第188話 激突再び

 ワイヤーブレード参式を剣の状態に戻しながら右腕を小破しただけの敵を見つめた。


「思ったよりも被害が少なかったか。まあいいや、とりあえず頭一つもらったぞ。とっとと終わらせて仲間の所に行かせてもらう」


『――小僧、何故あの場面で機体じゃなくエーテルハイロゥを狙った?』


 自機を壊されて怒っているかと思いきや以外にもラファエルは冷静だった。それが逆に不気味だが言ってやることにした。


「エーテルハイロゥは熾天セラフィム機兵シリーズのあらゆる性能を底上げする万能の装備だ。逆に言えばエーテルハイロゥが損傷すれば、その恩恵は失われパワーダウンを起こすと思ったのさ。思った通りの結果だったんで良かったよ」


『なるほどな。マドックの入れ知恵か。してやられたぜ』


 勝手な思い込みがあるようなので一応訂正しておくか。


「何か勘違いしているようだけど、エーテルハイロゥが弱点だと思ったのは俺の案だ。それを錬金技師たちに検証してもらって俺の推測が当たっている可能性が高いって言う話になったのさ。ちなみに、その時マドック爺さんは別件で忙しかったんでこの話には一切絡んでない。仲間外れにされたと思って後で怒ってたよ」


『なんだと!』


「さっきも言ったよな。マドック爺さんは他の錬金技師たちを育てているって。爺さんは確かに群を抜いて優秀な錬金技師だが、それ以外にも優秀な人間は沢山いる。それがドグマの錬金技師たちとあんた等オリジンとの差だ。閉鎖的な環境でずっと同じメンバーしかいなかったあんた等じゃ、同じ状況下でも答えが出るのにもっと時間がかかったんじゃないかな」


『ったく耳が痛いぜ。しかし、よく気が付いたな。確かにエーテルハイロゥは諸刃の剣だ。熾天機兵の性能はあれの恩恵が大きい。その分損傷すれば機体の性能が一時的だが低下する』


 その話をしている時に破壊したはずのエーテルハイロゥが再び展開されていくのが見えた。


「やっぱり完全破壊は無理か。一旦壊しても約二分で再生するとかチートじゃん。――まいっか、攻略法は分かったんだからな」


『意外と抜かりねぇな、お前。きっちりと再生時間数えてんじゃねぇよ。――しかし、<シヴァ>と一回戦っただけでエーテルハイロゥの特性に気が付くとはな』


 その話が出た時にあの時の光景を思い出す。俺の目の前で恩師が散ったあの瞬間を。


「あの時の戦いでランド教官は<シヴァ>を自爆に巻き込んだ。それでもヤツはほとんど無傷の状態だったが、何故かパワーダウンを起こしてしばらく満足に戦えないようだった。後になってそれが妙に引っかかって、もしかしたらそれが熾天機兵攻略の糸口になるんじゃないかって思ったんだよ。それで色々考えた結果、エーテルハイロゥに辿り着いた。――お前たちとの戦い方を教官が命を懸けて教えてくれたんだ」


『そうか、まさか俺たちが気にも留めなかった男にしてやられるとはな。だがな、その戦法が何度も通じるとは思っていないだろ。ここからどう戦うつもりだ?』


「どうもこうもあるか。少しずつでもダメージを与えて行けば、その頑丈な機体だっていつかは壊れる。そこまでやってやるさ」


 <ブラフマー>は確かに強い。でも俺にはやらなければならない事が沢山ある。こんな序盤で負けるわけにはいかない。絶対に倒す。

 

「…………」


『…………』


 お互いに声を発することもなく、ただ相手の目を睨み付ける。しばらく睨み合いが続いた時、ラファエルが先に動いた。


『――やめだ』


「――は?」


 突然の戦い終了のお知らせに呆けた顔と声を上げてしまった。この流れで戦闘終了なんてあるか普通?


