第173話 起動、サイフィードゼファー

 俺たちが新たな決意を胸に一致団結しているとグラサンを掛けた爺さんがやって来た。飄々とした雰囲気は相変わらずだ。


「若い連中が集まって何を青春しているんじゃ? おおー、ハルト目が覚めたか」


「マドック爺さん、久しぶり」


 爺さんと再会を果たすと俺は目の前にいる変わり果てた姿の<サイフィード>を見て申し訳ない気持ちになる。


「爺さん、ごめん。俺……<サイフィード>をこんなにしちまった」


 マドック爺さんは<サイフィード>の所まで来て労わるように優しく触れた。


「気にするな。形あるものはいつか壊れる。ましてや装機兵は戦うための兵器……壊し壊される運命さだめを背負って生まれて来る。今回はこいつの番だった……それだけじゃ」


 皆の視線が壊れた竜機兵に注がれる。コックピット部分以外は全壊している状態だ。よくこれで生きていたものだとつくづく思う。


「こんな状態で命が助かったのは本当に奇跡だと思うよ」


「確かに運が良かったのはあるじゃろう。しかし、わしからすればお前が助かったのは必然だと思っとるよ」


 爺さんの言葉に俺たちは首を傾げる。俺が助かったのには何か理由があるのだろうか?


「竜機兵の核であるドラグエナジスタルは、巨大なエナジスタルを錬金術により長年かけて凝縮したもの。人間の掌サイズにまで圧縮されたそれは非常に強力な防御障壁を発生させるんじゃ」


 その話を聞いてティリアリアの両親が亡くなった時の話を思い出した。悲惨な事故だったらしいが、その中でティリアリアだけは軽傷で済んだ。

 その時彼女はドラグエナジスタルをペンダントとして身に付けていた。その障壁がティリアリアを守ってくれたのか。


「竜機兵は全機とも胸部コックピットハッチの所にドラグエナジスタルを配置している。それは機体が破壊されるような事態が起きても操者の命を守れるように考えてのことなんじゃよ」


「――だから俺は助かったのか。<オーベロン>の攻撃がコックピットからずれたのもドラグエナジスタルの障壁が俺を守ってくれたからなのか」


 俺はボロボロになった<サイフィード>の胸部に触れる。いつもは感じていたこいつの意思が今は全く感じられない。

 

「<サイフィード>……ありがとう。お前は最後の最後まで俺を守ってくれたんだな。……ごめんな……こんなになっちまって……ごめんな」


 その時、格納庫全体に警報が鳴り響いた。それに続いて『第七ドグマ』オペレーターの放送が流れる。


『現在『第七ドグマ』の十二時方向から『ドルゼーバ帝国』所属と思われる飛空艇編隊の接近を確認。その数、約十五隻。戦闘になる可能性が高いと思われる。各装機兵部隊は直ちに出撃、甲板上にて待機、以降の命令を待て。繰り返す――』


「敵の攻撃か?」


 皆の表情が一気に真剣なものに変わり、それぞれの機体のもとへ走り出す。クリスティーナと目が合うと彼女は優しい目で俺を見ていた。


「ハルトさんは病み上がりなのですから、ちゃんと医務室に戻って休んでいてください。そうしないと後で怒りますよ。――それでは行って参ります」


 皆は行ってしまった。俺とマドック爺さんだけが取り残され、周囲では騎士や整備士たちの喧騒が見られる。

 俺はこんな所で何をやっているんだ。――戦いたい。皆を守りたい。守るための力が欲しい。


「マドック爺さん。俺が使える機体は置いてないか? <サイフィード>みたいな性能とか、そんな贅沢は言わない。せめて皆の援護が出来ればいいんだ。頼むよ!」


 マドック爺さんが俺をジッと見ている。サングラスの隙間から見える鋭い目にちょっと緊張する。

 すると爺さんは俺に背を向けて歩き出した。俺がその姿を見ていると、振り返らずに爺さんが付いてくるように言う。

 広い格納庫の奥に向かって俺たちは黙々と歩いて行く。その間に何機もの装機兵が出撃していく姿が見えた。


「ここの奥じゃ」


 マドック爺さんは奥にある自動扉を開けると俺にも入るように促して一緒に進んで行く。そして到着したのは僅かな明かりだけが灯っている薄暗い部屋だった。

 戸惑っていると部屋の照明が点いた。暗がりからいきなり明るくなったので凄く眩しい。

 少しずつ目が慣れてくると近くに一機の装機兵がいることに気が付く。チカチカする視界の中、俺はそれを見上げ驚いた。


 そこに佇んでいたのは純白の装甲を纏った装機兵だった。

 頭部には深紅のデュアルアイと左右対称のアンテナブレードを有している。両肩と両腕、それに両脚に大型のエナジスタルを搭載しており、<サイフィード>を彷彿とさせる姿をしている。


「マドック爺さん……こいつは……」


「これは全竜機兵のデータと以前カーメル王から貰った<クラウ・ラー>の設計データを基にして開発した機体。――聖竜機兵<サイフィードゼファー>じゃ」


「<サイフィードゼファー>……聖竜機兵だって?」


「――うむ。竜機兵を超えた竜機兵という意味合いを込めて聖竜機兵という新たな名を与えた。ハルトよ、お前の新しい機体じゃ」


「俺の新しい機体――」

 

