第146話 親友と家庭と


 『クロスオーバー』の一人アザゼルを倒した俺たちは、被害を受けた『オシリス』の復興の手伝いに従事していた。

 その間、『アルヴィス王国』と『シャムシール王国』の同盟手続きが進められていった。

 これにはクレイン王太子が代表としてカーメル三世と話し合いをしており、途中から『ワシュウ』のお偉いさんも参加し三国での会議が行われるようになった。

 三国間での同盟は割とすぐに締結され、議題は主に『ドルゼーバ帝国』及びその裏にいる『クロスオーバー』への対処だ。

 そして、一年以内に訪れる世界終焉を食い止める手立てについて話し合っている。


 現在、俺とシリウスは少しずつ復興していく街中を見て回っていた。


「それにしても凄いよね。戦闘であれだけ倒壊した建物がたった一ケ月でこれだけ建て直されるなんて。人の力が集まるとこんなことが可能なんだね」


「本当だよな。こういう感じで戦い合うんじゃなくて、皆で力を合わせることが出来れば世界の終焉なんてものも訪れないんだろうけどな。――はぁ~、『ドルゼーバ帝国』や『クロスオーバー』は絶対に和平になんて応じないよな」


 俺が溜息を吐いているとシリウスが苦笑いを見せる。

 そう言えば前世で会社勤めをしていた時にも、連日のサービス残業帰りにこんな感じのやり取りをしていたことを思い出す。

 その時もシリウス――黒山は俺の愚痴を笑いながら聞いてくれていた。それがなかったら俺はストレスを溜めまくって趣味を楽しむ余裕すら持てなかったかもしれない。


「――黒山、ありがとな」


「どうしたのさ、急にお礼なんて言って……びっくりしたなー。それに前世の名前で呼び合うのは禁止にしたんじゃなかったのかい?」


「それはそうなんだけどさ。ただ、礼を言っておきたかったんだよ。お前がいてくれたから今の俺があるんだなーと思って。あの頃もそうだし、今も……さ」


「白河って時々センチメンタルになるよね。親友の身としては、そういう弱みを見せられるのは信頼されてる証拠だから嬉しくはあるけどね。――こういう時は美味しい物でも食べて元気出そうよ。勿論、白河のおごりでね」


「――よし分かった。そういや、この辺りに美味しいカレー屋があるんだよ。そこにしよう」


 すると突然シリウスがニヤニヤ笑いながら俺の顔を見ているのに気が付く。悪い顔してるなぁー。


「白河が外食先をスマートに提案するなんて昔は無かったよね。人は成長するもんですなー。奥さんたちと行ったの?」


「うん。カーメルに教えてもらって先日嫁たちと食べに行ったんだ。そしたら凄く美味くてさ、また行きたいと思ってたんだ」


「この間の戦闘後からすっかりカーメル王と仲良くなったね。それにしても君がここまでリア充になるなんて当時は予想出来なかったよね。休日はアパートに缶詰めでずっとゲームしてたもんね」


「あれはあれで俺にとっては充実していた日々だったんだよ。まあ、確かにあの頃の俺は女性とは全く縁が無かった。今だって棚ぼたラッキーだっただけで自分から積極的に動いたわけじゃないしなー。……うん? そう考えると結局俺の恋愛偏差値って低いままなのでは……」


「それもまた白河らしいね。さあ、それじゃあ例のカレー屋に行こう」




 ――数時間後。


「うっぷ……調子に乗って食べ過ぎた」


 カレー屋で夕食を済ませた俺とシリウスは、ぱんぱんになった腹を労わりながら<ニーズヘッグ>に戻り別れた。

 

