第184話 クリスとシャイーナ

 そこには円卓に突っ伏しているシャイーナ王妃と傍で苦笑いをしているクレイン王太子にシェリンドンがいた。


「これはいったいどういう状況なんですか?」


 恐る恐るクレイン王太子に訊ねてみると、戦闘の作戦説明など慣れない状況の連続でシャイーナ王妃が疲労で動けなくなってしまったらしい。

 その他にも心労の原因があると王太子が笑っていると王妃が睨んでいるのが見えた。


「クレイン、笑いごとじゃないわよ。作戦もそうだけどこっちの方も大問題よ。どうしたものかしら」


「――もしかしてクリスのことですか?」


「へっ?」

 

 王妃が素っ頓狂な声と表情で俺を見ている。どうやら当たりだったらしい。

 

「――――ということがあったのよ」


 その後、王妃自身からあの日クリスティーナと何があったのかを聞いた。状況的に仕方が無かったと思うがその後二人の関係がこじれたままなのは問題だ。

 今度の戦いは、これまで以上に危険な戦いになる。

 シャイーナ王妃にしろクリスティーナにしろ、お互いに無事でいられる保証はない。このままでいるのは良くないと思う。

 二人の為に自分ができることは何か無いか考えある出来事を思い出した。


「これは俺が以前聞いたある男の話なんですが、その男は一人暮らしで離れた土地に両親が暮らしていました。男は趣味や仕事に明け暮れる毎日で何年も実家に帰っていませんでした。きっと、会おうと思えばいつでも会えると思っていたんでしょうね。そんなある日、電話……エーテル通信で父親と話をした時にちょっとしたことで喧嘩をしてしまって、それから気まずい感じになってしまったらしいです」


「それで、その後どうなったの。二人は仲直りできたの?」


 シャイーナ王妃が不安まじりの顔で質問し俺は首を横に振った。


「結局そのままです。仲違いをしたまま二度と会えない状況になってしまったらしくて、その事を男は悔いていました。――まだ、お互いに手が届くところにいる間にやれることはやっておいた方が良いと思います。俺が言えたことじゃないですけど。それでは、俺は格納庫に行きます。作戦前に少しでも<サイフィードゼファー>に慣れておきたいので」


 そう言って俺は作戦会議室を後にした。ちょっと説教臭い感じになったかな? これで二人の関係が元通りになるきっかけにでもなればいいんだけど。

 格納庫に到着した俺は愛機の顔を見上げ、自分がしたさっきの話を思い出していた。


「――こんな事になるんなら、さっさと謝っておけばよかったな」


 たまには家に帰って来いと電話で言っていた父親に仕事が忙しいからと言って真剣に向き合わなかった。

 そんな感じで始まった親子喧嘩。長期の休みでも取れれば実家に帰ろうくらいにしか考えていなかった。

 前世でのそんなやり取りを思い出していると、パメラの大声が聞こえて来た。

 何事かと思いパメラの所に行くと装機兵とはかなり形状の異なる飛竜を模した機体がメンテナンスを受けていた。


「大声を出してどうしたんだよ」


「あっ、ハルト聞いてよ。この機体は何なのって訊いたらこの爺さん『<カイザードラグーン>じゃよ』って答えて、それ以上の事を教えてくれないのよ。私が知りたいのはこの<カイザードラグーン>ってのが何なのかって事なのに!」


 パメラがあまりにも騒ぐのでマドック爺さんは機体調整中の手を一旦止めて俺たちの所にやってきた。その表情には疲れが見て取れる。


「マドック爺さん、少し休んだ方がいいよ。<サイフィードゼファー>と、この機体の調整でずっと働きづめじゃないか」


「そういうわけにはいかんよ。王都には熾天セラフィム機兵シリーズや<オーベロン>がいるんじゃぞ。あれだけの機体を相手にするからには、こちらも万全の状態で挑まねばならん。<サイフィードゼファー>が真の性能を発揮するためには、この<カイザードラグーン>が必須じゃ。作戦までには完全な状態に仕上げねばならん。本来ならちゃんとテストをしてから実戦投入したいのじゃが、時間的にそのような余裕は無さそうじゃ」


 俺と爺さんの話を聞いていたパメラが口をあんぐりと開けて動きが止まっている。ちょっとはしたないですよ、パメラさん。


「ちょ、ちょっと待ってよ。<サイフィードゼファー>ってあれで完全な状態じゃないの!? 嘘でしょ」


「本当じゃよ。<サイフィードゼファー>はあれで一応完成はしているんじゃが、ここからが本骨頂なんじゃよ。――ほれ」


 作業用の端末に聖竜機兵という名と<サイフィードゼファー>の設計図が表示される。

 はっきり言って専門家ではない俺たちには機体の細かい部分の説明はよく分からなかったが、爺さんが説明してくれたので何とか理解できた。

 すると途中から機体名の表示が〝聖竜せいりゅう機皇きこう〟という名称に変わった。そしてその機体の設計図が表れると俺もパメラもその画面に目が釘付けになってしまう。


「これって何なの? 明らかに竜機兵の枠を超えてるじゃない」


「ハルトと知り合ってから異世界のロボットについて色々と話を聞かせてもらっての。それらの幾つかの機体にはある機能が備わっていたんじゃが、それを装機兵で再現してみようと思ったんじゃ」


「そうだとしてもそれを本当にやるなんて爺さんはいい意味で無茶苦茶だよ」


「シェリーもノリノリじゃったぞ。設計段階でこの機能についてわしは諦めようとしたんじゃが、あいつは頑なに導入するといって聞かなかったんじゃよ」


 さすがはシェリンドン。俺やマドック爺さんも相当アレだが、彼女はそれ以上のロボットマニアと言えるだろう。

 以前この機能に関する話をしていた時に物凄く興味を持っていたけど、それを本気で装機兵に実装するとは……。


 こうして着々と王都奪還に向けての準備が進んで行き、<ニーズヘッグ>が『第七ドグマ』を出発する時間が迫っていた。

 機体を<ニーズヘッグ>の格納庫に移動させていると、シャイーナ王妃がやって来たのをモニターで確認しそれをクリスティーナに伝えた。

 機体の移動が終わった後、飛空艇の搭乗橋でクリスティーナとシャイーナ王妃が色々と話をしていた。

 出発時間が迫ると二人は抱きしめあい、それから少しして二人は離れるとクリスティーナが<ニーズヘッグ>に乗り込んで来る。

 <ニーズヘッグ>の搭乗口が閉じられる寸前までシャイーナ王妃は戦地に赴く娘の姿を見送っていた。


 外部との連絡口を全て閉じた<ニーズヘッグ>は『第七ドグマ』から発進すると更なる高度を目指して上へと向かって飛んで行く。

 装機兵操者はコックピットで待機になるため各々自分の機体に向かって行くと、クリスティーナが俺のところにやって来た。


「お母さんとはちゃんと話せたみたいだね」


「はい、お互い素直になって話すことが出来て良かったですわ。心にあったつかえが取れた気分です。――そう言えばお母様からハルトさんへ言伝を預かっています。『例え話の苦手な男性へありがとうと伝えてください』とのことです。ふふふふふふふ」


「あはは……は、シャイーナ王妃はそう言ってたのかぁ」


 クリスティーナは満面の笑みで俺を見ている。どうやら母娘両方にあれが誰の話だったのかバレバレだったようだ。


「ハルトさん、王都と『第一ドグマ』を――そしてティリアリアを必ず取り戻しましょうね」


「――ああ!」


 自分の機体に乗り込みコックピットモニターに飛空艇の外の様子が映る。

 あれだけ大きかった『第七ドグマ』の姿がどんどん小さくなっていき、やがて完全に見えなくなった。

 いよいよ作戦が開始される。

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