第154話 ロム・ベルジュ 

 この日、俺とフレイアとシオンの三人は王都にあるベルジュ家を訪問していた。ベルジュ家の当主ロム・ベルジュに呼び出されたからである。

 なんでも竜機兵チームの中で剣を使って戦う俺たち三人に剣の達人であるロム卿が直々に稽古をつけてくれるというのだ。

 あの厳つい細マッチョ爺さんに会うと思うだけで胃がきりきりする。

 そんな不安だらけの中、到着したベルジュ家は煌びやかすぎず地味過ぎずと言った感じの普通のお屋敷だったのだが、驚いたのは敷地内にある剣術道場だ。


 建物の雰囲気がまるで江戸時代にタイムスリップでもしたかのような和風の様式だったのだ。実際に中に入ってみると内装も日本の剣道場のようになっている。

 竹刀や木刀が置かれていてとても懐かしい感じだ。そんなノスタルジーに浸っていると道場の真ん中で仁王立ちをしている爺さんがいた。

 白い道着に身を包み俺たちを睨んでいる。家に帰りたい気持ちに抗いながら、その爺さん――ロム・ベルジュに挨拶を交わした。


「お久しぶりです、ロム卿。本日はお招きいただきありがとうございます」


 三人で腰を九十度曲げて丁寧に挨拶すると、ロム卿は目をカッと見開いて俺たち一人一人を品定めするように見る。


「うむ、よく来た。お前たちの道着を用意しているから早く着替えて来い。そしたら早速訓練を始めるぞ!」


 ――数十分後、床にはロム卿にボコボコにされた三人の男女が横たわっていた。言うまでもなく、その三名は俺とフレイアとシオンだ。

 ロム卿は息一つ乱さず床に転がる俺たちを見つめている。


「ばけ……もの……」


 シオンが呟いた。俺も同意見だ。何なんだよこの爺さんは、滅茶苦茶強いじゃないか。剣を握らせれば生身で装機兵ともやり合えるんじゃないか?

 ロボットもののシミュレーションRPG世界の住人の強さじゃない。身一つで魔王と戦うRPG世界の住人だろこれ。


「たるんでいるぞ、お前たち。こんな老いぼれ一人にこのざまとは……特にフレイア、何だその剣さばきは! 明らかに以前よりも剣技が鈍っているぞ。装機兵による戦いに慣れ過ぎたせいで生身の実力が低下している。腰の動きばかりよくなりおってからに」


「申し訳ありません、お爺様。確かに最近は剣の鍛錬が疎かになっていました。指摘された通りに毎晩の足腰の運動は欠かしていないのですが……」


 何を言っているんだ、この爺と孫は。とても真面目な話をしているかと思いきや、突然下ネタを会話に紛れ込ませてきたぞ。

 改めて二人の顔を見るとお互いに真剣な表情をしている。だが、会話のキャッチボールの中に頻繁にピンク色のボールが混ざっている。

 シオンはこのヘンテコな会話を馬鹿馬鹿しく思ったのか冷たい眼差しをベルジュ家の二人に向けていた。

 

