第172話 決意新たに
◇
気が付くと俺の周囲は真っ暗だった。何も感じない、何も見えない。心の中は不安と悲しみで一杯で俺はその場に留まり続ける。
しばらくそうしていると人の後ろ姿が見えた。見覚えのある背中――あれはノルド国王だ。俺に気が付かずどんどん歩いて行ってしまう。
声を出して呼び止めようとするが声が出ない。そうこうしているうちにノルド国王はいなくなってしまった。
俯いていると今度は別の男性の後ろ姿が見えた。見間違えるはずがない。ランド教官だ。力の限り走るが歩いているはずの教官に何故か追いつかない。
結局教官も闇の中へと姿を消してしまった。再び俺は暗闇の中で一人になってしまう。
不安に駆られながら周囲を見回すと前方から誰かが歩いてくるのが見える。それはティリアリアだった。悲しそうな表情で俺を見ている。
彼女の方に行こうと歩いて行くが俺たちの距離は縮まらない。走っても同じだった。どんなに頑張っても触れることすら出来ない。
するとティリアリアが泣いていることに気が付く。止めどなく流れ続ける涙が頬を濡らして地面へと落ちていく。
俺が何も出来ないでいると彼女が言った。それは俺が恐れていた言葉。一番聞きたくない言葉だった。
「ハルト……お願い……私を殺して……」
その直後ティリアリアの後ろに巨大な装機兵が現れる。
血のように赤い色をした機体<オーベロン>は巨大な手でティリアリアをさらうと、もう一方の手から光の剣を出し、それで俺の身体を貫いた。
「っ!?」
目を開けるとそこは白い壁の一室だった。俺はベッドに横になっていて病衣を着ている。左手にはバンドが巻かれており、そこから透明のチューブが出ていた。
チューブの先には透明の液体が入ったバッグが吊り下げられている。
どうやら俺は点滴をされているようだ。点滴なんて前世では思いっきり腹を壊した時に水分補給ということで一回やってもらったぐらいだった。
少しずつ意識がはっきりしてくる。この部屋には見覚えがある。確か『第七ドグマ』の医務室だ。
ベッドがいくつか置いてあり、そこには俺と同じように横になって点滴をされている人たちがいた。
どうして俺はここにいるのだろう? 白い天井を見ながら記憶を辿っていくと王都での悲惨な結末が徐々に甦っていく。
「そうだ……ノルド国王も……ランド教官も……死んだんだ。ティアは<オーベロン>に取り込まれて――――――なにが……転生者だ。なにが聖騎士だ。誰も救えなかったじゃないか。大切な人たちを失うばかりで何も……出来なかった。――――くっ、うっ、うぐっ、うああああああああああ」
俺は声を押し殺すようにして泣いた。悔しくて悲しくて情けなくて……消えてしまいたい気持ちになる。
いっそこのまま消えてなくなった方が楽になれるかもしれない。そんな事までも考えてしまう。
でも、そこでノルド国王やランド教官との思い出が甦って来た。そしてティリアリアと過ごしてきた日々を思い出す。
「何を馬鹿なことを考えてんだ俺は。俺は……俺には……やらないといけない事が山ほどあるんだ」
ベッドから立ち上がると目眩が襲ってくる。点滴台にしがみついて転倒を防ぐと俺は格納庫を目指してゆっくり歩き始める。
キャスター付きの点滴台に体重を預けながら歩いていると、少しずつ目眩が和らいでいく。
格納庫に到着する頃には割とすたすたと歩けるようになっていた。我ながら自分の回復力の高さに驚く。
医務室で時計を確認した時に王都で戦ってから四日経ったのを知ったが、<オーベロン>にやられた時の怪我はすっかり治っていた。
結構ザクッといっていたような気がするが傷は塞がっているし痛みもない。目眩も消えたし、今の俺に問題が残っているとすれば、それは滅茶苦茶腹が減っていることぐらいだ。
「肉……肉が食いたい……ステーキ……焼き肉……ハンバーグ……しゃぶしゃぶ……」
頭の中で沢山の肉料理に囲まれている自分を想像していたら腹が鳴り始めた。突如俺に襲い掛かって来た空腹と戦いながらある場所を目指す。
すると、後ろの方で何か金属っぽい物が落下した音が聞こえて来た。振り返ると工具箱を床に落としたフレイとシオンがいた。
「お前いつ起きたんだ? ってか、もう歩いていいのか!?」
「落ち着け、フレイ。出歩いていいわけがないだろう。大方目を覚まして人目を盗んでここまで来たんだろ。ハルト、医務室に戻るぞ」
二人が俺の両腕を掴んで医務室に連行しようとする。そこで俺はここまで来た目的を二人に言った。
「ちょっと待って。俺は<サイフィード>の状態を見に来たんだ。俺の記憶じゃ<オーベロン>に串刺しにされたところまでは覚えてるんだ。俺が生きてるってことは<サイフィード>も無事じゃないのか?」
途端にフレイとシオンの表情が曇る。え、ちょっと待って嫌な予感がするんですけど――。