「お帰りなさい、お兄ちゃん」


 自室に入ると信じられない光景が両目に突き刺ささる。

 プラチナブロンドのロングヘアをボリュームのあるツインテールにまとめ、女子高生の恰好をしたティリアリアがそこにいたのだ。

 ぱたぱたと足音を立てながら小走りで俺を出迎えてくれる。

 奥を見ると更に驚いた。クリスティーナとフレイアも高校の制服に身を包みくつろいでいるではないですか。


「俺はまた別の世界に転生したのか?」


 直後俺の頬に衝撃が走り首が捻じれる。どうやらティリアリアの平手打ちが綺麗にスマッシュヒットしたらしい。


「はうあっ! ちょっ、いきなり何するんだ。もう少しで首が一周回るとこだったじゃないか」


「だってお兄ちゃんがバカなこと言い出すから、これは現実だよって教えてあげようと思って」


「だとしても、もっと優しく教えて! 現実通り越してあの世に旅立つ寸前だったから!」


 目に涙を溜めながらも悪びれる様子はないという、何を考えているのか分からない銀髪女子高生が目の前に立っている。

 確かにこの異常な腕力はティリアリアで間違いない。初対面の時にもらった平手打ちを思い出し背筋がぞっとする。


「ごめんなさい、お兄ちゃん。次はもっと加減するから!」


 泣きながら俺に抱きついてくるティリアリア。彼女の豊満な胸が俺の身体に押し付けられて非常に心地よい。


「しょ……しょうがないなー。でも、ぶつのは止めてね」


「ちょっとティリアリア、いつまでそうしているのですか? ――ハルトさんどうぞこちらに座ってください」


 濃紺の制服を着たクリスティーナに促され、俺とティリアリアは備え付けのソファーに座った。

 俺の両隣にはクリスティーナとフレイアが座り、膝上には何故かティリアリアが乗っかり離れようとしない。


「あの……皆さん。これはいったいどういう状況なんでしょうか。その制服はどこで手に入れたの。そんでもってどうしてこう甘々なムードが漂っているの? いつもはこう、皆自由に過ごしてるじゃん」


「ハルトこそ何を言っているんだ。両親が再婚して兄妹になったのを覚えていないのか?」


 赤い髪をポニーテールにしたフレイアが棒読みセリフで言う。何処かで聞いたことのあるような設定を持ち出してきたぞ。


「そこんとこ詳しく訊きたいんだけど」


「ハルトさんのお父様とわたくしたち四姉妹のお母様が結婚し、わたくし達は一つ屋根の下で生活しているのです。でも、そんな折にお父様の海外出張が決まりお母様がそれに付いて行ったのです。――というわけでこの家では現在、ハルトさんと血の繋がっていない四姉妹が同居しているという設定なのですわ」


 設定って言っちゃったよこの人。しかしおかしいぞ、ここにいる女性は三人だ。 

 ――ということはもう一人女性がいる。恐らくはシェリンドンなのだろうが、まさか彼女も女子高生の姿で出てくるのだろうか?

 それはどうなのだろう。外見的には俺たちと同世代にしか見えないので問題ないのだが、年齢的なことを考えるとさすがに厳しい面がある。

 そこんとこを一番気にするのは本人のはずなのだが。


「あら、ハルト君が帰って来たの?」


 シェリンドンの声と足音が聞こえる。その方向に顔を向けると上は胸元が大きく開いたブラウス、下はタイトなミニスカートというセクシーすぎる彼女がいた。


「こ、これは……まさか!」


「ええと……ちょっとセクシーな女教師風というコンセプトなのだけれど、どうかしら?」


「――合格ッッッ!!」


 何が合格なんだ? テンションが上がり過ぎて自分でも何を言っているのか分からなくなってきたぞ。


「オプションで白衣もあるのよ」


「保健の先生枠ですかっ!?」


 俺の考えが甘かった。そうか、そうだよ。学校には生徒の他に女教師という大人の女性がいたじゃないか。

 しかも養護教諭で来るとは……できる!


「それにしても、何だって皆こんな格好を?」


「今日ノイシュとロキが遊びに来たんだけど、これなら絶対にハルト――お兄ちゃんが喜ぶだろうって制服を持ってきてくれたの。ついでにこのシチュエーションの設定も彼女たちが考えたのよ。男なら誰もが一度は夢に見るシチュだろうって。――実際のところどうだった?」


 膝の上に乗ったまま、ティリアリアが俺の方に身体を向けて感想を訊いてきた。どうやら彼女は兄に甘えまくる妹という設定のようだ。

 こんな発育の良すぎる姉妹に囲まれたら、常に理性崩壊の危機にあるということがよーく分かった。

 ラブコメ男主人公たちの理性を保つメンタルはオリハルコン製らしい。


 俺のためにコスプレをしてくれた彼女たちが期待の眼差しでこっちを見つめている。

 気恥ずかしさのため最初は少しはぐらかそうと考えていたが、その真剣な瞳を見て本音を言うことにした。


「大変素晴らしいお手前でした。前世で俺の高校生活は青春のかけらもない貧相なものでしたが、皆さんのおかげでその思いが浄化された思いです。――本当に良い物を見せていただきました。ありがとうございます」


 俺は両手を合わせて感謝の意を伝える。悟りを開いたかのように静かにお礼を述べる俺の反応を見て、彼女たちが若干引いていたようだがそれはそれで構わない。

 今はただこの感謝の気持ちを真っすぐにうちの奥さんたちに伝えるのみ。

 ノイシュとロキには後で何か良い物をプレゼントしよう。あの二人を味方にしておけば色々と我が家に良い影響をもたらしてくれるだろう。

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