第153話 ランド教官の願い

 その日、俺とフレイは王都の郊外に作られた慰霊碑を訪れていた。ここには先の戦いで亡くなった騎士たちの名前が刻まれている。

 俺とフレイの同期たちの名前もそこにあった。花を添え二人で黙って仲間たちの名前を眺めていると声を掛けて来る人物がいた。


「お前たち、そんな所でぼーっと立っていても連中は喜ばないぞ。少しは近況報告でもしてやれ」


「「ランド教官!」」


 その声の主は訓練生時代の教官であったランド・ミューズだった。隣にはガガン卿とパメラがいる。

 五人で手を合わせてこれまでの事を心の中で同期たちに報告した。


「お前たちが訓練校を卒業して約半年か。その間に色々なことが立て続けに起こったな。あっという間だったようにも感じるし、長い時が経ったようにも感じる」


 ランド教官は遠い目で慰霊碑を見つめている。こうしていると訓練生時代を思い出す。当時のフレイ達の振る舞いにはイライラしていたが、それも今ではいい思い出だ。

 あの頃の平和な日常は戻ってこない。一緒に笑っていた同期連中の多くは既にこの世にいないのだから。

 皆大切な人を失った。ガガン卿も多くの部下を亡くした。それはパメラにとって修行仲間たちだった。

 普段は部隊のムードメーカーであるパメラも、この時ばかりは神妙な面持ちで慰霊碑に刻まれている文字を眺めていた。


「教官たちも聞きましたよね、この世界のこと。教官たちは世界の終焉ってどんなものだと思いますか?」


 今まで繰り返されて来た世界の終わり。それはその時によって姿形を変えながらテラガイアを滅ぼしてきた。

 姿の見えない強敵に対してどう挑めばいいのか教官やガガン卿の意見を聞きたいと思ったのだ。


「難しい質問だな。――そうだな、話を聞いた時の俺の印象では装機兵による戦いが原因で世界が荒廃するという感覚が強かったな。そう考えるならば、世界終焉の根っこにあるのは戦争における憎しみの連鎖ではないかと俺は思う」


「憎しみの連鎖……ですか」


「訓練学校の授業でもよく話をしただろう。戦いが起きれば、家族、恋人、友人など多くの人々が犠牲になる。人以外にも家や土地などの財産的なものもあるだろう。――それら大切なものを失い奪われれば人の心には憎悪が芽生える。憎しみの感情が新たな惨劇を生み、それが新たな憎悪を生み出す。憎悪は繰り返される度に大きくなっていき、やがて世界を食い潰すほどに膨れ上がる」


「膨れ上がった憎悪が世界の終焉をもたらす原因になるなら、それを止めるにはどうしたらいいんですか?」


 教官は頭をぽりぽりと掻き、ひとしきり考えてから口を開いた。


「とても難しいがシンプルな方法がある。――それは憎しみに支配されない強い心を持つことだ。憎しみは物事を冷静に見る判断能力を奪う。それをはねのけ、真実を見る眼を養えば自ずと本当に戦わねばならない相手が見えて来る。俺はそう思っている」


「――教官の言いたいことは分かりました。でも、自分の大切な誰かを奪われたとして、俺は奪った相手を憎まずにはいられないと思います。そんな事をされたら……憎いですよ。憎まずにいるなんて……俺には……」


 自分の身近にいる人たちを失ったらと思うと背筋がぞっとする。そして、俺の大切な人を奪うヤツを絶対に許せないとも思う。

 表情から俺の考えが分かったのだろう。教官が俺の肩に手を添えて笑っていた。


「何も最初から全く憎しみを持つなとは言っていないぞ。あくまでも〝憎しみに支配されない心を持て〟と言っているんだ。誰だって自分の大切な存在を奪われれば憤るのは当然だ。――ハルト、フレイ、パメラ、人を許すというのは憎むことよりもはるかに難しい。それは戦場に身を置いているお前たちならよく分かっているだろう。でも……それでも、憎しみに支配されない真っすぐな眼を持って欲しいと俺は思っている。きっと、それが戦争を終わらせる道に繋がっているはずだ」


 フレイ、パメラと顔を見合わせ俺たちは頷いた。

 

「さあってと、パパの堅苦しい話は終わったことだし皆でご飯食べに行こうよ。勿論、師匠が奢ってくれるんでしょ?」


 パメラの笑顔と元気な声がしんみりとしたムードを一気に吹き飛ばす。ランド教官は溜息を吐きながら呆れ顔で愛娘を見ていた。


「堅苦しいって……そんな一言で締めくくらなくても」


「そう落ち込むな、ランド。こういう明るい性格がパメラの良いところではないか。確かに腹も空いたことだし飯に行くぞ。ついて来い、若者たち!」


「「「おー!」」」


 その後俺たちはガガン卿行きつけのステーキ店へと入り遠慮なく高級肉に舌鼓を打つのだった。

 会計の時、浅黒い肌のガガン卿の顔が少し青ざめて見えた気がしたのだが見なかったことにしよう。

 

「ガガン卿、ご馳走様でした!」

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