第155話 ティアの悪夢


 ――ティリアリアが目を開けると、そこは装機兵のコックピットの中だった。モニターには炎に覆われる大地が映し出されている。

 

(また――この夢か)


 ティリアリアはこれが自身の夢であることが分かっていた。しかし、最近になってこれがただの夢ではないということも分かっていた。

 これまでテラガイアで繰り返されて来た八百四十二回に渡る世界の終焉。この夢はその中で自分が経験した出来事なのだと自覚するようになっていたのだ。


「あっ、これは――!」


 自機の足元に装機兵の残骸があった。バラバラに四散した深紅の装甲が見える。

 その先には上半身と下半身が真っ二つになったオレンジ色の機体、翼のあるエメラルドグリーンの機体は腹部から下がまるまる消失していた。

 ――そして、大地が大きく抉れた場所に水が溜まり小さな湖のようになった場所。 

 その中心にある岩場には、背中を預けるようにして青い装機兵が機能停止していた。

 機体の大部分は水に浸かっていて確認できるのは胸の部分までだ。


 ティリアリアが搭乗している装機兵は巨大な翼を広げてゆっくりと青い機体に向かって飛んで行く。ここから先の展開をティリアリアは知っている。

 今まで何度もこの光景を目の当たりにしてきた。これ以上進みたくないと思いながらも夢の中の自分は機体の歩みを進めて行く。

 湖上を飛行すると湖面に自機の姿が映った。一般の装機兵とは一線を画する巨大な体躯。

 そのような巨躯を飛行可能とする翼を生やし、頭上にはまるで天使の輪のようなものが浮いている。

 装甲はたくさんの返り血を浴びたかのように真っ赤に染まっている。その姿は血染めの天使のようであった。


「オー……ベロン……」


 ティリアリアは自分が搭乗している機体の姿を見てその名を呟いた。自らが操りながらも絶対の恐怖を感じる妖精王の名。

 <オーベロン>はゆっくりと湖に着水し目の前にいる青い機体――<アクアヴェイル>に手を伸ばした。


(いや……やめて……その先の光景を私に見せないで!)


 心の中で自分の行動を拒否するも身体は意思とは無関係に動き、<オーベロン>に命令を下す。

 両手で<アクアヴェイル>を持ち上げると、水中から姿を現した腹部は何かが貫通したかのようにぽっかりと穴が開いていた。

 当然そこにあったコックピットは操者共々消失している。

 ティリアリアはそこにいたはずの自分の従姉の姿を思い浮かべ絶叫した。


「いや……いや……こんなの……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 聖女の悲痛な叫びが竜機兵の骸たちが横たわる戦場に木霊する。彼女の心を蝕む絶望感がより深くより広がっていく。

 底なし沼のような絶望に呑まれながらティリアリアは自分が壊れていくのを感じた。




「――っ!?」


 そこで再びティリアリアは目を開けた。今の自分の状況を確認すると寝間着姿でベッドに寝ているようだ。

 隣には婚約者であるハルトが寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。他にもシェリンドン、フレイア、それにクリスティーナが寝ているのが見える。

 

(良かった。今のは夢だったのね……いや、違う。あれはこれまで繰り返されてきた世界で実際に起きたこと。……絶望に押し潰された私が起こした罪。どうして自分があんな事をしたのかは分からない。でも、もしも、今回も同じことが起きてしまったら……)


 悪夢にうなされたティリアリアは寝汗でぐしょぐしょになった身体を起こして水を飲みに行った。


「んくっ、んくっ、んくっ、……ふぅー」


 水分を補給したティリアリアは汗で濡れた寝間着と下着を交換して再び最愛の婚約者の隣にゆっくり滑り込む。

 そして彼の腕に抱き着き祈るようにして目を閉じた。


(ハルト……もしも……もしも……私があんな酷い事を皆にしてしまうような……そんな事態になってしまったら……そうなる前に……お願い……あなたの手で私を…………殺して……)


 同じ悪夢を見る度に思う願望を心の中で呟きながら少女は再び眠りについた。

 『アルヴィス王国』と『ドルゼーバ帝国』間で結ばれた休戦条約の一ケ月延長期間が終わろうとしていた。

 そして、それが未曾有の悲劇の始まりである事を知る者は誰もいなかった。

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