第185話 空の果てには
飛空艇外部の映像が白い何かで埋め尽くされる。オペレーターのアメリによると上空に広がる雲海の中に入ったらしい。
通常の飛空艇ではこの雲海を突破することは不可能であり、それより上に広がる光景は誰も見たことが無い。
この雲海は海上に広がっているものと成分は同じだ。
海上のものは軌道エレベーターのある大地を隠す為に散布されているが、天空を覆うこの雲海の先にも同じように見せたくない何かがあるのだ。
その答えを俺たちは知っている。地上からは視認できない過去の文明の遺産が遥か上空でこの惑星の周りを巡っている。
空に広がる分厚い雲海を突き抜けるとその先には圧巻の光景が視界一杯に広がった。上はやや暗がりの空で地上から見る青い色とは違う。
「凄い……宇宙だ……」
SFロボットアニメなどで観たことはあったけれど、実際にこの目で見ると圧巻過ぎてこの感動を上手く言葉に言い表せない。
俺たちが生きている星の壮大さをひしひしと感じる。皆も同じだ。誰も声を発することなく上空の景色に魅入られている。
ふと遥か上空に一本の構造物があるのに気が付く。それは惑星の向こう側まで延々と続いていて端が見えない。
「あれがオービタルリング……『クロスオーバー』の本拠地か……遠いな」
現在の高度では到底到達できない。目視で確認は出来るがあれがいるのは宇宙空間だ。いくら<ニーズヘッグ>の推力が高くても単独で大気圏を離脱するパワーは無い。
今後『クロスオーバー』との戦いが本格化すればいずれは連中の本拠地であるあの場所に行かなければならない時が来るだろう。
その時までにどうやってあそこに行くのかを考えておかないといけないな。
目の前に立ち塞がる強大な敵組織のことを考えていると警報が鳴り響きブリッジに緊張感が走る。
『前方に高出力のエーテル反応が一機。これまでの戦闘データと照合――
敵の接近を知らせてくれたアメリの表情が強張る。待機している俺たち竜機兵チームもこんな場所での敵との遭遇に驚くばかりだ。
ブリッジではシェリンドンが難しい表情でモニターに映し出される黒い敵機を見ていた。
『待ち伏せ……こちらの動きが読まれていたというの?』
周囲には他に敵はいない。というより、雲海の上まで単独で来られる機体自体が稀有だ。
こんな事が可能なのは熾天機兵ぐらいだろう。しかし、これはまずい。
これから再び雲海に入って下方にいる飛空要塞に奇襲攻撃を仕掛けるのに、こちらの動きが把握されていては奇襲が成立しない。
敵の集中砲火に晒されて撃沈される可能性が高くなる。こうなれば敵の迎撃態勢が整う前に迅速に奇襲攻撃を実行するしかない。
「ブリッジ、<サイフィードゼファー>を出します。俺がヤツを食い止めている間に皆は作戦通りに奇襲攻撃に移ってください」
『馬鹿を言うな、一人でヤツと戦う気か!? それなら僕も一緒に――』
俺が機体をカタパルトデッキに進ませているとシオンも出撃しようとしたのでそれを止める。
「駄目だ。この作戦は奇襲成立直後に<ニーズヘッグ>が危険な状況になる。空を飛べる機体が最低一機はいないと撃沈されかねない。シオンは皆と一緒に行ってくれ。後で必ず合流するからさ」
『くっ……了解した。必ず<ニーズヘッグ>は守り抜くから、お前も今言ったことを守れ!』
「あいよ! それじゃ行って来るよ。クリス、俺がいない間の戦闘指揮を頼んだよ」
『分かりましたわ。ハルトさん、ご武運を』
皆に見守られる中、カタパルトデッキに機体を配置させると周囲にエーテルの力場が発生し浮遊する。
発進口の隔壁が開かれそこから外の光が差し込んでくる。あの先に<ブラフマー>がいる。それから飛空要塞を叩いて王都を取り戻す等やるべき事が目白押しだ。
