第180話 メイドの冥土送り

 地下施設から出たミカエルとラファエルの周りは廃墟と化した家屋だらけだった。  

 先の戦いで壊滅的な被害を受けた王都『アルヴィス』は『ドルゼーバ帝国』に占領されており、現在復興の目処は立っていない。

 この街の本来の住人たちは地下にある『第一ドグマ』に避難しており、この瓦礫の都市で見かけるのは帝国の軍人だけである。

 ぽつぽつ姿が見える帝国軍人たちを遠目に見ながらミカエルはラファエルの行動をたしなめていた。

 

「相変わらず感情的だなラファエル。あのような愚者の言うことなど一々気にする必要はないだろ」


「――分かってはいるさ。だが、<オーベロン>を造ったのは〝ウリエル〟だ。あれだけの天才が用意した物をあんなクズが我が物顔で好き勝手にしているのは気に食わねぇんだよ。お前も同じだろ!?」

 

「…………」


 沈黙を守り歩いて行くミカエルに構わずラファエルは続ける。


「そもそも俺もお前もあの機体を放置することには反対だった。だが、〝ガブリエル〟たちが新人類に任せると言ったから。……くそっ、おまけにいつの間にかあんなクソッタレな装置まで造りやがって」


「今回あの聖女が<オーベロン>に搭乗する必然性は無かったからな。だが、ガブリエルたちはあれが起動することで新人類たちに混乱を生じ、全滅させやすくなると考えたのだろう。だから技術提供をして聖女を生態ユニットとして組み込み、強引に<オーベロン>を動かせるようにした」


 ラファエルは苦虫を噛み潰したような顔をして道端に落ちている小石を蹴った。

 それで彼の怒りが静まることもなく瓦礫に当たった小石は乾いた音を立てて転がって行く。

 そんな小石に目をやりつつミカエルは隣を歩く大男に諭すように言った。

 

「お前はウリエルと仲が良かったからな。彼の血を受け継ぐ聖女に特別な感情を抱くのも分かる。だが割り切れ。これまでと同じ状況になっただけだ」


「今まではあの嬢ちゃんが自分の意志で操者となったから俺も異論はなかった。だが、今回は違うだろ! ウリエルの件といい今回の件といい、ガブリエルのやり方は強引過ぎるんじゃねぇか」


「その二つの件は彼だけでなく他の連中も合意した上でのことだ。反対していたのは俺とお前を含めた少数だけだ。『クロスオーバー』を抜けた男の処遇など何とも思っていないのさ。――ラファエル、この話はこれで終わりにしよう。どのみち、あの愚者にこの世界をどうこう出来るとは思わない。近いうちに何らかの形で決着がつくだろう。聖女に関しては忘れろ、俺たちには今更どうする事もできない」


 ミカエルの態度にラファエルは舌打ちをするが、ふと彼の手を見ると拳を固く握りしめているのが分かりそれ以降この件に関して二人は何も言うことは無かった。

 

 そんな二人が向かったのは王都から『第一ドグマ』に続く大型の避難通路だった。数ある地下施設への避難経路の中でもここは一番規模が大きい。

 帝国が王都を占拠して以降、様々なルートから『第一ドグマ』への侵入を試みた彼等ではあったが、そこへ続くゲートのセキュリティは強固であり数日経った今も全く進展は見られていない。

 それどころか、『第一ドグマ』へのゲート解析班が次々と消息を絶つという問題が発生していた。

 具体的に何が起きているのかは分からない。何故ならトラブルに巻き込まれた者は誰一人として生きて帰って来なかったからである。


 そのためこれ以上の被害拡大を恐れた帝国は避難通路からの侵入を断念していた。

 この件に興味を抱いたミカエルとラファエルは事の真相を暴くために被害が一番大きい避難通路へとやってきたのである。


「そろそろゲートがあるエリアだ。問題が起きるとすればそこだろう」


「だろうな。鬼が出るか蛇が出るか楽しみじゃねぇか」


 真っすぐな通路を進んで行き二人は巨大な扉の前へとやって来た。扉の近くに端末が設置されているのが見える。

 周囲を警戒しながら二人が端末の所までやって来ると、ゲート開放のための入力画面にロックが掛かっており操作不可能の状態になっていた。

 ミカエルはそれを調べて少し考えると端末を操作しながらラファエルに話しかける。


「この程度のセキュリティであれば問題なく突破できそうだな」


「そうかい――で、どうするんだ。このゲートを解放して帝国の連中を『第一ドグマ』へと進ませるのか?」


 二人の間に沈黙が流れる。一呼吸おいてミカエルは相方の問いに答えるのであった。


「そこまで俺たちがお膳立てをする必要はない。それにここまで来たのはゲートを解放するためではないし、一応端末を確認しただけだ。――ところで、ラファエル。おかしいと思わないか? この場所には大勢の兵士が送り込まれ消息を絶ったというのに、一つも死体が無いばかりか争った痕跡すらない。明らかに不自然だ」


