」


「ごめんね、無理を言って。――でも、これまで繰り返されて来た世界で<オーベロン>と私は何度も運命を共にしてきた。だから、私にはあの機体の最期をちゃんと見届ける義務があるのよ」


「ティリアリア様――」


 ティリアリアとフレイアは備え付けのモニターに映し出されている<カイゼルサイフィードゼファー>と<オーベロン>に真剣な眼差しを向けるのであった。


 ティリアリアを始めとする仲間たちが祈る中、ハルトは黄金の園発動の最終段階に入った。

 

「さてと、それじゃあやるぞ<サイフィード>。――ストレージアクセス!」


 <カイゼルサイフィードゼファー>の目の前に複数の魔法陣が出現し、それらが重なっていくと黄金の巨大な魔法陣が生成される。

 その中から武器の柄が出て来るとハルトはそれに手を伸ばした。

 黄金の魔法陣から発せられるエネルギーの反発に逆らいながら<カイゼルサイフィードゼファー>はその柄を握りしめ魔法陣の中から取り出す。

 両手で持った武器のつばの中心にはアークエナジスタルが埋め込まれており、そのエメラルドグリーンの宝石が輝くと膨大なエーテルの刀身が形成され黄金のオーラを放つ大剣となった。


「エーテルエネルギー収束……刀身固定。ドラゴニックウェポン――エーテルエクスカリバーーーーーーーーー!!」


 エーテルエクスカリバーから放出される黄金の光が広がっていき、<カイゼルサイフィードゼファー>を黄金の機体へと変化させていった。

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