第169話 あの頃のように②
そう言いつつもまんざらでもない様子でシャイーナはシェリンドンの膝枕で横になった。まっすぐに上を見ると穏やかな顔をしたシェリンドンが優しい瞳で見ている。
そうしていると王都を出てから無意識に抑え込んでいた自分の感情が徐々に表に出てくるのを感じていた。
「――ありがとう、シェリー。お陰で休めたわ。そろそろ仕事に戻るわね」
「今のシャイーナ王妃の仕事はちゃんと休むことです。あれから満足に寝ていないとクレイン王太子殿下から窺っています。私の重要案件はあなたをちゃんと休ませることです」
シェリンドンは王妃の髪を優しく撫でながら自身の目的を伝える。その優しさに触れてシャイーナの目から涙が滲み出る。
シャイーナは自分が泣いていることを気付かれないようにと身体の向きを変え、その間もシェリンドンは彼女の髪を撫でながら母親のように優しく接していた。
「シャイーナ先輩。この部屋には私とあなたしかいません。だから、ここにいる間は王妃としてではなく、一人の女性としてのあなたに戻っていいんです」
その言葉を聞いてシャイーナの目が見開かれる。そしてぽつぽつと自分の心の内を話し始めるのであった。
「――シェリー、私……本当はね、あの時……クレインとクリスを先に行かせた後、ノルドと一緒に死ぬつもりだったの。――だって、あんな場所で……一人ぼっちで……ノ、ノルドを……一人置いてい、いくなんて……そ、そんなの酷過ぎる……もの」
シャイーナの声は段々と震えたものになっていき、その目から涙がとめどなく溢れ彼女の頬を濡らしていった。
その姿を見たシェリンドンの目からも涙がこぼれ落ちるが、彼女は微笑みを絶やさず泣き続ける王妃の髪を優しく撫で続ける。
「で、でも……私、死ねなかった。ノルドと子供たちのことを話していたら、私がいなくなった後のこと……考えちゃって……し、死ねなかった……。ノルドはひ、一人であんな……あんな最期なんて……別れなんて、ひ、酷過ぎるよぉ。シェリー、ノルドが……ノルドが……死んじゃったよぉぉぉぉぉぉぉ。ノルド……ノルド……ノルドォォォォォォ」
シャイーナは子供のように泣きじゃくりしばらくすると、うとうとしながら少し落ち着いた様子を見せていた。
「シェリー、ノルドの夢はね次の世代に国をゆだねた後、四苦八苦する若者たちの成長を見守りながら余生を過ごすことだったの。そして、いつか国内を二人で見て回ってみようって話をしてた。――二人一緒に年を取って、少しずつしわくちゃのお爺ちゃんとお婆ちゃんになって、眠るように最期を迎えれば言うことは無いって――でも、それって凄く……難し……ね……」
泣き疲れ、疲労も溜まっていたシャイーナはそのまま眠ってしまった。シェリンドンは彼女の涙を拭い、目覚めるまでそのまま傍にいるのであった。
――翌朝、目を覚ましたシャイーナは身支度を整え朝食を済ませるとシェリンドンと色々話をしていた。
「あなたとクレインがアイコンタクトをしていたから何か怪しいなとは思っていたけど。――ありがとう、シェリー。お陰ですっきりしたわ。またへこんじゃったらシェリーママに癒されに来るから、その時はよろしくね」
「はいはい、分かりましたよ先輩。学生の頃はそうやって毎日のように膝枕をしていたんですから、もう慣れっこですよ」
二人は笑い合うと話題を変えた。さっきまでの和やかな雰囲気が変わり真剣な顔になる。
「そう言えば、ハルト君は目を覚ましたの? 一命を取りとめたと聞いていたから安心していたのだけれど」
「はい。怪我と出血多量で一時は危なかったのですがもう安心です。意識はまだ戻っていないのですが、医師の話では今日あたり目を覚ますのではないかということです。怪我も物凄いスピードで治っていて医療スタッフが驚いていました」
「それは転生者の力によるものなのかしら。だとしたら本当に凄い存在よね。――それにしても彼が無事で本当に良かったわ。妻であるあなたには申し訳ないけど、彼の力は今後の戦いに勝つには必要不可欠だもの」
「それは私も覚悟しているつもりです。王都での戦いで<サイフィード>が破壊された時にはその決心が揺らぎましたけど。――でも、ハルト君は戦うことを止めないでしょう。彼は自分が背負ったものを途中で投げ出すような人ではないですから。だから、私は私にしか出来ない形で彼をサポートしていきます。シャイーナ王妃、これに目を通していただきたいのですが」
シェリンドンは端末から一機の装機兵の設計図を表示するとそれをシャイーナに見せる。その内容に王妃はただただ驚くことしか出来なかった。
「これは……これが本当に装機兵なの?」
「これからの戦いに備えてマドック錬金技師長と私で設計した機体です。現在マドック技師長が最終調整を行っています。これが私たちが用意した切り札です。そして、これの性能を引き出せるのは彼しかいません」
シェリンドンの瞳は揺らぐことなく設計図に注がれている。
その先に見据えているのは、その機体の操者である彼女の愛する人物なのだろうとシャイーナは理解していた。
「分かったわ。この機体がいれば王都奪還も可能かもしれない。そして、敵に囚われたティリアリアも助け出さないとね」
「はい」
絶望の中で芽生えた小さな希望。それが世界の暗雲を晴らす力を秘めているとはシャイーナはおろかシェリンドンすらもこの時は予想していなかった。
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