第187話 燃える雲海の上で

 ちらっと敵の頭上に展開されているエーテルハイロゥを見やる。熾天セラフィム機兵シリーズの性能の高さは、頭の上に浮いている天使の輪っかの恩恵が大きい。

 エーテル障壁、飛行能力、高機動性、術式兵装使用と様々な面で機体性能を向上させている。

 あれだけ万能な装備なら機体のエネルギーを補給するくらい可能だろう。つまり、あの輪っかをどうにかすれば敵の性能を下げられるはず。


『おいおい、いつまで逃げているつもりだ。周りがとんでもない事になってるぜ』


 ラファエルの言葉を聞いて周囲を見てみると雲海が炎上していた。何度も熱線に焼かれてこうなったのか。

 それでもラファエルは攻撃の手を緩めない。火の手は更に広がっていき俺たちの周囲は炎の海と化していた。


「なんてヤツだ。見境なしかよ!」


 燃える雲海を目の当たりにしながら上空で逃げ回っているとラファエルが雲海について話をしてきた。


『ハルトだったな。雲海について面白い話をしてやるよ』


「なんだよ突然」


『いいから聞けや。お前も知っていると思うが、この惑星は遥か昔に旧人類の戦争で壊滅的な状態になっていた。それをナノマシンを使ってここまで回復させたんだよ。雲海はナノマシンの集合体で大体十キロメートルの厚さがある。それは太陽光を吸収することでナノマシンが反応しエーテルを加えた人工的な光を大地に注いでいる。その光が土壌内のナノマシンと反応することで大地の肥沃化と植物の活性化を促し、迅速な自然環境の回復を可能とした』


「知ってるよ。ナノマシンによって生まれた新しい自然が大気中に空気とエーテルを放出することで、テラガイアはエーテルに満ちた惑星になったんだろ。そのエーテルが新しいエネルギー源になることで、かつてのようなエネルギー問題を克服したんだったな」


『呆けた面をしている割には記憶力がいいじゃねぇか。――話を雲海に戻すが、これには太陽光の他にも大気の調整や地上からオービタルリングを隠すという役割がある。だが――お前は空を見た時に遥か彼方に雲海なんて見た記憶はあるか?』


「えっ……そう言えば……」


 空を見た時に違和感なんて感じたことは無かった。普通に青い空がそこにあった。これはどういうことなんだろう。ってか、さりげなく俺の悪口を言ったなこの野郎。


『雲海はテラガイア全土を覆っていて、その下面には疑似映像が映し出されているんだよ。つまりお前等が地上から見ていた空の風景は全部偽物だったってことさ。本物の空を見たのは新人類の中でもお前等<ニーズヘッグ>に乗っていた連中だけだ』


「なっ……!」


 衝撃で言葉が出てこない。てっきり普通の雲のようにいくつかの塊となって浮いているとか、あまり深く考えたことは無かった。

 それが惑星一つを丸ごと覆っているとかあまりにもスケールが大きすぎる。


『お前等が戦おうとしている敵は今までにそういう事をやってきたってわけさ』


「この期に及んで自慢話かよ」

 

『そんなつもりはねぇよ。ただ、自分たちが戦おうとしている連中がどういう存在なのかちゃんと把握しておいた方がいいと思っただけだ』


 雲海を焼き払いながらそんな事を言うラファエルの考えはよく分からない。けれど、こいつらはこいつらでこの星を再生させようと必死だったことは分かる。

 必死だから、本気だからからこそ考え抜いて出した結論が新人類の抹殺だったのだろう。

 俺は『クロスオーバー』のそんな考えを認めるわけにはいかない。俺たちだって本気だ。このまま黙ってやられるわけにはいかない。


「――そろそろ頃合いだな、仕掛けるか!」


 止まぬ熱線を潜り抜け機体を炎の中に突っ込ませる。そのまま雲海の中に突入し<ブラフマー>の近くまで飛翔する。


「まずはこいつをくらってもらう。術式解凍、リンドブルム!!」


 雲海から抜け出ると同時に直上にいる<ブラフマー>目がけて突撃する。


『なんだとっ!?』


 機体前面に集中させたエーテル障壁と敵のエーテル障壁がぶつかり合い閃光がほとばしる。

 翼と尻尾のエーテルスラスターを全開にして突き進むがヤツは機体を後方に下げて直撃を避けた。その衝撃で<ブラフマー>の胸部装甲の一部が裂けた。


『惜しかったな、小僧ッ!!』


 モニター越しにラファエルは安心した顔をしているが、まだ俺の攻撃は終わっていない。ここから本命を叩き込んでやる。

 

「甘いんだよ、ラファエルッッッ!!」


 敵の真上に位置取ると機体を人型に戻し二刀流を装備する。<ブラフマー>のメインの頭部が俺を見た。ブラフムストラが来る。この一瞬が勝負だ。


「術式解凍、スターダストスラッシャーーーーー!!」


 ワイヤーブレード参式の刀身が分解し幾つもの刃となって眼下にいる黒い機体に向かって行く。


『剣が爆ぜただとっ!?』


 ラファエルは初めて見る攻撃に一瞬驚きながらも機体の両腕を交差させて防御の姿勢を取った。


「狙いはそこだっ! いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 不規則な軌道を描きながら無数の流星と化した刃たちは敵の頭上に鎮座するエーテルハイロゥを斬り刻んでいく。

 俺の攻撃目標が天使の輪っかモドキだと気が付いたラファエルの表情に明らかに焦りが見える。


『しまっ――!!』


 ヤツが言い終わる前にエーテルハイロゥが消滅した。同時に<ブラフマー>が落下し始め、熱線の発射態勢に入っていた口部ではエーテル収束が停止した。

 

「今だっ! 術式解凍、コールブランドォォォォォォォォォ!!」


 エーテルブレードの刀身に高密度のエーテルの刃を纏わせ敵の頭上に振り下ろす。それをラファエルはザグナルサイズで受け止めた。


『ちぃぃぃぃぃぃ!』


 軽口を言う余裕すらない必死の表情を見せながら<サイフィードゼファー>の光の斬撃を受け止めている。

 パワー負けしていない今ならいける。全エーテルスラスターを全開にしながら光剣を振り切り、死神鎌を一時的に沈黙させる。

 その隙に<ブラフマー>の右側に急速降下し高度を合わせる。その時、敵の右肩にある頭部パーツのフェイスマスクが開き熱線を発射しようとエネルギーチャージに入っていた。


『死角を取ったつもりだろうが惜しかったな。この機体には死角はないんだよ!』


「そんなの百も承知だ! おおおおおおおおお!!」


 <サイフィードゼファー>の左手で敵の右肩頭部の口を押さえた。それでも向こうは発射する気満々だ。


『そのまま左手を吹き飛ばしてや――』


「やれるもんならやってみろよ。術式解凍――バハムートォォォォォォォォォォォォォ!!!」


 機体の左手にエーテルが集中し光を放つ。その手で掴まれた敵の右肩頭部に亀裂が入っていき内部から光が漏れ出す。

 ブラフムストラ発射直前の為に集中していたエーテルが出口を塞がれ内部で暴発しようとしていた。


『まさか――最初からこれが狙いだったのか!?』


「今頃気付いても遅いんだよ。自分の攻撃でぶっ飛べ!!」


 その直後<ブラフマー>の右肩で爆発が生じ、俺は機体を後方に下がらせる。爆発時の煙が霧散すると右肩部アーマーが吹き飛んだ黒い敵機が姿を現した。

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