 それからは休憩と剣術訓練を繰り返し、気がつけば空は夕闇に染まりつつあった。


「よく頑張ったな三人共。夕飯の準備をさせているから食べて行くといい」


「ありがとうございます、お爺様」


 夕食の内容に驚いた。タケノコの炊き込みご飯を主食として刺身の盛り合わせや天ぷらなど和食料理が並べられていた。

 『アルヴィス王国』の食事内容は欧米文化寄りなので普段食べているのはパンとかパスタがメインだ。

 以前、和食が恋しくなって王都で店を探してみたが結局見つからなかった。


 食事前のお祈りを捧げた後、早速刺身に箸を伸ばす。嬉しい事にわさびまである。魚の切り身にワサビを載せて醤油にちょんちょんとつけてから口の中に入れた。

 わさびのツンとした辛味が鼻を抜け目頭から涙が滲む。同時に新鮮な魚のもちもちとした食感が舌を喜ばせてくれる。


「美味い……美味すぎる!」


 それから一心不乱に食べ進めた。一日中身体を動かして腹が減っていたというのもあるが、久しぶりに食べた故郷の味を前に唾液があり得ない程出ていた。

 俺があまりにも勢いよく食べるので皆驚いていた様子だが、そんな事を気にすることもなく食べ進めていった。


「――ご馳走様でした」


 両手を合わせて感謝の気持ちを表す。「ふふっ」と笑い声が聞こえたので見てみるとロム卿が満足そうな笑みを浮かべていた。


「口に合ったようで良かった。それにしても見ていて気持ちの良い食いっぷりだったな」


「あ……、すみません。故郷の味だったので懐かしくて箸が進んでしまいました」


「ほう――」


 ロム卿が興味深そうに俺を見ている。その眼差しは訓練の時のような鋭いものではなく優しいものだった。


「わしは若い頃、『ワシュウ』に武者修行に行ったことがあってな。これは『ワシュウ』の料理なのだよ。わしもこの味は好きでな。――お前の前世の故郷はあのような感じなのかな?」


「『ワシュウ』は俺の故郷の数百年前を参考にして作られたと聞いています。――色々と落ち着いたら行ってみたいですね」


 食事が終わりゆったりとした雰囲気を楽しんでいると、シオンが額縁に飾られた写真に気が付いた。そこには四人の男性が写っている。年の頃は三十代といった感じだろうか。

 シオンがそのうちの一人に注目した。


「これは爺さんだな」


 それは中々にイケメンな男性だ。俺は一瞬頭がフリーズしたが、シオンの言動からそれがマドック爺さんだと判明する。


「これがマドック爺さん!? 嘘だろ」


 俺がわなわな震えているとロム卿が笑っていた。


「マドックは今でこそあんな感じだが、若い頃はかなりモテていたな。一緒に写っているのが、わしとガガンそれにクラウスだ」


 そう言われると皆面影がある。その中でもティリアリアの祖父であるクラウスさんはグランバッハ家で見た老年期の写真とそんなに変わっていなかった。

 

「クラウスさんって歳をとってもあまり外見が変わらなかったんですね」


 クラウスさんの話題になりロム卿は懐かしそうな目で写真を見つめていた。


「本当に不思議な男だったよ。政治、戦術、錬金学――全てに造詣が深い優秀なヤツだった。あいつがいたから『錬金工房ドグマ』が出来たと言ってもいい。それにドラグエナジスタルの開発にも深く関わっていた」


 そんな話は初耳だった。グランバッハ家はドグマに多額の援助をしているとは聞いていたが、ドグマの設立……ましてや竜機兵の核となるドラグエナジスタルにも関係しているなんて驚きだ。


「クラウスさんがそのような凄い人物だったなんて初めて聞きました」


「この国にふらっと現れたかと思いきや、その頭脳と手腕で頭角を見せ一代で貴族となって公爵の爵位にまで成りあがった。それだって本来の功績から考えればささやかなものだったんだ。マドックがクラウスのことを話さなかったのも、それがクラウスの意思だったからだ」


「そんな重要な秘密をどうして話してくれたんですか?」


「お前たちには知る権利があると思ったのだ。クラウスとマドックが中心となって生み出したドラグエナジスタル――それを搭載した竜機兵に乗るお前たちは、その力を振う者として知っておくべきだと思った。特にハルト、お前はグランバッハを継ぐ者として個人的にあいつのことを知ってもらいたいと思ったのだよ」


「――ロム卿」


 ベルジュ家を出てグランバッハの屋敷に帰る途中、ロム卿と話したことを色々と思い出していた。

 クラウス・グランバッハ――その優秀すぎる男は一代で偉業を成し遂げた。それにも関わらず彼自身はそれを表ざたにしたくなかったらしい。

 彼が作り上げたものは、今の俺たちの戦いを支えているものばかりだった。そんな偉人が亡くなったのは三年前、世界がループを繰り返す直前だ。

 これは単なる偶然なのだろうか。

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