第165話 継がれる思い

 衝撃を受けた俺たちの反応に満足したのかジュダスは大笑いして勝手に説明を始める。


『<オーベロン>はこのクソ聖女でないと動かせない仕様らしくてね。その機械は<オーベロン>に聖女様がコックピットにいると誤認させるための装置なんだよ。それのお陰で今はこうして僕の意のままに機体を操ることが出来る。しかも、そいつから無尽蔵にマナが補給されるから僕は全くしんどくならないっていうおまけ付きだ。ああ~、最ッ高の気分だよ! この最強の装機兵の力をなんの不自由もなく使えるんだからねっ!!』


 <オーベロン>の周囲に無数の魔法陣が展開されるとそこからエレメンタルキャノンが発射された。

 光の砲弾の群れは王都中にばら撒かれ一瞬で街の建物を消し飛ばした。

 その結果、建物を焼いていた炎も一緒に消失しており、その威力と攻撃範囲の広さにゾッとする。

 ゲームで観ていたのとは桁違いの恐怖をヤツは無差別にまき散らしていた。


「くそっ、何て威力だ! 皆、<オーベロン>から距離を取れ。一撃でも当たれば致命傷になる。ヤツは俺が止めるっ!!」


 俺は<サイフィード>のエーテルスラスターを全開にして<オーベロン>に向けて跳躍した。

 一方の妖精王は右手から光の剣――フォトンソードを出すとそれでエーテルカリバーンの斬撃を受け止める。


「ちっ!」


『それで精一杯かい? 所詮はモブアバターの為に用意された紛い物の竜。この<オーベロン>と比べたら羽虫みたいなもんなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


 もう一方の手からフォトンソードを出し斬りつけて来る。

 後ろに飛んでぎりぎりで回避すると、背部から殺気を感じた。少し遅れてコックピット内で敵の接近を知らせるアラートが鳴り響く。

 その方向から<シヴァ>が剣先を突き出しながら接近してくるのが見えた。

 迂闊だった。敵は<オーベロン>だけじゃなかったって言うのに。怒りのあまりに視野が狭くなっていた。


『お前の存在は危険すぎる。悪いがここで退場してもらうぞ、ハルト・シュガーバイン!』


『そうはさせん!!』


 一機の装機兵が<サイフィード>を押し出し、代わりに敵の剣に貫かれた。それは――<ウインディア>だった。


「あっ……ああああああああっ! ランド教官ッ!!」


 モニターに<ウインディア>のコックピット内の様子が映る。ランド教官は血だらけになりながらも俺に微笑んでいた。


『まったく……このバカ者が。装機兵に乗っている時は周囲に注意を払うようにといつも言っていただろう?』


「教官、早く脱出してください! 俺が受け止めますから!!」


『馬鹿を言うな! 敵の目の前で的になるつもりか、お前は。そんなことを教え子にさせるわけには――いかんっ!!』

 

 <ウインディア>がエーテルスラスターを全開にして<シヴァ>を後退させていく。それは信じられない光景だった。

 <シヴァ>の操者もこの状況を理解できないらしく、驚いた表情を初めて見せていた。


『なっ、バカな! こんな半死半生の装機兵のどこにこんな力がっ!?』


『分からないか? なら良い事を教えてやる。装機兵と操者の心が一つとなった時、限界を超えた力が発揮される。俺の教え子たちがそれを成した時、お前たちは手も足も出ないだろうな!!』


『くっ、世迷言をっ!』


 <シヴァ>が剣を引き抜こうとするが<ウインディア>は敵の腕と肩を把持して動きを封じていた。


『剣が……抜けないだとっ! こんな……』


 <ウインディア>によって全ての行動が妨害され敵操者の焦りが顕著になっていく。その時ランド教官が大声で俺の名を呼んだ。


『ハルトォォォォォォォォ! いいか、よく聞けっ! 前にも言ったが、憎しみに身をゆだねて戦うなっ! 本当に戦わなければならない敵を見定める心と目を持って戦え!! ガガン団長、パメラと……俺の教え子たちを……頼みますっ!!!』


 <ウインディア>が光を放ち始めた。それにつれて機体のエーテル値が爆発的に高まっていく。

 教官の意図に気が付いたガガン卿が血相を変えて叫んだ。


『いかんっ! 早まるな、ランド。それはわしの役目だ。お前が逝くなっっっ!! パメラを一人にする気かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 <ウインディア>のボディが赤熱化し火花を放ち始める。<シヴァ>が必死に逃げようとするが、教官はそれをパワーで抑え込んでいた。


『やはり、こいつ――自爆する気かっ!!』


「教官、駄目だ……死んじゃ駄目だ!! 俺はまだ教官になんの恩返しも――」


 言いかけるとランド教官はニヤッと笑っていた。こんな風に笑った教官を見たことは今まで一度も無かった。


『嬉しかったぞ……お前と一緒に背中を合わせて戦えたこと。パメラにすまないと伝えてくれ――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 ランド教官の雄叫びと共に<ウインディア>のエンジンが臨界に達して大爆発を起こす。

 高熱と爆風を受けて<サイフィード>が吹き飛ばされたが、<ガガラーン>がキャッチしてくれた。

 俺とガガン卿の前方では爆発で生じた火柱が激しく燃え上がっている。直後、足元に何かが落下してきた。

 それは半壊した<ウインディア>の頭部だった。それを見てランド教官の機体が完全に吹き飛び恩師の命は助からなかったという事実を突きつけられた気がした。


「あ……ああああああ、ランド教官……きょう……かん……うわああああああああああ!!」


 頭の中が真っ白になった。さっきは怒りでそうなったが、今度は悲しみ苦しみが次々に押し寄せて何も考えられなくなっていた。

 俺が俯いているとガガン卿が目を見開いている様子が見える。俺もガガン卿と同じ方向に視線を向けると火柱の中から出て来る<シヴァ>の姿があった。


『な……こんな……こんなバカなことがあるというのか。ランドが……ランドが自らを犠牲にしたのだぞ。それなのにこいつは健在だというのか……!!』


 <シヴァ>には表立った破損は見られない。ランド教官は死んでどうしてこいつは生きているんだ。こんなの理不尽過ぎるじゃないか!

 悲しみで真っ白になっていた心に怒りの火が灯る。教官の仇が目の前にいる。俺が仇を撃つんだ。


『――エーテルハイロゥ発生装置損傷、出力五十パーセントまで低下。戦闘には支障ないがこれ以上無茶をする必要はないな。しかし、たった一機の装機兵にここまでやられるとは。――信じられん』


 敵の冷静な声が聞こえて来る。怒りに任せて俺が<シヴァ>に突貫しようとするとガガン卿がそれを制した。


『怒りに身を任せるな、ハルト!! ランドが最後に言った言葉を忘れたのか!? お前が今戦わなければならないのは誰か。そしてお前が救わねばならないのは誰か。少し考えれば分かるだろ!!』


 ランド教官が最後に見せてくれた笑顔を思い出す。俺は唇を噛むと遥か後方で空に浮いている巨大な装機兵に視線を向けた。


「――ガガン卿、<シヴァ>をお願いします。俺は――ティアを助けに行きます!!」


『うむ、任された。――やるぞ!!』


「――はい!!」

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