第156話 平穏が崩れる音
◇
『ドルゼーバ帝国』との休戦延長期間が終了し、『アルヴィス王国』北にある国境付近では双方の国の装機兵部隊が睨み合いをしていた。
その現場ではジェイソン・マッカーニー騎士団長が指揮を執っている。
貴族出身の無能な騎士たちが一掃されてから騎士団の士気は高まっているのだが、その影響か若い騎士たちは血の気が多くて手綱を取るのに苦労しているようだ。
結局休戦中に帝国は終戦の申し出に応じることは無かった。今もこうして国境付近に戦力を持ってきている辺りやる気満々らしい。
しかし妙なのは休戦期間が終了したにも関わらず動こうとする気配がないことだ。まるで何かを待っているかのような不気味な感じがする。
俺たち『聖竜部隊』はとりあえず『第一ドグマ』で待機しており、戦場に動きがあれば出撃できるようにしていた。
竜機兵各機へのドラグーンモード搭載と操者の慣熟訓練は十分に行われ戦力は大幅に上がった。
気になるのは最近どうも<サイフィード>の反応が遅く感じることだ。
整備はしっかり行われているから問題ないはずなのだが機体を動かしている時に<サイフィード>自身が煩わしさを感じているような、そんな感覚が俺に流れてくる。
以前マドック爺さんに言われたことを思い出した。
竜機兵の核になっているドラグエナジスタルは操者と同調を繰り返す毎に成長していき、それは竜機兵自身の成長に繋がる。
操者と共に成長する装機兵――それが竜機兵の最大の特徴なのだと。
けれど竜機兵の試作機として造られた<サイフィード>は、その〝成長〟に対応する構造にはなっていないそうだ。
「シェリーは他の竜機兵のメンテや<ニーズヘッグ>の調整で忙しいし、今度マドック爺さんに会ったら相談してみるか」
「ハルトー、それじゃ僕たちは会議に行って来るよ。ティリアリアは僕とセシルが送るから――」
「ハルト様、シリウス様とティリアリア様は私が責任を持って自宅までお送りいたしますのでご心配なく」
『アルヴィス城』で行われる会議に出席するティリアリアたち三人を送り、帰ろうとするとシリウスが男らしく振る舞っていた。
だがセシルさんによって結局あいつも護衛対象扱いになっており、立つ瀬がない状態だった。
セシルさんはロム卿ばりに生身での戦闘力が高いので、彼女がいると安心だ。シリウスは腕っぷしは弱いのであまりあてにはしていない。
なので俺がティリアリアの安全をお願いする人物は決まっている。
「セシルさん、ティアとついでにシリウスのことをよろしくお願いします」
「承りました」
「ひどっ、僕だって本気を出せばそれなりに戦えるんだよ!」
「それじゃ行って来るわね。帰りは夕方になると思うから。ハルトもこれから『第一ドグマ』に行くんでしょ。道中気を付けてね」
「ああ、ティアも会議頑張れよ」
シリウスが一人で不満そうな顔をしていたがそれを無視していると、城の奥から一人の男性が姿を現した。
「ティリアリア様、シリウス様到着でおいででしたか。もうすぐ会議が始まりますので会議室までお越しください」
彼の名はジュダス・ノイエさん。三十代という若さで大臣になった優秀な人物だ。 俺たちが国王に会いに来た時に案内をしてくれた人物だったが、最近名前を知った。
彼と軽く挨拶を交わしているとティリアリアとシリウスが俺に手を振りながら会議室へと向かって行った。
セシルさんは護衛ということで会議室の外で待機するらしい。
その場に残った俺とジュダスさんは慌ただしく階段を上って行ったティリアリアとシリウスの姿に苦笑いしていた。
「なんかすみません、落ち着きのない二人で」
「いえいえ、今のこの国において元気のある方がいてくれるとこちらとしても助かりますよ。――さて、そろそろ私も行かないと。今日は終日晴れですし散歩日和ですよ。王都散策には持ってこいだと思います。ハルト様もたまには息抜きしてみてはどうですか?」
「そうですね、確かにいい天気だしちょっとぶらついてみようかな。それじゃ、俺はこれで失礼します」
挨拶をして振りむこうとしたその瞬間、ジュダスさんの目つきが鋭くなっていたような気がした。
急いで振り返ると忙しそうに小走りで会議室の方へと向かって行く彼の後ろ姿が見えた。
何だったんだ今の嫌な感覚は――。少し胸に引っかかるものを感じながらも俺は気を取り直して城を出た。
確かに今日は晴天だ。昨日は雨だったので一般家庭では溜まった洗濯物を一斉に干している。
大量の白いシーツがカーテンのようになって風になびく様は平和を象徴しているようで見ていて心が和む。
外では子供たちが遊んでいて、母親たちは雑談をしながら子供たちの行動に目を光らせていた。
ふと空を見てみる。――普通の空だ。本当にあの向こうに惑星を一周する巨大なリングがあるのだろうか。
SF好きとしては一度見てみたいものだがカーメルの話だと、大気中のエーテルの影響で大気圏外に存在するオービタルリングは見えないらしい。
それを見ようとするのなら自分も大気圏外に出なければならないのだ。
まだ散歩する時間はあるが、王都内に複数設けられている『第一ドグマ』への特別通路で格納庫に向かうことにした。
この特別通路は王都で非常事態が発生した時に住民が『第一ドグマ』に避難出来るように造られたものである。
『第一ドグマ』は地中深くにある広大な基地になっているのだが、装機兵などの開発製造を行う区画以外にも王都の住人が避難しても数ヶ月以上は生活できる居住区が設置されている。
所謂地下シェルターというやつだ。
ちょっと散歩したい気持ちに後ろ髪を引かれながらも、格納庫にいるロボット達を眺めたい気持ちの方が強く足早に通路を進んで行く。
そろそろ『第一ドグマ』に出るというところで突然地震が起こった。だが、どうにもおかしい。衝撃が上から来ている感じだ。
嫌な予感する。揺れが続く中、通路を走って進んで行きやっとの思いで装機兵の格納庫区画へと出た。
するとそこはパニック状態だった。機体のメンテナンスをしている錬金技師や整備士たちが右往左往している。
状況を把握するため誰かに声を掛けようとすると<シルフィード>に乗り込もうとしているシオンがいた。
「シオン、いったい何があった!?」
「敵襲だ! 空から装機兵の集団が降下してきて、王都とこの『第一ドグマ』が同時に攻撃を受けている!」
「敵襲なんてありえないだろ! 国境には騎士団の大部隊が防衛網を張っているんだぞ。敵の攻撃があれば事前に報告が来るはずだ!」
<サイフィード>のコックピット目指して走りながら会話を続ける。お互いに機体のコックピットに乗り込むと今度はモニター越しに状況整理をする。
エーテル通信を<ニーズヘッグ>のブリッジに繋げるとオペレーターのアメリがモニターに映った。
「アメリ、状況を教えてくれ。空から敵が来たってどういうことなんだ!?」
『それが、現在王都に攻撃を仕掛けているのは『ドルゼーバ帝国』ではなく『クロスオーバー』の機体なんです。『オシリス』に現れた<サーヴァント>五十機以上が王都直上から降下してきました。どのようなルートでこちらの領空圏内に入ったのか不明です。現在王都の防衛部隊が緊急出撃して応戦していますが、戦力の大部分は国境防衛の為に出払っている状態で――』
強襲してきたのが『クロスオーバー』と聞いて、さっき考えていたオービタルリングのことが頭をよぎる。
そうだ、あいつらは常に俺たちの頭上に戦力を展開できるんだ。俺は何て
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