第193話 届け、この想い

 飛空要塞に下り立った<サイフィードゼファー>の周りに四機の竜機兵が集まりフォーメーションを組む。

 彼らの前には妖精王<オーベロン>が天使の輪と両翼を羽ばたかせながら立ちはだかる。


「皆、遅くなって悪かったな。それにしてもこの短時間で<フリングホルニ>を沈黙させて<オーベロン>まで引っ張り出すなんて、すごい順調じゃん」


「<オーベロン>に関してはヤツが勝手に出て来ただけだ。――ところで<ブラフマー>はどうした。まさか倒したのか?」


「いや、あいつとの決着は持ち越しになった。詳しい事情は後で話すよ」


 ハルトとシオンのやり取りが終わるとクリスティーナが現在の状況を整理する。

 それによってティリアリアの意識が完全に<オーベロン>に飲み込まれていない事、あともう少しで彼女を目覚めさせる事が出来るかもしれないという事実が周知される。

 その話を聞いていたジュダスは、彼らを嘲笑し挑発してくるのであった。


「ふん、どんなに呼びかけたって無駄だよ。それにお前たちがこっちに攻撃できなくても僕は遠慮なくお前たちを攻撃できるんだ。頭数が増えたところで僕の圧倒的優位は揺るがない!」


「人質を取っていることをよくもまあ、そんな風に悪びれること無く得意げに話せたもんだな。恥ずかしくないのか、お前は。――皆、聞いてくれ。<オーベロン>の前胸部に球体状のパーツがあるよな。あそこにティアが囚われている」


「なにっ!? どうしてそれを知って――」


 ジュダスが思わず口走るとハルトが妖しい笑みを浮かべて彼を見ていた。それに気が付いたジュダスは更に苛立ちを募らせる。


「僕に鎌をかけたのか。この……モブヤロォォォォォォォォォ!!」


「なに人のせいにしてんだよ。お前が勝手に自爆しただけだろうが。調子に乗って喋り過ぎるからそうやって墓穴を掘るんだよ」


 ハルトがわざとらしく笑っていると、クリスティーナが心配そうな表情をして情報の出所を確認してきた。


「まさかとは思いますが、ティリアリアの所在を教えたのはラファエルですか? 彼の情報を信じてもいいのでしょうか……」


 彼女の心配に答えたのはラファエルと直接交戦した経験のあるフレイアとパメラだった。


「クリスティーナ様、確かにあの男は敵ですがわざわざ偽の情報を流すような手は使わないと思います」


「そうだね。だまし討ちとか卑怯な手を毛嫌いする真っすぐな黒ゴリマッチョだったからね。私は信用してもいいと思う。それにジュダスの反応を見た感じだと当たりっぽいし」


 ジュダスの表情は怒りと焦りで非常に歪なものへと変貌している。それを見た竜機兵チームの面々はラファエルの情報に偽りはないと確信するのであった。


「あの球体部分をヤツから取り外せばいいんだな。それならば私が――」


「待てフレイア、話には続きがあるんだ。ティアの意識は<オーベロン>本体に囚われていて、あいつの意識が戻らないまま装置を取り外すと肉体と精神が分断されて二度と目を覚まさなくなるらしいんだ。まずはティアの意識を戻さないと」


「その話を知らなかったら最悪の事態に陥っていた可能性がありましたわね。それにしてもラファエルはどうしてそのような重要な情報を教えてくれたのでしょう?」


「あいつはティアを取り込んだ装置が気に食わないって言っていた。真意は分からないけど、今はそういう理由で教えてくれたという解釈で構わないだろう。――さてと、それじゃあ早速ティアの意識を取り戻しますかね」


「ずっと皆でティリアリアに呼びかけてはいるが……ハルト、どうやって起こすつもりだ?」


 シオンが難しい表情でハルトを見る。それは必死でティリアリアに呼びかけ続けている皆も同じであった。

 全員が注目する中ハルトは大きく息を吸い込む。そして――。


「ティアーーーーーーーーー!! お前、いつまでそんなとこで寝てんだよっ!! 低血圧気味で朝起きるのが苦手だからって、いくら何でも寝すぎだっつーの! とっとと起きて家に帰るぞ! 寝るんなら風呂入ってベッドでちゃんと寝なさいよっっっ!!!」


 全員がドン引きしていた。

 ティリアリアが人質にされシリアス極まるこの状況において全員が彼女の帰還を願い必死に呼びかける中、ハルトはまるで日常生活でうたた寝する彼女を叩き起こすような言動を大声で言い放ったのである。

 とりわけショックを受けていたのはブリッジ要員のアメリとステラだった。

 夢見がちなアメリと以外にも白馬の王子なるものを信じているステラは、この展開でハルトがティリアリアにどういう素敵な言葉をかけるのかと密かに期待していたのである。

 そのような乙女の夢を真っ向からぶち壊すような色気もへったくれも無い言動を聞いて「あんなんじゃ自分だったら目を覚まさないだろうな」と内々に二人は思うのであった。

 他の者も彼女たちと大体同じような感想を持っていた。


 遥か上空で戦況を見守っているシリウスたちも同様の反応をしていた。


「……千年の恋も冷めるような素敵な起こし文句でしたね」


 セシルによる最低評価に頷くシリウスとラファエル。悠久の時を過ごしてきた彼等ですらハルトの意外性に絶句していた。

 

 周囲を凍りつかせたハルトであったがその表情は真剣そのものだ。

 その後も彼女の目を覚まそうと彼の口から出てきたのは彼等の日常生活に絡んだ当人たちにしか分からない話だった。

 <オーベロン>の攻撃が再び始まりエーテル弾の雨の中でもハルトは言い続ける。


「――よーし、分かった! こうまでして起きてこないって言うんならこれでどうだ。この間お前が行きたいって言っていた王都のスイーツ食べ放題の店に連れて行ってやる! すぐには無理だろうけど店が再開したらみんなで一緒に行こう。勿論、俺のおごりだよ! ここまで言われたら起きざるを得ないでしょうよ!!」


 それでもティリアリアの声は聞こえない。その代わりにジュダスの笑い声が戦場に木霊する。


「あはははははははは、なんて情けないんだお前は! 全然モブ聖女に届いていないじゃないか。おまけに物で釣ろうとするなんて情けないね。必死過ぎて見ていて辛くなっちゃうよ。もういい加減諦めたらどうだい?」


「必死で何が悪い! 諦めてたまるもんか。どんなに情けなかろうが、どんなに格好悪かろうが、絶対にティアを助け出す!! あいつがいない未来なんて俺は絶対に嫌だ。<オーベロン>の呪縛から今度こそあいつを助けるんだ。俺が――俺たちがっ!!」


 ジュダスが必死に食らいつくハルトを笑っていると装置内のティリアリアを映すモニターにふと違和感を覚える。

 何事かと思い見てみると彼女の目から涙が流れているのに気が付く。


『ハ……ルト……』


「そんな……バカな……意識が戻りつつあるだと? あんなプライドを捨てた情けない男に反応しているとでもいうのか!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る