第170話 パメラの涙①
ハルトは『第七ドグマ』の医務室で眠っていた。
<オーベロン>によって<サイフィード>は原型を留めないほどに破壊されたが奇跡的にコックピット内部は完全破壊を免れていた。
その時の怪我と出血により帰還直後は危険な状態であったものの対応が早かったこともあり一命を取りとめた。
それから三日経過した現在もハルトの意識はまだ戻らない。ただ、異常とも言える回復力で傷口はほとんど塞がっており、肉体的には万全な状態に戻りつつあった。
クリスティーナとシオンは機体の調整が終わりハルトの容態をみに来ていた。
「――まだ目を覚まさないか。怪我はほとんど治っているというのにな」
「医師の話では精神的に受けたダメージの方が大きかったのではないかということでした。それでも今日明日には意識が戻るだろうということでしたわ」
「そうか――ところで、クリスは……その……大丈夫なのか?」
いつもとは違い遠慮がちなシオンの様子に少し驚きながらもクリスティーナは笑顔を見せていた。
「わたくしは大丈夫ですわ。泣くだけ泣きましたから、これ以上めそめそしてはいられません。それよりも心配なのは母です。王都を脱出して以降まともに休んでいませんから」
「それなら多分大丈夫だと思う。クレイン王太子殿下と母さんが王妃を無理矢理にでも休ませると言っていたからな」
その話を聞いてクリスティーナはホッとしていた。しかし、再び彼女は心配そうな表情を見せる。それは自分と同様に、あの戦いで父親を亡くした少女を思ってのことだった。
「それにパメラも心配です。いつもと同じように明るく振る舞っているみたいですが、彼女は今かなり無理をしていると思います。先程話をしたのですが、あの子はわたくしを心配するばかりで自分のことは二の次でした」
「だったらしばらくそっとしておけばいい。あいつのことだ、すぐに立ち直るさ。――それじゃ、僕は<シルフィード>の調整に行って来る。ハルトが目を覚ましたら知らせてくれ」
ぶっきらぼうな調子でシオンは医務室から出て行った。その後ろ姿を見送ったクリスティーナはクスッと笑っていた。
「本当に素直ではありませんわね。<シルフィード>の調整ならさっき終えたばかりだと言うのに。シオンはいったい何をしに格納庫に戻ったのでしょうね、ハルトさん」
――その頃、『第七ドグマ』格納庫では竜機兵全機がメンテナンスを受けていた。
その他にも先の戦いで損傷した<ガガラーン>も修理され破壊された左腕は元に戻っている。
その一角でフレイはガガンから叱られていた。
「まったく、いつまでも泣いておらずシャキッとせんか! 国内には既に『ドルゼーバ帝国』の戦力が侵入して来ている。いつ追撃があってもおかしくはないのだぞ」
「だから泣いてないって言ってるでしょうが! これは目にゴミが入っただけです。いつまでも落ち込んでなんていられませんよ。そんな調子でいたら教官にどやされます」
「よく言う。今朝まではあんなに落ち込んでいたのに」
「うっせーよ、フレイア! 兄のプライベートを勝手に公開するんじゃない」
今度は兄妹喧嘩を始めるフレイとフレイア。その騒動を聞いてパメラが呆れていた。
「本当に忙しい男ね、あんたは。整備の邪魔になるから騒ぐんなら他所に行ってやりなさいよ」
「どうして俺だけ怒られるの!? ひどっ」
「日頃の行いというやつだろ。ほら、兄さん行くぞっ」
「いたたたた、千切れる千切れるっ!!」
フレイアは兄の耳を引っ張って格納庫から出て行く。パメラから姿が見えなくなると手を離し、フレイの言動をたしなめた。
「全く、兄さんはデリカシーが無いな。パメラの前でランド教官の名を出すなんて」
それでフレイはばつが悪そうな顔をする。扉からパメラの様子を見て大丈夫かと心配するが、彼の心配を他所にパメラはせっせと機体の調整を行っていた。
「あの調子なら大丈夫そうだな。さすがはランド教官の娘――鋼のメンタルじゃないか」
「そうかな。逆に私はパメラが心配だ。無理をしている様に見える。だからと言って私がそれを言ったところでどうすることも出来ないのだが――ん?」
フレイとフレイアが秘かに見守っていると、いつの間にか格納庫に戻って来たシオンがパメラのもとへ真っすぐ向かっている姿が見える。
二人はそれを見て顔を見合わせ、ニヤリと笑うのであった。
「パメラちょっといいか?」
「うあっ、びっくりしたー。何よ、シオン。ハルトの所へ行ったんじゃなかったの?」
「あいつはまだ眠ったままだ。それにあの場に居続けたら邪魔だしな」
「ああ、成程ね。クリスに気を遣ったってわけか。ぶっきらぼうなあんたにしちゃ、随分と気が回るようになったじゃない。ジュース奢ってあげようか?」
パメラがにししと笑いながら冗談で言うとシオンは「それじゃ奢ってもらおうか」と肯定で返し、パメラは本当にジュースを奢る羽目になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます