第171話 パメラの涙②

「せっかくだから格納庫の休憩室で飲もうか」


 シオンの提案で休憩室にて二人は購入したジュースを飲むことにした。いつもと感じの違うシオンにパメラは少し戸惑いを覚えていた。


「どうしたのよ、シオン。何かあんた変よ。いつもなら、『僕を子供扱いするな』とか言って断るじゃん」


「そうだな。まあ、ジュースを飲むと言うのは単なる口実で二人でここに来ることが目的だったからな。この時間帯なら整備士たちは機体のメンテナンスに忙しくて休憩室は空になっているだろ」


「シオン、あんたまさか……こんな所で私と二人きりになって、このウルトラ美少女の私を押し倒そうってんじゃないでしょうね。――もう、しょうがないなぁ。ちょっとだけよ」


 パメラがおどけて言うとシオンがジト目を向けて来る。それを見てパメラはケタケタ笑っている。

 パメラの様子を見てシオンは溜息を吐くと休憩室の窓ガラスの方に視線を向けながら彼女に話しかけた。


「クリスの言った通りだな。今、相当無理しているだろお前」


「――へ? 私が? なんでそうなるのよ、私はいつもと同じ皆のムードメーカー、パメラちゃんよ」


「これでも一応『竜機兵チーム』の中じゃ古参組だからな。いい加減お前との付き合いも長くなってきた。――だから、お前がいつもと同じか違うかくらい話をしてみれば分かるさ」


 シオンはパメラを見ずに忙しそうに働いている整備士たちをガラス越しに見ながら言う。パメラは一瞬目を丸くするが、困った顔をしながら無理矢理笑顔を作っていた。


「ははは……ホント何を言ってんのかねこの男は。あんま変なこと言うと、あんたの嫌いな女装をさせるわよ」


「それでお前の気が済むのなら……それでお前が腹を抱えて笑えるのならいくらでもやってやるさ。――パメラ、僕は母のお腹にいる時に父親が死んだ。だから、僕にとって父親というものは想像上の存在でしかなかったんだ。祖父や母とは違って僕は父が亡くなっていることを同情されても他人事のように感じてしまう。今はハルトが父親という事になるが、それよりも仲間という感覚の方が強いしな。けど、お前は違うだろ。ランドさんは僕の目から見ても立派な騎士であったし、娘であるお前を気遣う優しい父親であったと思う。お前が父親を大好きだったのも知っている。――そんなお前が父親を亡くして平気でいられるわけがない。ガガン卿やフレイがあれだけ悲しんでいるのに、お前が我慢する必要はない。――パメラ、お前が一番泣いていいんだ」


 シオンはいつもと同じ声の調子でパメラに言った。ただ、最後の一言だけはパメラを気遣う優しい声をしていた。

 シオンが長々と話すのを意外だと思いながら聞いていたパメラの目元からいつの間にか大粒の涙がこぼれ始めていた。

 急いでそれを止めようと目元を拭うが、父親との思い出が心の中で次々に再生され胸が締め付けられるような思いと共に涙が溢れ出て来る。

 それを止める術は今のパメラには無かった。気が付くとシオンが視線を別の方向に向けたままタオルを差し出してくる。

 パメラはそれを手に取ると顔に押し付けてむせび泣くのであった。


「う……ああああああああ……パパァ……パパァァァァァァァァァ……うわああああああああああああああああん!!」


 それからどれくらい時間が経っただろうか。パメラはひとしきり泣いた後、タオルで思い切り鼻をかみすっきりとした表情をしていた。

 そして黙ったままずっと隣にいてくれたシオンに礼を言う。


「ありがとね、シオン。何も言わずにずっと傍にいてくれて。なんつーか、思いっきり泣いたら少し落ち着いたわ。自分でも気が付かなかったけど、相当無理してたんだね私」


「少なくともクリスと僕にはそう見えていた。恐らく他の連中も気が付いていただろうな」


「そっかぁ――皆には恥ずかしい所を見せちゃったね」


「気にするな、お互いさまだろ。それと僕はここにいただけで何も特別なことはしていない」


 シオンがクールな姿勢を崩さず言うとパメラはニコッと悪戯な笑い顔を見せる。


「それじゃ、今度女装してもらおっかな。久しぶりにシオンちゃんに会いたくなったわ」


「ちょっと待て、なんでそうなる?」


「え~、さっき私の為なら女装でも何でもしてくれるって言ったじゃん。ティリアリアを助けて王都を取り返した後でいいからやってよ。すんげーゴスロリのやつ」


「くっ、くそ……分かった……少し……だけだぞ……」


「へっへっへー。そんじゃその時よろしくね、シオン」


 シオンと約束を取り付けたパメラは満面の笑みを見せて、当日シオンに着せる衣装のプランを考えるのであった。

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