第164話 囚われの聖女


 突然王都の地下から<オーベロン>が姿を現した。

 『竜機大戦ヴァンフレア』の聖女ルート、その最終ボスであるこの機体がどうしてそんな場所から現れたのかは分からない。

 それにこいつは本来ティリアリアの専用機で彼女以外の人間には動かすことは出来なかったはずだ。

 それなのに、今<オーベロン>から聞こえてくるのはイカれた男のイカれた笑い声だ。次々とわけの分からないことが連発して頭の整理が追いつかない。

 その時、<アクアヴェイル>に同乗しているシャイーナ王妃が青ざめた顔でその名を口にしていた。


『あなたはまさか……ジュダス・ノイエ大臣?』


 すると<オーベロン>から発信されていた高笑いがピタッと止まった。空気の重い静寂が数秒続いたかと思うとモニターに男性の姿が映る。

 俺が『アルヴィス城』にティリアリアたちを送りに行った際に会った人物―-ジュダス・ノイエだった。

 

『おやおや、王妃様生きておいででしたか。それにどうやらクレイン王太子も無事のようですね。ですが……ふむ。ノルド国王の姿が見えないようですが如何なさいましたかな?』


 ジュダスはわざとらしい手振りで考え込むような仕草をしている。それに対しシャイーナ王妃やクリスティーナは悲痛な表情を見せていた。

 

「クリス……まさかノルド国王は……」


『ハルトさん……お父様は……死にました……』


「っ!?」


 力なくうなだれるクリスティーナの姿を見て俺は何も言えなかった。

 先日のグランバッハ家でのノルド国王とのやり取りを思い出し、俺の目から無意識に涙が溢れて来る。

 『アルヴィス王国』に所属する全員がクリスティーナの報告を聞き、ある者は泣きある者は信じられないという表情を見せている。――ただ一人を除いては。

 

『――ひっひひひ! あははははは、もうダメだ笑いが込み上げてくる、抑えられないよ! そうかぁ、死んだかあのクソジジイ。僕の恋路を邪魔するからそんな事になるんだよ。ザマァァァァァァァァ!!』


「何だよ、お前。何を言ってるんだ!?」


『以前ノルドに言ったんだよ。クリスを僕にくださいってね。――けど、ヤツの答えはノーだった。……信じられるか? この世界の真の主人公である僕の申し出にノーと言ったんだぞ、あの無能はっ!!』


 ついさっきまで狂ったように笑い転げていたジュダスが突然怒りを露わにした。冷静で物腰の柔らかかった彼とは別人のような豹変ぶりに閉口してしまう。


『おまけに突然現れたモブのような転生者にクリスをくれてやりやがった! その他にもモブ聖女のティアや秘かに人気のあったフレイア、おまけに準ヒロインとも言われたシェリンドンまでも同時に妻にするハーレムを作ったんだ。それだけじゃない。貴族として爵位を授かった上に聖騎士なんて称号まで与えられた。――たかがモブ野郎のくせに生意気なんだよっ! 本来ならそれらの栄誉は全て僕のものだったんだ。お前はそれを全部横取りしたんだよ、ハルト・シュガーバイン!!』


 口早にまくしたてるジュダスの異常性に驚く。だが、こいつの言っている内容でこいつが何者なのか分かった。


「ジュダス……あんたも転生者だったんだな」


 俺が指摘するとジュダスは顔を歪ませる不気味な笑みを浮かべた。本当に気持ちの悪い笑い方だ。


『その通りだよ。前世の記憶が甦った時には既にこの国の大臣になっていたんで少々戸惑ったけどね。でも状況整理が出来たら笑いが込み上げて来たよ。何といっても、今の僕には非常に高い頭脳がある、地位も名誉も既に得ている。それに家も貴族で大金持ちだ。前世のような平均以下のクソのような人生とはまるで違う、生まれながらにしての勝ち組だ!』


「だったらそれで十分だろうが。それがどうして<オーベロン>なんかに乗ってるんだよ!」


 ジュダスは「ちっちっちっち」と言いながら人差し指を左右に振って笑っている。そして俺に対して再び不気味な笑みを見せて来る。


『十分なわけないだろ? 確かに普通に生きていく分には問題ない。――でもね、この世界は魔法で動くロボットが戦争をする世界なんだよ。それなら最強のロボットに乗って最強の存在になりたいと思うじゃないか。だから僕は欲したんだ、この<オーベロン>をね! ゲーム知識と金を使って探し回っても見つからなかったから正直焦ったよ。けどね、この城の避難経路のチェック中に地下に続く別の通路を偶然見つけてね。その先にあった地下施設に置いてあったのがこの<オーベロン>だったのさ。その時僕は確信したんだよ、やっぱり僕こそがテラガイアの神になるべき存在なんだってね』


 手を広げて悦に浸るジュダスの目は濁り切っているように俺には見えた。こいつの言いたいことは大体分かった。けどそんな事はどうでもいい。


「お前はこの世界に生きていながら、まだそんなゲーム感覚でいたのか! しかもそんな怪物まで引っ張り出してきて、この国の人たちを裏切って。<シヴァ>の操者が言っていた協力者ってのもお前のことだったんだな」


 俺が<オーベロン>に向かって行こうとすると、クリスティーナがそれを止めた。彼女と王妃の顔色が真っ青になっている。


『待ってください、ハルトさん。ティリアリアはジュダス大臣と行動を共にしていたはずなんです。――ジュダス大臣、あなたはティリアリアを何処に連れて行ったんですか。あの子は無事なんですか!?』


 途端に周囲が静寂に包まれた。建物が燃え崩れる音が時々聞こえて来る。心臓の拍動する音がうるさく聞こえて不愉快に感じる。

 すると俯いていたジュダスが突然顔を上げ醜悪な笑い顔を見せた。


『ああ、はい、はい、あの胸がデカいだけが取り柄のモブ中古聖女様ね。あいつは無事ですよ。一緒にいたシリウスとお付きのメイドは殺し損ねて逃げられたけど、目的はあのモブ女だったから問題なし。しかしあの女は本当に酷かったね。ゲームではお淑やかな雰囲気で終始押し通していたのに、この世界では狂犬みたいなメスガキだった。僕がそこのモブ野郎を色々言っていたら『ハルトを馬鹿にするな』とか言って噛みついて来てね、何度も引っぱたいてやったのに黙らずにずっと向かってきやがった。思い出すだけで虫唾が走るクソメスだったね。あのクソ聖女のせいで僕の神聖な血液が流れ出てしまったよ』


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがプツッと音を立てて切れた。頭の中が真っ白になり、得意げに笑うこの下衆を殺したくて堪らなくなる。


「――おい、てめぇの薄汚い血の話なんてどうでもいいんだよ! ティアは何処にいる。返答次第じゃぶっ殺すぞ!!」


『雑魚モブのくせに生意気だよ、お前。――でも僕は寛大だから教えてげようか。お前のだーい好きなモブ中古聖女様はねえ、お前の目の前にちゃーんといるよ』


「えっ?」


 呆気に取られているとモニターに新しい映像が映し出される。それを見た瞬間、心臓がドクンと大きく脈打つのを感じた。

 そこには触手のような機械に身体中を縛られ気を失っているティリアリアの姿が映っていた。

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