『この戦いはこんなつまらん状況で決着をつけるような安っぽいものじゃねぇ。時と場所を改めてやり合おうや。お前だって今は俺を相手にするよりもとっとと<オーベロン>とやりたいだろう?』


「別に<オーベロン>と戦いたいわけじゃない。俺はティアを助けたいだけだ。それを邪魔するのなら相手が誰であろうと叩き潰す。あのクソッタレ装機兵を壊すのはそのついでだ」


 俺がティリアリアの名前を言った時にラファエルが何かを考え込むように俯く。再び顔を上げると俺を真っすぐに見つめる。


『小僧、一つ訊かせろ。お前はあの聖女を本気で助け出すつもりなのか?』


「当たり前だろ。そのためにここまで来たんだ。王都もティアも取り返す……絶対に!」


 俺の決意は揺るがない。今度こそあいつを<オーベロン>の呪縛から救ってみせる。


『その目……どうやら意志は固いようだな。それならこれから俺が言うことをしっかり頭に入れな。――<オーベロン>の胸部には球体のパーツが埋め込まれている。その中に聖女の嬢ちゃんがいる』


「な……どうしてそんな事を俺に!?」


『まだ話の途中だ、黙って聞きな。――あの嬢ちゃんの意識と精神は<オーベロン>の中に囚われ本人はずっと眠ったままだ。この状態で無理矢理あの装置を本体から引き剥がせば肉体と精神が離れ離れになって、二度と嬢ちゃんは目覚めねぇだろう。助け出すのなら目を覚まさせてからでないと意味がねぇ』


「どうすればティアは目を覚ますんだ?」


『そんなの俺が知るか。そもそもあの装置に組み込まれた時点で聖女の精神は<オーベロン>に取り込まれ物言わぬ生態ユニットになるはずだった。しかし、ぎりぎりで精神は吸収されず踏み止まっている。ここから先、嬢ちゃんの意識が戻るか<オーベロン>に完全に飲み込まれるか、それは俺にも分からん。――お前があの聖女の嬢ちゃんを……ティリアリア・グランバッハを助けたいと言うのなら奇跡の一つでも起こして救ってみせろ』


 いったいどういうつもりだ。そもそもそれは本当の事なのか? 俺を陥れるための嘘の可能性もある。

 でも――。

 モニター越しに映るラファエルの顔は真剣そのものだ。それに一度戦ってみて、こいつの人となりが何となく分かった。

 誰かを騙して絡め手をするようなそんな器用なヤツじゃない。


「――分かった。ちゃんとあいつの目を覚まさせてから装置を取り外すよ」


『随分と簡単に信じるんだな。俺はあの装置を造ってジュダスを助けた『クロスオーバー』の人間なんだぜ』


「完全にあんたを信用した訳じゃない。でも、あんたは卑怯な手を使うような人間じゃないと思ったんだ。あの装置にしたって多分あんたも、ミカエルってヤツも関わっていないんじゃないのか?」


『…………』


 ラファエルは沈黙で俺の問いに答えた。どのように返答すればいいか考えあぐねているようにも見える。

 俺は<サイフィードゼファー>を飛竜形態に変形させると飛空要塞のいるポイントを目指して機体を飛翔させた。


「ありがとな、ラファエル。――それじゃあ!」


 機体を雲海に突入させる。この先には飛空要塞と<オーベロン>がいる。


「待ってろよティア。俺が今行くからな」


 視界いっぱいに広がる偽りの雲の中を突き進んでいき、間もなく抜け出ると先の方に空に浮いている構造物が見えた。

 間違いない飛空要塞<フリングホルニ>だ。飛空要塞の至る所から煙が立ち上っている。

 <ニーズヘッグ>の奇襲攻撃が成功したのだろう。

 安堵しているとエーテルレーダーに異常なレベルのエーテル反応が見られた。この反応を俺は知っている。


「これは……<オーベロン>か。ヤツがもう出て来たのか。――それなら!」


 炎上する飛空要塞に赤く巨大な装機兵の姿が見える。俺の存在に気が付くとこちらに向けて無数の光の砲弾を発射した。

 飛竜形態で速度を落とすことなく全弾回避し<オーベロン>に向けて突っ込んで行く。途中で人型に変形しエーテルブレードを装備するとエーテルスラスターで減速しつつ接近する。

 敵は指先からフォトンソードを出力し俺に向かって飛翔した。

 程なくして<サイフィードゼファー>と<オーベロン>は互いの武器をぶつけ合い鍔迫り合いをする。その衝撃で周囲の大気が歪んで見える。

 接触回線が開通しコックピットにジュダスの姿が映った。俺の姿を見たジュダスは一瞬幽霊でも見たかのように驚いていたが、すぐにお得意の歪んだ笑みを見せてきた。


『まさか生きていたとはね、この死にぞこないが。今度こそ完全に死ねるようにぐしゃぐしゃにぶっ潰してやるよ!』


「今度は負けない。お前に奪われたものを全て返してもらう。――覚悟しろ、ジュダス!!」

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