「確かに自分の愛機の状態は把握しておいた方がいいだろうな。<サイフィード>の所まで案内する。――行くぞ」
俺はフレイとシオンの後に付いて愛機のもとへ歩いて行った。
「着いたぞ」
「着いたと言われても<サイフィード>の姿が見当たらないんだけど」
そこには装機兵はいなかった。あったのは完全に大破したスクラップだ。四肢はもげて装甲は剥がれ落ち、頭部半分を欠損している。
だが残り半分の顔を見た瞬間、俺は青ざめた。赤い目は光を失い全体的に原型を留めてはいないが、けれどこの機体は――。
「そ、そんな……<サイフィード>……どうして……こんな……」
俺が変わり果てた愛機の姿に茫然としていると、あの時現場にいたシオンが当時の状況を教えてくれた。
空中に投げ飛ばされ無防備なところに無数の光弾を当てられ大破したという。その前には五本の光針で串刺しにされていた。
それだけの攻撃を受けてコックピットが破壊されずに済んだのは奇跡だった。というか、こうして残っているのはコックピットの周辺部分だけだ。
ボロボロになった<サイフィード>に触れると、いつも感じていた竜の魂がなくなっていることに気が付く。
「こんなにボロボロになってまで俺を守ってくれたんだな。<サイフィード>……ありがとう……それに、ごめんな……」
大破した愛機を労わるように触れていると、俺たちに気が付いたクリスティーナ、フレイア、パメラが走って来た。
「ハルトさん、目が覚めたのですか。よかったぁ」
「起きて早々に愛機のもとへ来るとはな。お前らしいよ」
クリスティーナとフレイアが安堵しつつ呆れた顔を俺に向けている。その後ろでやはり呆れているパメラを見て、ランド教官の最後の言葉を思い出した。
そして、教官をみすみす死なせた自分の不甲斐なさとパメラに対する申し訳なさに俯いてしまう。
「あの、パメラ――」
「もしも、自分のせいでパパが死んだとか言うつもりだったらぶっ飛ばすわよ」
パメラは怒ってもいなければ悲しんでいる様子もない。俺が戸惑っていると彼女は続けて話し出した。
「シオンから聞いたわよ。パパの最期の瞬間をね。本望だったと思うわ。パパは教官の仕事にやりがいと誇りを持ってたからね。ねぇ、ハルト――パパはカッコよかったでしょ」
俺たちを庇って強大な敵を圧倒して見せた教官の最期を思い出した。目元が熱くなって涙が勝手に出てきてしまう。
「ああ、滅茶苦茶カッコよかったよ! そして凄く立派な最期だった」
パメラが少し涙ぐむ。両手で目を擦ると彼女は屈託のない笑顔を見せてくれた。
「それだけ聞ければ十分よ。後は生き残った私等が後を継いで頑張ればいいのよ。――そうでしょ?」
「そうだな。それが後を託された俺たちの役目なんだよな」
「その通りですわ。わたくし達は亡くなった方々の志を継いでもっと強くならねばなりません。――そして、今度はわたくし達が勝つのです!」
「クリス。ノルド国王のことは――」
俺が言いかけるとクリスティーナは人差し指を俺の唇に押し付けて黙らせてきた。その時、彼女の目には迷いが無いことに気が付く。
これ以上色々と言うのは悲しみを乗り越えたクリスティーナに対して失礼だと思い、俺はそこから先は言わなかった。
「ありがとうございます、ハルトさん。パメラのお父様と同じように父も自分の成すべきことを成して亡くなりました。あの撤退命令がなければ我々は戦い続けて全滅していた可能性がありましたから。だからこそ、彼等の気高い意志をわたくし達は受け継いでいくんです」
この場に集った竜機兵チーム全員が力強く頷いた。誰の心も折れてはいない。今度こそ勝つという意志が一人一人から感じられる。
俺も気合いを入れているとフレイアが心配そうな顔をしていた。
「そう言えば、お前は大丈夫なのか? あんな危険な目に遭って戦うのは怖くないのか?」
フレイアの言いたいことは分かる。俺が以前のフレイのように戦いに対して恐怖心を抱いたのではないかと心配しているのだ。
だがそんな心配は俺には必要ない。
「全く怖くないって言えば嘘になるけどさ。今の俺はティアを救い出して、ジュダスを地獄の底に叩き落とすことしか考えていないからな。ビビってる暇なんてないさ。今すぐここを飛び出して、あのキモイ笑い方をするバカ野郎をぶん殴りたくて仕方がないよ」
鼻息を荒くして言うとフレイアはクスッと笑っていた。こういう時のフレイアは凛としていてカッコイイ美人という言葉がしっくりくる。
「本当にお前らしいな。私は必ずティリアリア様を救い出す。――だからお前も諦めるな!」
「最初からそのつもりだよ。何が何でもあいつを助けてみせる。シリウスもセシルさんも、そして『第一ドグマ』に避難した王都の人々も助けだす」
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