第152話 グランバッハ家のDNA③

「ちょっ、何をしてるんですかシャイーナ様。二人を解放してください!」


「昔、昔、ある女学校にちょっと地味だけどスタイル抜群な頭の良い女の子がいました」


 突然シャイーナ王妃が昔話を始めた。いったい何の話が始まったんだ? 


「その女子生徒はエーテル学や錬金工学に興味があり、後に『錬金工房ドグマ』に錬金技師として就職するのですが、彼女は性に関する知識が皆無でした」


「それってもしかして――」


「その女生徒の名はシェリンドンといいました。このままではシェリンドンが社会に出た直後に悪い男に弄ばれると思った優しい先輩は、彼女に恋愛や性に関する知識の手ほどきをしてあげました」


「――ごくっ」


 この場にいる皆が王妃の話に夢中になっていた。ただし、話の間にもティリアリアとシェリンドンの胸は揉みしだかれ、二人は脚をがくがく震わせていた。


「賢いシェリンドンは知識こそ身に付けましたが、それだけでは十分ではありません。先輩は毎日彼女の豊満な胸をいじり倒し、彼女を開発していきました」


「なんですって!?」


「最初は受け身一辺倒のシェリンドンでしたが、そのうち自ら先輩の部屋を訪れるようになっていき――」


「止めてください先輩、それ以上は――。ハルト君、こんな私を見ないでぇぇぇぇ!」

 

 顔を真っ赤にして涙を流すシェリンドン。王妃が指先でシェリンドンの山のいただきを軽くねじると「ああっ」と小さく声を出して脱力してしまった。

 この短時間でシェリンドンは陥落してしまった。王妃は彼女の身体を知り尽くしている。

 俺は嫉妬していた。シャイーナ王妃に比べれば俺の技術など児戯みたいなものだ。

 格の違いを見せつけられた気分だ。悔しさの余りに拳を壁に叩き付けてしまう。


「俺は――あの王妃に勝ちたい!」


 フレイアたちは俺が何を言っているのか分からない様子だ。それも仕方がないだろう。俺自身も何を言っているのか分からなくなっているのだから。

 しかし、シャイーナ王妃だけは余裕の笑みを俺に見せている。


「私に勝つなんて十年早いわよ坊や。私が手ほどきをしたのがシェリーだけだといつから思い込んでいたのかしら?」


「な……他にもいるというのか。あなたの毒牙にかかった人物が……」


 俺の質問に答えるように王妃は手指の動きを複雑にしていく。その影響でティリアリアが一際大きな嬌声をあげた。


「あん……きゃんっ!!」


 これで俺は理解した。理解して、この王妃のクレイジーさに背筋が凍る。


「自分の姪っ子になんてことをしたんだ。あんたは鬼か!?」


「失礼な坊やね。――ティリアリアとクリスには幼少期から私がグランバッハ家の娘として必要な知識を与えてきたのよ。その甲斐あって二人共素晴らしい女性になったわ。そして私の教えは間接的にフレイアにも伝わっている。この意味が分かる?」


 それはつまり俺の嫁全員がシャイーナ王妃の手によって色々されてしまった女性たちだということだ。

 ――負けた。最初から俺がどうこう出来る相手ではなかったのだ。

 ティリアリアがコギャルでドスケベなのも、クリスティーナがドSでドスケベなのも、シェリンドンとフレイアがドMでドスケベなのも――全てはこの王妃の育成計画の賜物だったんだ。


「――負けました」


 敗北……圧倒的敗北。俺は力なく膝を折った。目の前には勝利の美酒に酔いしれ微笑むシャイーナ王妃がいた。


「さっきから廊下のど真ん中で何をやっているんですか、あなたたちは!」


 突然の乱入者にビクッとするとその声の主であるエルマさんが呆れた顔でシャイーナ王妃に近づいていく。


「はぁ~、全くシャイーナ様は王妃になっても昔と全然変わらず落ち着きがないんですから。お茶の準備は既に出来ていますから行きますよ。それとノルド様は客室のソファーで爆睡してますから寝かしておきました」


「ご、ごめんなさい、エルマ。以前より貫禄が増したんじゃない?」


「そりゃ、お嬢様が小さかった頃に比べれば私も歳を取りましたからね。――とにかく、もういい年齢なんですからいつまでも子供のようにはしゃがないでください。もういい年齢なんですから」


「二回も年齢、年齢言わないでよ。相変わらず容赦ないわね~」


 俺が大敗を喫した王妃はエルマメイド長に一瞬で言いくるめられた。強すぎるよ、エルマさん。あなたがナンバーワンだ。


 エルマさんに促されて客室に行くとソファーで国王が寝入っていた。ブランケットにくるまれて幸せそうな顔をしている。


「書類の山に追われて貫徹だったのよ。それでもあなた達の顔が見たいと言ってここまで来たのだけれど寝ちゃったみたいね。悪いけどそのまま寝かせてあげて」


 夫の寝顔を見るシャイーナ王妃の表情は優しかった。さっきまで俺たちを玩具にしていた時は悪魔の笑顔をまき散らしていたが、この人もこんな顔をするんだ。


「城に戻ったらまた馬車馬のように働くんだから。あはははははははは!」


 前言撤回。やっぱこの人は鬼嫁ですわ。

 その後お茶会が始まり女子トークに花が咲く。王族貴族の華やかな社交界トーク……かと思いきや終始エロ話が飛び交っている。

 既に二時間以上際どい会話が続いており、居たたまれなくなった俺はノルド国王が寝ているソファーの方に移動した。

 国王は以前会った時よりも少しやつれている様に見える。三国同盟や帝国との休戦延長、それに加えて国内の諸々の問題案件を山のように抱えているんだ。

 最近は寝る時間も削って仕事に邁進しているとは聞いていたが、それでも俺たちに会いに来てくれたんだ。

 そうしているうちに眠気が襲って来た。

 

「う……ううん……はっ、やべ寝てた」


「ああ、起きたようだねハルト君」


 声の主はノルド国王だった。目が覚めたらしく今は紅茶を優雅に楽しんでいる。時計を見ると俺は一時間ほどうたた寝していたらしい。


「すみません、ホスト側が寝てしまうなんて」


「気にすることは無いさ。私なんてゲストとして訪れて速攻寝入ってしまったからね。――それにしても何かすまんね。あんなにテンションが上がったシャイーナは久しぶりに見たが、あの様子だと色々と大変だったんじゃないか?」


「は……はは……」


 男二人で苦笑いする。あれだけ強烈なキャラと夫婦になったこの人の懐の広さに感服するしかない。

 

「――彼女の明るさがなかったら今の私は無かったと思っている。それに子供たちも彼女のお陰で良い子に育ってくれたと思う。当然、贔屓目で見ているがね」


「分かる気がします。まるで太陽のような人ですもんね」


「彼女の父であるクラウス様も姉のセレスティアも温かい人物だった。それにカーティスも本当に良いヤツだったんだ」


「カーティスさんってティアのお父さんですよね」


「ああ、私の親友だった。子供の頃、二人でグランバッハ家にしょっちゅう遊びに行っていたなぁ。目的は……お察しの通りだよ。大人になってからは私はシャイーナと、カーティスはセレスティアと結婚した。――あの頃はお互いに政治とか家のことなどで大変だったけど本当に楽しかったよ。幸福にも子供にも恵まれたしね」


 視線を女性陣の方に向ける。ティリアリアの家族のことはあまり詳しくは聞いていない。

 彼女は祖父、母親、父親を立て続けに事故で亡くしている。ティリアリア自身も父母と一緒に事故に巻き込まれたが、彼女だけは奇跡的に軽傷で済んだ。

 ――いや、奇跡ではないのだろう。その時両親は彼女を庇うように折り重なって亡くなったらしい。両親の愛が彼女を救ったんだと俺は思う。

 感慨に耽っているとノルド国王がティーカップを置いて笑っていた。


「これからは君達の時代だ。今から楽しみだよ、君達がどのような世界を作っていくのかが。その風景をお茶を飲みながらのんびりと見るのが私の夢なんだ。若者たちがひぃひぃ言って苦しみながら少しずつ前に進んで行く。――結果が全てじゃない。その過程が大切なんだと私は思っている。実際、私たちもそうだったからね」


「分かる気がします。苦労した分、生み出したものが凄く尊いんだと俺は思います。――そんな未来を見るためにも、やらないといけない事が沢山ありますね」


 そうだ。世界を未来に繋げるためにも待ち受ける終焉を食い止めなければならない。全てはそこから始まるんだ。


「私には世界を滅びの道から救う力はない。――ハルト君、君達『聖竜部隊』やカーメル王、それに転生者たちの力にすがる他にない。この世界を救ってくれ」


「――はい。勿論そのつもりです。ノルド国王がお茶を飲みながらゆっくり過ごせるように頑張ります」


「ははは、これは一本取られたな。その時、孫の顔を眺めながらだったら言うことは無いかな」


 国王が俺の顔を見ながらニヤリと笑っていた。


「善処します」


 それから間もなくして二人は帰って行った。来るときはお忍びで歩って来ていたが帰りは迎えの馬車が来たのでそれに乗っていった。

 嵐のように来てそよ風のように去った二人を見送った俺たちは、心地よい疲労を感じつつ屋敷に戻るのであった。

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