第145話 黄金の園
全員が万策尽きたかと思う中、ハルトが<ニーズヘッグ>に通信を入れた。
「ブリッジ聞こえるか? 〝黄金の園〟を使うよ」
「なっ……ちょっと待ってハルト君。あれはまだテストも済んでいないのよ。下手をすれば<サイフィード>が負荷に耐えられずに自壊する可能性があるわ!」
その提案に異を唱えたのはシェリンドンだった。彼女の目は絶対に認められないと言っている。
「シェリー、もう時間はないはずだ。<ナーガ>が自爆すれば『オシリス』は住民と一緒に吹き飛んじまう。それを止められる可能性があるのは黄金の園だけなんだ」
「でも……」
言い淀むシェリンドンの手に誰かの手が添えられる。それは傍らにいるティリアリアのものだった。
泣きそうな目をするシェリンドンとは対照的にティリアリアの目は凛とした力強さを放っている。
そしてティリアリアが静かに頷くとシェリンドンも意を決したように頷くのであった。
その一方で二人の手は震えていた。これから下す自分たちの命令で最愛の人を殺すことになるかもしれない。
その重責を二人で背負うという覚悟がティリアリアとシェリンドンに芽生えていた。
「ハルト……<ニーズヘッグ>は黄金の園の準備に入るわ。こちらの計算だと敵は三分以内に動力が臨界に達する。その前に勝負を決めるわよ!」
「<サイフィード>は結界展開時の範囲に注意を。こちらからのエーテルを受け止める際には、エーテルカリバーンは出力最大で維持して。……ハルト君、頑張って」
「了解した。――『聖竜部隊』の奥の手をヤツに見せてやる!」
決死の覚悟と不安が入り混じる中、ハルトは逃げる<ナーガ>を追って行く。その背中を祈る思いでクリスティーナとフレイアが見つめていた。
<サイフィード>以外の装機兵は万が一に備えて避難区域を守る布陣を敷いて待機する。
皆の緊張感が増す中、<ナーガ>は街の中心部に到着し動きを止めた。その腹には街を消滅させる狂気を熟成させている。
動く爆弾と化した大蛇の前方に<サイフィード>が舞い降り、遥か頭上では<ニーズヘッグ>が船首の装甲を開いていた。
そこから砲塔が顔を出しチャージしたエーテルが溢れ、光の粒子が夜空に広がっていく。
「<ニーズヘッグ>、位置固定完了。地上の<サイフィード>も準備完了との連絡が来ています。――主任、いつでもいけます」
全ての準備が整い、シェリンドンは決意を胸に命令を下す。
「ハルト君……あなたに全てを託します。船首エーテル照射開始!」
<ニーズヘッグ>の船首から膨大なエーテルが地上にいる<サイフィード>に向けて発射された。
飛空艇を一撃で沈めることも可能なエネルギーがたった一機の竜機兵に集中する。
「よしっ! やるぞ、<サイフィード>」
気合いと共に出力を全開にしたエーテルカリバーンで照射されたエーテルを自らのエネルギーに変換し吸収していく。
コックピットでは機体各部の異常を知らせるアラートが鳴り響くが、ハルトは体内のマナを全力で動力に送り込み機体の出力を上げて負荷に耐えていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ハルトは雄叫びを上げ母船からのエーテルを全て吸収した。エーテルカリバーンの黄金のオーラが機体に伝わり、純白の装甲を金色へと変えていく。
「これならいける。――結界展開!!」
剣を天にかざすように構えると黄金の騎士となった<サイフィード>を中心として光で満たされた空間が広がっていき、範囲内にいた<ナーガ>を飲み込んだ。
機体を自爆させることに集中していたアザゼルは、一瞬で周囲が黄金の草原のような風景に変化したことに気が付き唖然とする。
『何だと……これはまさか……結界? バカな……こんなことを新人類が出来るわけが……』
「出来るからこうなったんだよ。今、この黄金の園には俺とお前しかいない。――ここで決着をつけるぞ、アザゼル!」
黄金の輝きを放つ<サイフィード>の神々しい姿を目の当たりにして、アザゼルは恐怖していた。
新人類や転生者を失敗作だと、愚かな存在だと卑下していた。そのような存在が今、自分の理解を超えたことをやってのけているのだ。
『何なんだよお前はぁぁぁぁぁ! どうしてお前みたいなヤツがいるんだよ。お前はいったい何者なんだよ!』
アザゼルが混乱していると、コックピットに表示されたある数字に目が留まる。それを見た瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
『何だこの数値は。世界の因果律に大きく影響を及ぼすレベルだと。こんな値はカーメルにも他の連中にもなかったはず。――そうか、そういうことか。お前は……お前が第四特異点だということか。チク……ショオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
逆上したアザゼルが<ナーガ>を動かそうとするが機体はほとんど動かない。この黄金の結界内では特殊なエーテルが生成され、敵の動きを封じる効果が発揮される。
そしてこの中で起きた事象は結界の外には影響を及ぼさない。そういった特殊なバトルフィールドとなっていた。
「お前を倒し、そして他の『クロスオーバー』もぶっ倒して『テラガイア』を救ってみせる。これはその決意の一撃だ。はああああああああああああああああっっっ! 術式解凍――ナイト・オブ・アヴァロン!!」
<サイフィード>が振り上げたエーテルカリバーンに結界内のエーテルが集中し天まで伸びる巨大な刃を形作る。
規格外の黄金の刃は動きを止めた<ナーガ>に向けて振り下ろされ、その巨躯を真っ二つに切り裂いていった。
『こんなバカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 俺がこんな劣等種にやられるなんて、認めない……こんな結末を俺は絶対に認め――』
「
アザゼルの最期の言葉を掻き消すようにハルトの雄叫びが轟く。
黄金の刃に斬られた<ナーガ>はエーテルの粒子となって跡形もなく消滅し、その衝撃波が結界内に広がっていった。
戦いに決着がつくと黄金の園は役目を終えて結界が解除されていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……くぅっ。『オシリス』に戻って来れた……のか……?」
通常空間に復帰した<サイフィード>の周囲には消滅の危機を回避した『オシリス』の街があった。
そこには『聖竜部隊』とエインフェリアの装機兵たちの姿も見られる。その光景を見てハルトは安堵し大きく深呼吸をする。
<サイフィード>も機体各部から排熱を開始し、それは主と同様に大きく息を吐いたかのようであった。
ハルトはそんな愛機を労うように操縦桿を優しくぽんぽんと叩いてシートに体重を預ける。
「お疲れさん、<サイフィード>。今回もよく頑張ってくれた……疲れたなぁ……少し休もう……」
オアシスの都市『オシリス』を舞台とした『クロスオーバー』との戦いをハルトたちは乗り切った。
しかしこの戦いは、これから先に待ち受ける死闘の前哨戦に過ぎないことを彼等はまだ知らない。
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