「それは俺も思っていた。状況から考えるに連中は全員死亡したと考えるのが妥当だからな。考えていてもしょうがねぇし、ここは手っ取り早く直接訊くのが一番だぜ。――なぁ、お前もそう思うよなぁ!!」


 ラファエルが真上を見上げるとそこには天井にぶら下がり二人を見下ろしている女性がいた。

 メイド服を着たその人物は天井を蹴ると勢いをつけながら真下にいるミカエルたちを強襲する。


「なんだと!?」


 驚きの声を上げながらその場から離れると、ついさっきまで二人がいた場所が破壊され地面がクレーターのように大きくへこんでいた。

 その中心にいるのはメイド服を着こんだ細身の女性だ。両手にはナックルガード付きのナイフを装備している。

 その人間離れした身体能力と破壊力を目の当たりにしてミカエルとラファエルは目を見開いていた。


「おい、嘘だろ? ここの通路の天井は二階建ての建物くらいの高さはあるんだぞ。それを初速をつけて落下したのに無傷だと」


「おまけにあの破壊力だ。明らかに普通の人間ではないな」


 二人から化け物を見るような目を向けられたメイドは少し恥ずかしがる仕草を見せる。しかし声色は非常に冷静であり緊張感が皆無なことを言い始める。


「そのような熱い目で見られるとさすがに照れてしまいます。あなた方もこれまでにここを訪れた兵士の方々と同じように卑しい目で私を見ますね。――メイド萌えですか?」


「何を言ってんだこいつは? おい、そこのメイド。ここに来た兵士連中を何処にやったんだ。お前が始末したのか!?」


「はい、その通りです。大人しく帰っていただければそれで良かったのですが、襲って来られたので返り討ちにしました。皆様の遺体はしっかり焼却消滅させましたし、通路に飛び散った血液は私が掃除致しましたのでノープロブレムです」


 会話中、眉一つ表情一つ動かさずに話すメイドを見たミカエルとラファエルは顔を見合わせ頷き合う。

 ラファエルはその場を飛び出し携帯していた剣を構えてメイドに斬りかかる。その後方ではミカエルが展開した魔法陣から火球を放ち援護を開始した。


「いきなりの攻撃ですか。こんなか弱い女性に男性が二人がかりなんて世知辛い世の中ですね」


 火球を避けながらメイドはラファエルの斬撃を二本のナイフで受け止める。その余波で衝撃波が走り周囲の壁に細かい亀裂が入る。


「俺の剣を余裕で受け止めておいてよくもそんな冗談が言えるな。普通の人間なら今ので両腕が吹っ飛んでいるはずだぜ」


 鍔迫り合いをする得物の刀身から火花が散ると二人は同時に切り払い距離を取る。そこから再び接近し息をもつかせぬ剣戟が開始された。

 最初は互角のように思われた斬撃合戦であったがその均衡は次第に崩れていく。ラファエルの攻撃は空を斬る一方でメイドの二振りのナイフは彼の皮膚を次々と裂いていく。


「ちぃっ、なんてヤツだ。俺がこうも一方的にやられるなんてな!」


「あなたの攻撃は大振りすぎるんですよ、黒ゴリマッチョ。それに防御が疎かすぎます。<ブラフマー>に乗っている感覚のまま生身で戦っていると死にますよ、黒ゴリマッチョ」


「おい、何で二回も言いやがった! いや、そんな事はこの際どうでもいい。どうして俺の機体の名前を知って――ごふぁ!」


 メイドに蹴りを入れられ壁に激突したラファエルは、体中から血液を滴らせふらふらになりながらも剣を杖代わりにして何とか立っている状態だ。

 彼の膝が自重を支えきれずに力が抜けるとミカエルがすかさず入りこんで支える。その隙を見逃さずにメイドは一瞬で間合いを詰めミカエルの首に刃を向けた。


「セシル、そこまでだよ」


 何処からか男性の声が聞こえると、メイドのナイフはミカエルの喉元に触れる寸前で止まった。


「イエス、マスター」

 

 メイドが目にも止まらぬスピードで後ろに跳ぶと、そこには金色の髪をたなびかせる青年がいつの間にか立っていた。

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