 改めて目の前に立っている純白の機体を見上げる。<サイフィード>の面影を強く残す外見に胸が熱くなる。


「でも爺さん。ドラグエナジスタルはもうないんだよ。あれ無しじゃ――」


「何を言っておる。ドラグエナジスタルなら、ほれ、ここにちゃんとある」


 マドック爺さんはポケットから掌に収まるサイズの赤い宝石を取り出した。その淡い光から感じる生命の息吹。この感覚を俺はよく知っている。


「これってもしかして<サイフィード>の――?」

 

「ここに<サイフィード>が運ばれ、ドラグエナジスタルの状態を確かめようとわしが近づいた時に勝手にこれが外れたんじゃよ。まるで新しい身体をわしに催促するようにな。――ハルトよ、こいつはまたお前と一緒に戦いたいと言っている。お前ならよく分かるじゃろ?」


 爺さんがドラグエナジスタルを手渡してくれた。掌に暖かい温もりを感じる。


「<サイフィード>……また俺と一緒に戦ってくれるかい?」


 赤い宝石に語り掛けると、それに応えるように光が強まっていく。それを見ていたマドック爺さんは微笑んでいた。


 胸部ハッチにある装置にドラグエナジスタルを収めて手を離すと装置が稼働して核が外れないように収納固定された。

 そして機体全体が白く淡い光を放つ。装甲に触れるといつもと同じ竜の魂を感じる。

 コックピットハッチが開いて内部のあちこちが点灯しているのが見える。俺が乗り込もうとすると爺さんが衣類を持って来た。


「病衣のままで出撃する気か? 騎士にはそれに相応しい恰好というものがあるじゃろ」


「それは俺の騎士服――ありがとうマドック爺さん」


 騎士服に急いで着替えていると『第七ドグマ』が激しく揺れた。艦橋に状況を確認した爺さんによると『ドルゼーバ帝国』の大部隊と戦闘に入り、敵飛空艇数隻が特攻してきたらしい。

 そのおかげで『第七ドグマ』の一部砲台が破壊され、守りが手薄になったところに敵装機兵部隊の上陸を許してしまったようだ。


「この『第七ドグマ』は元々帝国のものだったからの。弱点は熟知されているようじゃな」


 敵の飛空艇編隊や上陸した装機兵部隊と戦うべく、こちらも全戦力を発進させたようだ。

 空中戦の主力として<ニーズヘッグ>も発進している。俺も急いで出撃しないと。


「――よし、行って来るよ!」


「うむ、頼んだぞ」


 着替えが終わりコックピットに乗り込む。水晶を模した操縦桿に手を置きマナを送ると、ドラゴニックエーテル永久機関が稼働し機体中にエーテルが循環していく。

 コックピット内が明るくなり全周囲を見渡せるモニターには外で作業するマドック爺さんの姿が映る。


『ハルト、ちょっと待っておれ。今、『第七ドグマ』の甲板上のあちこちで戦いが起きていて全ての隔壁が開かんようになっている。今いずれかを開けられるようにするからの』


「了解」


 地響きの音がする中、コックピットの中で待機する。こうしていると王都での戦いの記憶が甦って来る。

 熾天セラフィム機兵シリーズ<シヴァ>に歯が立たなかったこと。戦いの中でノルド国王が亡くなったと聞いて悲しかったこと。

 ランド教官が目の前で死んで絶望したこと。ティリアリアが<オーベロン>に取り込まれたのに、それを救うことも出来ずに負けて死にそうになったこと。


 あの時何も出来なかった自分に対してどうしようもない苛立ちや苦しみ、無力感が次々と込み上がって来る。

 そして俺は誰に言うでもなく語り掛けた。


「ノルド国王、俺はあなたに息子として何もしてあげられませんでした。一度もあなたを父と言うことすら出来なかった。ランド教官、あなたには様々なものを貰いました。騎士としての生き様や志を教えてもらった。それなのに俺は貰うばかりで何もあなたに返せなかった。――俺に出来るのはあなた方が残してくれた大切なものを守ることだけです。だから今度こそ守り切る為に少しでいいんです。あなた方の力を俺に貸してください」

 

 ――トンッ


 その時、俺の両肩に誰かが触れたような気がした。それぞれ違う人物の手だった。片方はグランバッハ家のお茶会の時に経験した感触。

 もう一つは訓練校でバカをやって怒られた時に頭に落とされたものだ。――間違えるはずがない。

 その二つの手が俺に触れた時「頑張れ」と言われたような気がした。

 

『ハルト、一ヶ所だけじゃが隔壁を開くことが出来るぞ。しかし、そこは現在敵の攻撃が最も集中している場所じゃ。いきなり激戦の真っ只中に出ることになるが大丈夫か?』


「――大丈夫だよ、マドック爺さん。この<サイフィードゼファー>の初陣としちゃ、これ以上ないシチュエーションじゃないか」


 心配する爺さんを他所に俺は笑って見せる。それを見て爺さんは安堵したような呆れたような顔をしている。


『全くお前は――よし、それなら準備はいいな。第七隔壁を開くからお前はそこまで機体を移動させるんじゃ』


「分かった。それじゃ、行ってきます!」


 <サイフィードゼファー>を固定していた拘束部が全て外れると、機体背部にエーテルマントを展開し足を一歩前に踏み出すイメージを送る。

 問題無く<サイフィードゼファー>は歩いた。以前よりも俺の思い通りに動く。自分のイメージに対して機体の反応がスムーズだ。


「よし、行くぞ相棒――行ってきます、父さん……教官……!」

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