そして、最終目標である<オーベロン>の破壊とティリアリアの救出。前世の記憶が甦ってから俺が最も恐れていた状況に真っ正面から向き合わなければならない。
ここがターニングポイントだ。俺を含めティリアリアや皆を長い間苦しめてきた妖精王の呪縛。そんな忌々しいものをぶっ壊す時が遂にやって来たんだ。
「ティア……待っていてくれ。今、迎えに行く! ハルト・シュガーバイン、<サイフィードゼファー>――いきます!!」
浮遊したままの機体がカタパルトから射出された。その際身体に加重がかかりシートに押し付けられる。
コックピットモニターには下方に雲海、上方に宇宙という幻想的な風景が広がっている。一瞬目を奪われてしまうがこれから戦闘に入るんだ。敵に集中しないと。
機体を飛竜形態に変形させて前へ飛んでいく。すると前方から物凄いプレッシャーを感じた。同時にコックピットに警報が鳴り響きモニターに黒い機体が映る。
「――あれが<ブラフマー>か。あの日、『第一ドグマ』を襲った熾天機兵……いっちょやってみるか、相棒!」
自分と愛機に気合いを入れるように操縦桿を軽く叩く。既にお互いの攻撃範囲に入っているが敵は微動だにしない。
「…………」
飛竜形態のまま敵とすれ違うと旋回しながら機体を人型に変形させて敵の正面へと移動する。
すると<ブラフマー>側から強制的にエーテル通信が繋げられモニターに敵操者の姿が映った。
筋骨隆々の黒短髪に黒い服を纏った男。ヤツと戦ったパメラたちが黒ゴリマッチョだと言っていたけど、なるほど合点がいった。確かにこいつは黒ゴリマッチョだわ。
「――ぶふっ」
やべっ、ちょっと吹き出してしまった。敵を見るとなんか不機嫌そうな顔でこっちを見ている。
『お前今、俺を見て黒ゴリマッチョとか思わなかっただろうな?』
「エスパー!?」
『んなわけあるか。最近色んな連中にそう呼ばれるんだよ。――まあ、そんな話はどうでもいいか。お前がハルト・シュガーバインだな?』
この黒ゴリ、確かラファエルという名前だったな。こいつは一度溜息を吐くと今度は凄んだ目で俺を睨んでくる。
「ああ、そうだ。俺がハルト・シュガーバインだ」
『こいつは驚いたぜ。あれだけ機体をボロ雑巾にされたのに無事だったとはな。しかも五体満足で新しい機体に乗って再登場とは中々魅せてくれるじゃねぇか』
「――聖竜機兵<サイフィードゼファー>だ」
『なんだと?』
「これからあんた等『クロスオーバー』や『ドルゼーバ帝国』を倒し、世界の終焉を止める機体の名前だ。知っておいた方がいいかと思ってさ」
『言うじゃねぇか。ミカエルやあいつが興味を持つのも分かる気がするな』
不敵な笑みを浮かべながら聞いたことのない名前を引き合いに出した。もしかして――。
「ミカエルってまさか<シヴァ>の操者の名前なのか?」
『その通りだ。お前が生きて現れたら名前を伝えておけと言われてな。『仇の名前を知らないのは不憫だ』とか言っていたぜ。ちなみにあいつは別任務でここにはもういない。残念だったな』
ミカエル……ランド教官の仇……絶対に忘れない。忘れることが出来る訳がない。いつかこの俺の手で倒してみせる。
でも、その前に――。
「別に構わないさ。楽しみが一つ先に延びただけだ。あいつを倒す前にまずはあんたを潰させてもらう!」
『ふん、口だけなら何とでも言える。その新型がどの程度やれるのか俺に見せてみな!』
お互いに睨み合う中、俺たちの近くで<ニーズヘッグ>が雲海の中に勢いよく潜って行った。
雲が激しく波打ち機体の膝下を埋め尽くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます