第160話 その名はブラフマー


 ハルトたちが<シヴァ>と死闘を繰り広げていた頃、もう一機の熾天機兵してんきへいが向かった『第一ドグマ』でも激しい戦闘が行われていた。

 遠距離から<ドラタンク>がエーテルガトリン砲を連射するが、目標である黒い機体<ブラフマー>のエーテル障壁に阻まれかすり傷一つ付かない。

 

「くそっ、やっぱりこの程度の火力じゃ障壁を破壊できないか」


「兄さんは離れて、私が行くっ!」


 <ヴァンフレア>がエーテルスラスターを最大にし<ブラフマー>へと肉薄する。

 二刀のエーテルソードで斬りかかるが、死神の鎌を連想させる武器ザグナルサイズの刀身で受け止められた。


「くそっ!」


『いいねぇ、悪くない攻撃だ。それにしても今回は今までと随分趣が変わったなぁ』


 黒い装甲の機体は死神の鎌ザグナルサイズを巧みに操り、フレイアの攻撃を次々と受け流していく。

 <ヴァンフレア>のコックピットモニターでは黒色短髪のごつい男がテンション高めに笑っていた。

 この男は『第一ドグマ』に現れてすぐに自らを〝ラファエル〟と名乗り、機体はセラフィムシリーズの一機である<ブラフマー>だと言っていた。

 笑うラファエルに対し苛立ちを覚えたフレイアが睨み付ける。


「どういう意味だ!」


『言葉通りの意味さ。これまで八百回以上やり直した世界ではフレイア・ベルジュが<ヴァンフレア>の操者になったケースは一度も無かった。おまけに<ヴァンフレア>の性能を引き出せていなかった兄貴のフレイが見たことも無い機体に乗っていて、それが操者との相性抜群とか笑えるじゃねーか。――これが転生者の影響と考えると、システムTGテラガイアのやったことも案外バカに出来ねーな!』


 死神の鎌をフレイアが躱して一旦後退すると入れ替わるようにしてパメラが敵に突っ込んで来る。


「無駄にテンション高いヤツは隙だらけなのよ。――インパクトナックル!!」


 <ブラフマー>の腹部に<グランディーネ>の拳が入り、間髪入れずに衝撃波が叩き込まれた。それにより二十メートル以上の巨躯が地面から浮き上がる。


「これならどうよ!」


『いい一撃だが、戦力差を見抜けていないところを見るとまだまだ甘いな』


 黒色の機体は<グランディーネ>の頭部を鷲掴みにすると、そのまま地面に叩き付ける。仰向けになった胴体を踏みつけると周囲の地面に亀裂が入った。


「くあああああああああああっ!」


 パメラが悲鳴を上げる中、フレイアが再び敵に向かって行く。両手に持っていた剣が燃え上がると刀身から炎を発する武器へと変更されていた。


「ドラゴニックウェポンならば!」


 エーテルカンショウとエーテルバクヤ――二刀一対のドラゴニックウェポンは<ブラフマー>の障壁を破り後ろに吹き飛ばした。


「パメラ、大丈夫か?」


「いてて……私は大丈夫。サンキュー、フレイア」


 攻撃を受けた<ブラフマー>の胸部には僅かに十字傷が付き、ラファエルはそれを興味深そうに見ていた。


『ほう、こいつは驚いたぜ。エーテルハイロゥの障壁を突破して<ブラフマー>に傷をつけるとはな。そのドラゴニックウェポンというのもこれまでには無かった武装だ。どうやら竜機兵の性能が底上げされているようだな』


 全く動じる気配の無いラファエルとほとんどダメージの無かった敵機を目の当たりにして、フレイアたち三人は改めてこれまでの敵とは格が違うと思い知らされていた。


「――パメラ、あいつは今までの敵とは桁違いに強い。こちらが全力を出し切っても倒せないかもしれない。唯一可能性があるとすれば、ヤツが私たちを甘く見ている隙に乾坤けんこん一擲いってきの攻撃を叩き込む。それしかないだろう」


「分かった。それならあいつが知らないこっちの奥の手を使うしかないね。――つまりチャンスは一回だけってことか」


 フレイアとパメラは頷き合って決意を固めた。


「兄さんは最初に弾幕を。その後は私たちの攻撃直後にありったけの攻撃を叩き込んでくれ」


「了解だ。――やるぞ、フレイア、パメラ!」


「ああ!」


「合点承知!」


 三機は散開し<ドラタンク>がエーテルガトリング砲を連射する。その無数のエーテル弾は<ブラフマー>だけでなく地面にも撃たれ、大量の土煙が周囲に舞った。


『ちっ、視界が……。古典的な手を使いやがって。だが、奇襲を仕掛けてきたところで<ブラフマー>には効かねぇぜ』


 ラファエルは竜機兵の想像以上の性能を認めていたが、それでも熾天機兵と比較して脅威にはなり得ないと考えていた

 弾幕に対処すべくエーテル障壁を張って悠然と立っていた所、煙の向こうから二機の装機兵が突然姿を現す。


『ふん、予想通りの戦術だな。実につまら――ん?』


 最初は余裕の笑みを浮かべていたラファエルの表情が一気に変わる。目の前に現れた<ヴァンフレア>と<グランディーネ>の姿が先程までとは違っていたのだ。

 機体の各部に増加装甲を装備した二機から予想を遥かに超えるエーテル反応が感知されていた。


『何だと。これはいったいどういうことだ!?』


 急いで身構える<ブラフマー>だったが、それよりも早く白金の盾を装備した<グランディーネ>が突撃を敢行する。


「遅いんだよ。ドラグーンモードのファフニールはいつもと一味も二味も違うんだからね!!」


 高密度のエーテルを纏ったエーテルアイギスは敵の障壁を破壊し、その黒い巨躯を押し込んでいく。

 そのパワーを前に油断していたラファエルはすぐに体勢を立て直せない。今までかすり傷しかつかなかった黒い装甲に歪みが生じていった。


『ちいぃぃぃぃぃ、味な真似を。……だがな、その程度でこの<ブラフマー>がやられるかよっ!』


「そんなの百も承知だっつーの! 私の役目はあんたの動きを止めることだ!!」


 嫌な予感がしたラファエルが進行方向に目をやると、そこにはドラグーンモードを発動させた<ヴァンフレア>が双剣にありったけのエーテルを集中させながら回りこんでいた。


『なっ!?』


「行くぞ、パメラ。燃え尽きるなよ!!」


「心配ご無用。私の<グランディーネ>はめっちゃ頑丈だかんね!」


 <ヴァンフレア>は炎を纏う剣を重ねて<ブラフマー>に向かってくる。


「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、ケツァルコアトルッッッ!!」


 豪炎の一太刀が<ブラフマー>に浴びせられた。炎の剣と大地の盾に挟まれる形となった黒い機体は炎に包まれながら潰れるような鈍い音を周囲に響かせる。


『くそがあああああああああああ! こんな手を持っていやがったとはなあああああああ!!』


 必死の形相を見せるラファエルに対して、フレイアとパメラはニヤリと笑った。それを見た黒髪男は嫌な予感に冷や汗を垂らす。


「誰がこれで終わりと言った? まだサービスタイムは続くんだ。最後まで席を立たずにゆっくり楽しんで行け!!」


「そういうこと。こんな美人二人に挟まれてんだから男冥利に尽きるってもんでしょうが、この黒ゴリマッチョ!!」


 その時、三機を囲むように花のつぼみのような物体が複数地面に打ち込まれ花弁のようなパーツが開いていった。

 バチバチと音を立てながら機械の花が光り出す。


「二人共離れろっ!!」


 フレイの指示を合図に二機の竜機兵は<ブラフマー>から急速離脱する。

 二機が安全域まで離れたのを確認すると、すぐさま機械の花から電撃が放たれ中心部にいる黒い機体を焦がしていった。


『がああああああああああああっ!?』


「ライトニングコレダーの効果が続いているうちに一気に決めさせてもらうぜ!」


 <ドラタンク>は持てる全ての火器を一斉に装備し、電撃で動けない<ブラフマー>に照準を向けた。


「色々とやってくれたお返しだ。全弾持っていけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 フレイの咆哮と共に<ドラタンク>の火器の一斉射が開始された。

 絶えずエーテルガトリング砲が撃たれ、断続的にエレメンタルキャノンやエーテルバズーカ、レールガン、アヴァランチ炸裂弾が発射される。

 それら無数のエーテル弾が命中するにつれて黒い機体を包む爆発は大きくなっていった。

 しばらく続いた一斉射が終わると弾を撃ち尽くしたエーテルガトリング砲がカラカラと回る音が聞こえていた。

 <ドラタンク>のコックピットでは自機のEPエーテルポイント低下や斬弾数0を示すアラートが鳴っていた。

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