第199話 善意はあったんだよ

 腹部に甚大な被害を受けた<オーベロン>のコックピットでは自機の被害を知らせるアラートが鳴り響いていた。

 ハルトに圧倒されている現状に加えて、コックピット内のけたたましい警報音とモニターに映る赤い表示の連続がジュダスを追い詰めていく。


「ちく……しょう。何故だ……何故ヤツに勝てない? 何故僕がこんな惨めな目に遭わなければならないんだ!?」


 答えの出ない自問自答を繰り返しながら目の前にいる白い巨人を見る。そこに答えがあった。


「――そうか。機体の性能差だ。そうでなければ僕があんなモブ野郎に負けるわけがない」


 独りごちながらジュダスは<オーベロン>を<カイゼルサイフィードゼファー>に突撃させる。

 それは戦術とはかけ離れたなりふり構わない特攻であった。

 隙だらけで真っすぐに直進してくる赤い巨人に対し、ハルトは遠距離用の術式兵装を連続でくらわせていく。

 <オーベロン>は攻撃を受けてダメージを負いながらも怯むことなく進みハルト機に組み付いた。


「モブ野郎、その機体を僕に渡せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! その機体があれば僕は神になれ――」


 直後、<オーベロン>のコックピットに『ズドンッ!』という重い音と衝撃が伝わる。

 <カイゼルサイフィードゼファー>の膝部から再びエーテル金属製の杭が打ち込まれ巨体をのけ反らせたのである。

 更に顔面に左ストレートを叩き込まれると赤い巨人は膝を折り動きを止めた。

 

「ぎゃあぎゃあうるさいんだよ、このゲス野郎! 負けそうになったら、今度は相手の機体に鞍替えする気かよ。節操無さすぎて笑うことすら出来ねーよ」


「くそっ、貴様ァァァァァァァァァァァァ!!」


 ハルトは機体を飛翔させ、一旦<オーベロン>と距離を取った。

 エーテルカリバーンにエーテルを集中していくと刀身から黄金の光が溢れ<カイゼルサイフィードゼファー>の全身を黄金色に染め上げていく。

 そして機体を包むように黄金の障壁が展開され、剣の切っ先を正面にいる妖精王に定めて突撃を開始した。


「突っ込むぞ、<サイフィード>! 術式解凍――リンドブルムッッッ!!」


「この――クソモブ野郎がああああああああああああああああ!!!」


 機体を加速させながら黄金の竜は一瞬で間合いを詰めると妖精王の身体にエーテルカリバーンを突き刺し、そのまま押し込んでいった。


「これで終わりだ、ジュダス! うおおおおおおおおおああああああああああああ!!」


 <カイゼルサイフィードゼファー>は<オーベロン>ごといくつもの建造物をなぎ倒しながら突き進んでいき、最終的には飛空要塞中央部の壁に敵を叩きつけて止まった。

 ここまでの過程で黄金のバリアと剣によってダメージを受け続けた<オーベロン>は、装甲表面はほとんど剥ぎ取られ四肢のうち左腕のみがなんとか原型を留めている状態になっていた。


「はぁ……はぁ……終わったな……」


 ハルトはモニターに映る敵操者の姿を見て勝利を確信した。

 リンドブルムが直撃し機体が破壊された衝撃はコックピットにも及び、ジュダスは血だらけになっていた。


「あの時と立場が逆転したな。……そんな状態じゃ、もう戦うことは出来ないだろ。投降しろ、ジュダス。そして法の裁きを受けろ」


「法の……裁きだと? 馬鹿馬鹿しい。国を陥れた……僕に待っているのは死罪だけじゃないか……くそ……まただ……またこんな惨めな目に遭って……ちくしょう!」


 ジュダスは血だらけになりながらも、その眼には憎しみの力がたぎっていた。その眼差しをハルトに向けて憎まれ口を叩く。


「モブ野郎……お前はいいよなぁ。沢山の仲間に囲まれて、聖騎士なんて称号も貰って……順風満帆にこの世界を楽しんでいるじゃないか。それに引き換え僕は独りでこんなザマだ……くくくく……惨めったらありゃしないよ……」


 自嘲気味に笑うジュダスに対しハルトは睨みを利かせながらも冷静に努めて口を開くのであった。


「ジュダス、俺はお前に同情する気はないよ。今のお前の環境を作り出したのはお前自身だ。この世界や人々に心を開いて接していれば、お前も俺と同じような状況になっていたはずだ」


「いや、違うね。僕はお前のように恵まれてなんていなかった。僕はこの世界にも人にも拒絶されたんだよ」


 ハルトは溜息を吐くと会話を再開させる。そこには先程より怒気が込められていた。


「――ジュダス、お前言っていたよな。ノルド国王にクリスを欲しいと言ったって、そしてそれを断られたって。もしもノルド国王がお前の言う通りの愚鈍な王様だったら、お前は今頃処刑されていたと思う。そうでなくても大臣職から降ろされて地位も名誉も失っていたはずだ。単なる大臣が一国の姫をくれと突然言ったんだ。常識的に考えてそんな訳分からんヤツを近くに置いたままにしておくわけがない」


「あっ……」


「でも、ノルド国王はそうしなかった。俺はお前がそんな事を言ったなんて噂すら耳にしたことはなかった。それは、その件をノルド国王が他言しなかったから。――お前を信じていたからそうしたんじゃないのか? お前ならきっと国の為に、皆の為に頑張ってくれると信じていたから心に留めておくだけにしたんじゃないのか? ……お前に対する善意は確かにあったんだよ、ジュダス。それを拒絶したのは誰でもない、お前自身だったんだ」


「うっ……くぅ……そんな上から目線で説教して、さぞかしいい気分だろうなぁ、モブ野郎……!」


「説教……? ふざけんな、説教っていうのは教えを説いて更生させることだろ。俺はお前を更生させる気なんてこれっぽっちもないよ。お前は取り返しのつかない事をした。それによって多くの人々が犠牲になったんだよ。俺はそれを許せないし許すつもりもない。――俺がお前に望むのは、お前がしでかしたことに対し相応の処分が下される事だけだ。残りの命を全て使って罪を償いな!」


「……くっ……」


 ハルトは一切の同情を見せず冷たい目で言い放ち、ジュダスは俯き機体の動きを停止させた。

 二人の戦いを見届けた者たちがこれで戦いが終わったと思った。その時、<オーベロン>が再起動し左手からフォトンソードを発生させる。


「ちっ、ジュダス!!」


 ハルトは<オーベロン>から離れ剣を構えるが敵は向かってはこない。光剣は地面に突き刺され、頭上ではエーテルハイロゥが妖しく輝いていた。

 フォトンソードが最大出力で放出された影響でボロボロだった<オーベロン>の各部で爆発が起きる。

 その意味不明の行動に一同が驚いていると飛空要塞<フリングホルニ>で大きな振動が発生するのであった。

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